彼と私

私はといえば結局中堅どころの大学に収まっていた。理系の工学部で建築学科専攻だった。何かものを作るのが好きな訳じゃなくって、自分の思想が形になる瞬間の感動を得たいと思ったからだ。というのは表向きの話で文系にいくには学力が足らなかった。世界史も日本史もぼろぼろ。公民に至ってはセンター試験当日になって受けるのをやめて教室を出てきてしまった。それほどに二教科の点数が絶望的だと感じたからだった。数学も同時に受けていたからセンター利用ができる大学の中で一番自分のやりたいことのできる大学に進んだ。三年生にもなるとその選択は間違いじゃなかったことに気づく。大学二年までは理系科目が多くて、正直自分の目指すところじゃなかったのかもしれないと後悔していた。構造力学・応用力学など工学の基礎になるんだろうけど私には苦痛ではないにしても目指している世界と大きく違っていて、デザインを学べる場所ではなかったそれ故、、まじめな学生と比べたらGPAだって決して高くないし、落ちこぼれではないけれど、できる方でもない。そんな状態だった。いざゼミ選択の時に私は運命的な出会いをする。最初犀川研を訪れた。犀川先生はなにを言うわけではなく、君達にとって建築とはいったい何者なのかと説くのだった。最初はなにを言っているのかわからなかったけど、だんんだんと自分の中でそれが咀嚼できるようになってきて、自分のんの中の建築とはいったい何なのかわかるようになってきた。

「さて、ここの研究室に関して質問はないかい。ないようなら終わりにしようか」

あー私に合う研究室じゃなかったなランドスケープデザインだって言うから少しは期待していたのにな。その後自分の転機は篠崎研を訪れたときのことだった。

「ランドスケープとは都市全体の景観を思想することに代わりはなくて、でも、そのなかに色々なエッセンスが含まれている。自分の実体験や、自分と他人との関係性、もしくは建築を学ぶ前の話でもいいでしょう。小学生の時にいじめられていた子とか居なかった?それがランドマークなんだ、何か一つ目だっつものがあって、それを頼りに人はどこかを目指す。都市全体のことを考えるのも良いけどそうではなくって、もっと誰にでもわかりやすい都市導線を意識して計画するんだ」

都市導線を計画する……最初私には何のことなのかさっぱりだったけど、なにか引っかかるものがその言葉にはあって、私は篠崎研に入ることにした。段々とわかるようになってくると、都市とはどのようにあり続けるべきで、またランドマークとはどのような役割を果たしているのかわかるようになってきた。そのときに考えていたのは小学生の頃の彼のことだった。彼はランドマーク立ったのだろうか。それとも、廃墟だったのだろうか、おそらく小学生の私たちにとっては後者だったにちがいない。ゴミ捨て場のように彼を使って、なにかのはけ口にしていた。それが私たちのランドマークだったのだった。研究室での昼ご飯は研究室でとるのではなく、食堂でとると相場が決まっていた。ほかの研究室に配属された友人たちともはなすきっかけとなる場だ。その日は鳥の磯部揚げ定食を私は選んだ。少し量が多かったかなと思いつつ、席に着く。ほっとした空間。ほっとした友人たち。その日はSNSの話で持ちきりだった。

「遅いじゃん、何してたのー」

「ちょっと課題が立て込んでて」

「そんなに大変なの篠崎研」

「私の勉強不足がたたってるのかな、なんだかまとまらなくて来週からフィールドワークだし」

「そうなんだ、大変なんだね。うちはそういう楽しそうなイベントはさっぱり、ただ鉄引っ張って、それの弾性係数調べてばっかだし、正直言って、地味。」

「そんなことないよ私たちのところだって同じ様なもの、私ができないだけ」

「またまたご謙遜を、成績中の上じゃん?私なんか篠崎研なんて入れなかったんだから。私もランドスケープデザインやりたかったのにー」

雑談をしながら食事をするのが私たちの毎日、そうやって私たちの近況を報告しあってる。研究のこととか、恋愛のこととか。

「そういえば愛佳SNSやってないよね?」

「やってない」

「今から初めてさ、友人登録しようよ。今研究室ではやってるんだFacebook」

「何それ。直訳顔本じゃん、なんか顔で判断されるようなあれだったら私イヤだよ?」

「ちがうちがう。みんなの近況をネットで報告しあうようなサイト、愛佳も一緒に今登録しよう」

私はいやいやながら、携帯電話を出して、登録をすませる。

「これでいいの?」

「そうそう、それで私たちを検索してみて、それでフレンド登録してくれれば良いから」

言われるがままに私は携帯を操作して、検索して申請をすませる。こんな便利なツールが世の中にはあるのか。私は知らなかった。こうすればいつも集まらなくてもいいし、旅行とかいったらそれをアップすればそれをみることができるし、とてもわかり易い。あながち悪いサイトでもないかも、インスタグラムとかと同じ様なサイトなのかな。

「げ、これ、個人情報うつところがあるじゃん」

私は大学名を打ったり、誕生日を打ったりするところをみて、驚愕した。私の大学なんて、お世辞にも良い大学といえる大学じゃないし、それに加えて誕生日だなんて、私が誰だか、ほかの人にもわかっちゃうのか。それはなんかいやだな

「これでほかの人も検索できるから、小学校の友達とかとも友達になることができるよ。」

そうか、小学生の頃の友人も検索できるのか、そう思うと私は中学の友人だけれど彼を検索してみた。そうすると彼の名前が出てきて、彼の写真も出てくる。当時とはかわってしまってとても明るい顔をしているけれど私は彼だと確信した。彼はあのときからどれだけ変わってしまったんだろう。どんな人生を過ごしてきたんだろうか。あのときの机、あのときの本、彼はまだ読んでいるのだろうか。どのようにしているのだろうか。

「あ」

「どうしたの」

「いや、なんでもない」

よく見てみると彼は同じ大学に通っているらしい。建築学科ではないけれど、少し遠い棟にある文学部に居るらしい。やっぱり彼は文学を追い続けているんだと思うと少しほっとした。純文学を追っているんだろうか。どんな研究をしているのだろうか。彼を見つけると私はますます彼に興味がわいてきて、彼のところに行ってみようかという気になってきた。

 彼のいる棟は大学の中でもひときわ古い建物で、大理石の入り口が非常に印象的だった。中に入ってみると石造りのたてもので、リノべーションの後なのかリノリウムの床が敷いてある。彼の研究室はどこなんだろうか、廊下にたまたま居合わせた子に聞いてみた。

「創平って子なんですけどどこの研究室かわかりますか」

私はおそるおそる、手に汗を握りながら、相手に聞いてみた。

「それならうちの研究室ね、ついてくる?今なら居ると思うけど」

「はい、じゃあついて行って良いですか、でも彼とはなしたいわけではなくて」

「うまくやってあげる」

これは好都合だ。あのころの彼に合うことができるんだ。彼女の後をついて行くと研究室の扉の前についた。

「山内……研?」

「そうだけど、なんか?」

「いえ、なんでもないです」

ふと私は声がでただけで特になんの意味もなかった。ただ彼がこの扉の先に行るんだなぁと思いつつ、緊張感はMAXだった。手に汗を握り、扉の前に立ち尽くした。あぁこの先に彼が居るんだな。あのときの彼はどうしたんだろう、元気にしているのだろうか。何か変わったことは合ったんだろうか。と私は思考を巡らせた。研究室に入ると、古い机が六つあって、それ以外にはプリンターと書棚に古い書物が沢山おいてある。彼は、どこだ。室内の六つの机のうち二人は女性でそれ以外の四人が対象ということになる。小学生の頃の思いでだから彼の顔が思い出せない、大人になってどんなふうになっているのかも想像がつかない。

「創平君、お客さんだよ。はなしたいみたい」

この人にしてやられた。私ははなしたくなんかないのに。はなせる勇気がない、はなすにしたって今更何をはなせばいいのか私にはさっぱり出てこなかった。私は胸がはちきれそうなくらいの鼓動だった。この上ない緊張感の中で、私は研究室にたち尽くしている。

「君、誰?」

彼からの第一声だった。間違っていたらどうしよう。世の中同姓同名も居なくもないし、これで間違っていたら、私ただただ恥ずかしいだけ。

「愛佳……何だけど、記憶にないよね」

少し間をおいて彼は考えているようだった。



思ってもみない彼女との再会。僕は言葉を失った。どういっていいのかわからない。僕の情報がどこで漏れたのかわからないし、そもそもそのときの友人とこんな場所であうなんて思っていなかった。だから僕は動揺していた。ただ、汗を握り、なんと返答シたらいいのか困った。

「本当に愛佳さん?」

僕の懇親の一言だった。それ以外の言葉は一切出てこなかった。彼女はどんな人生を送ってきたんだろうか。きっと順風満帆に決まっている。ふつうに部活動をやって、ふつうに授業を受けて、ふつうに、ふつうに。

 彼女とFBで連絡を取り合う約束をして、その日は別れた。何でまた僕なのだろうか、と思案し続けた。小学校の頃のいじめられっこをいじりにきたのだろうか。いいや、彼女にいたってはそんなことはしない。だってあのとき声をかけてくれたのは彼女なのだから。僕は心底救われた。暗闇に一筋の光がともる様に、僕の世界を明るくしてくれた。でもそんな子がなぜ僕の研究室に?僕の大学の学生名のだろうか。それともどこか近くの大学に行るのだろうか。今更合わせる顔がない。FBでどうやってはなし出せばいいのかも僕はわからなかった。



彼との会話は一瞬だった。でも彼は私を覚えていてくれた。小学生の頃の話なのに私のことを覚えていてくれた‼それだけで私はうれしかった。私が忘れない日々を過ごしてきたことが無駄じゃなかったんだ。家に帰ると、すぐさまPCを開く、サイトとの使い方がおぼつかないまま、彼にメッセージを送った。

「届いてますか?」

すると数分もしないうちに返事が返ってきた。

「届いているよ」

メッセージのアプリは非常にポップにできていて、会話をシているような画面の表示となっていて、メールとはまたすこし違っていた。

「お久しぶり、今日は勝手に研究室におじゃましてごめんなさい。」

文章だと少し緊張が抜ける。それでもこれを書くのに五分以上かかっているのだけど。

「いいよ。それよりも、驚いた。まさか会いに来てくれるなんて思ってもみなかったから。同じ大学?それとも近くの大学?」

「同じ大学、私建築学科に所属してるの」

「そうなんだ。僕は文学部。って言わなくてもわかるか、研究室にきたんだもんね」

「うん」

「どうしてここだってわかったの、何で会いに来たの」

「会いに行っちゃ迷惑だったかな、ごめん。友達にFB教えてもらって、それでつい気になって検索しちゃったんだ。そしたら居るし、学校だって一緒立って言うから。」

「そうなんだ。どう、僕は変わっていたかな。変わっていたよね。あのころとは人生が大きく違うんだから。今だって大学が楽しいし、研究だってたのしい。」

彼から楽しいなんて言葉が出てくるなんて思わなかった。あのときは教室の片隅で本を読んでいた記憶敷かないから。

「研究は何をしているの」

するとまたすぐ返事がかえってくる。

「今は、太宰の生涯書いた作品の中で、未発表作品について、そのときの年齢と、そのときの心境はどうだったのか、グループでディスカッションしながら研究してる。」

「今も太宰好きなんだ」

「小説家としては突飛な生活をおくっているからね。最後は自殺しちゃって。ってこんな暗いはなし、メッセージで飛ばすのなんかちがうね。どう、今週末でよければ少し余裕があるからあってそこで会わない?お互いの話が気になって仕方ないだろうし。」

「そうだね。土日だったらどっちが良い」

「日曜!」

そのあと彼と待ち合わせ場所の連絡を取り合ってその日の連絡は終えた。彼と会うことになってしまったけど、彼とどういう顔して会いに行けばいいのだろう。体全体から汗がにじみ出た。

 日曜日の十二時、私は待ち合わせ場所にきていた、白いレースのついたワンピースに帽子をかぶって少し大人な演出をしてみた。十分もしないうちに彼は現れた。

「待った?」

「ううん、全然。ちょうど今きたところ」

「本当はもう一本早い電車でくるつもりだったんだけど忘れ物思い出しちゃって。ごめんね」

優しく彼は謝ってきた。あのときの素っ気なさは微塵も感じさせなかった。

「じゃぁ行こっか。スタバでいい?」

「うん」

彼の後ろをついて近くのスタバまで歩いていく、道中私は緊張のしっぱなしで、彼と会話することができなかった。スタバに着くと私は、ドリップコーヒーを頼み、彼はキャラメルマキアートを頼んだ。

「それ!私昔好きだったんだよね。今みたいにドリップコーヒー飲めなくって」

「そうなんだ、僕はいつもスタバに来るとキャラメルマキアートかな、家で、作れないしせっかくきたときは贅沢しようかなって」

席についてちびりちびりと飲んでいると彼の方から言葉がでた。

「何で僕のこと探し当てようとしたの?」

「何でって・・・中学校突然いなくなっちゃったじゃない?私、本のことあまりわからなかったけれど、本の話するの好きだったのに。」

「それは悪いことしたね。僕も君にはつたえようか迷ったんだ。でも君と出会ったのは転校が決まったあとの話で」

「そうだったんだ、じゃぁ私何も知らずに話しかけちゃったんだね」

知らなかった。彼の転校が先にっきまっていただなんて、それなのに私は彼に勝手に興味をもって、勝手に解釈して、彼と仲良くできれば少しでも状況は変わるんではないかなんてことを考えていた。みるに耐えない、机の傷に彼は何かしら考えていると思ったし、それに加えて彼は傷ついていると思っていたから。

「転校してからはどうだったの」

「転校してからは天国だった。文芸部に所属して先生たちと毎日議論シてた。それも、中学の教科書レベルだけどね。高校に入ってからも文芸部に所属して、僕を成長させてくれた文学で何か貢献したいと思っていたから。それで今、文学部にいるけど同時に執筆もしてるんだ」

「そうなの?」

「エッセイに近いんだけどね。僕の人生を小説にしてる、これが少しでも多くのいじめられている人に届けばいいななんて思って。それで、将来は明るいってことを伝えられればと思ってる。」

あぁ、彼は私とは違って、ちゃんと考えて進学してるんだ。私も考えていない訳ではないけど、彼のことを考えて研究室を選んだんだ。導線の研究がほとんどだけどランドマークとはなんなのか、それはあるべきものなのかそれともない方が良いものなのか、場合によっては恰好の餌食となる。誰かに蔑まれ、税金の無駄遣いだと揶揄され、誰かの為にたてた建物なのに、誰かの為に生まれたものなのにそれが必要ないと言われてしまう。まるで当時の彼のように。彼だって生まれるべくして生まれたはずだった。誰にも望まれない命なんてない。必ず誰かに必要とされている。あのときの私の様に。中学の時、彼とはなせなかったら、きっと今でも後悔していたんだろうとおもう。突然消えてしまって。また同じ子との繰り返しだったんじゃないかって自己嫌悪して、誰も助けられずに自分はのうのうときっと生きていたんだ。

「来月には出版してくれるって編集さんが言ってくれてるからできたら買ってよね。ハードカバーだから多少値段が張るんだけどさ」

「うん、絶対買う」

「ありがとう」

彼との別れ際また連絡する事を約束して別れた。翌日研究室を訪れると彼は文学のあり方について熱弁していた。私とは大きな違いだ。どうして、どこで彼はそんなに強くなったんだろう。私はといえば、誰かと群れることで、自分の位置を相変わらず確認している。小さな違いが大きな違いに変わってゆく。私は何年も何をしてきたんだろう。彼のことを考えて、一人部屋にこもっているんじゃないかとか考えながら、ただ突っ立っていただけだった。今後も私は変わることはないだろう。頭一つも、二つも彼は自分の上を行ってしまった。自分はどう変わっていけばいいんだろう。

「あー導線か……」

「どうしたの?なんか悩んでるじゃん」

「ううん、自分の中の緒が切れちゃった気がしてさ」

「そんなもの私にはないよ。ただ研究しないと自分の単位がもらえないだけ、だから自分の人生にこの研究室で得るものなんてないと思ってる」

「そうかな」

彼は大きく成長していた。私は全く成長していなかった。自己嫌悪。いやな気分で朝を迎える。彼と私の差に幻滅させられてしまう。自分は何もできていなかった。自分での導線のことだってきっと自己満足の為に始まっていて、きっと彼のことなんか考えていなかったんだ。


―エピローグ―

彼と私には結局大きな隔たりがあることには変わりがなかった、しかも中学生のころとは逆の立場で。彼は成長していて、私は成長していなかった。結局私の知らないところで世界は回っていて、私の知らないところで世界は急激に変わっていく、いじめられてた彼は今では全く違う彼になっていて、ちゃんとに新年をもって生きていた。私はといえば彼に翻弄されていたのだろうか。彼は私のことなんてこれっぽっちも考えていなかったかもしれない。日本中での小中学生の自殺者数は年々減少傾向にあるという。教育委員会が本格的に調査に乗り出したからだ。それで少しでも多くの子供たちが助かるのなら、あの机の傷も悪いだけではなかったのかもしれない。あの机は今どうなっているだろうか。誰かが使っているだろうか。そんなはずはない。どこかの倉庫に置かれているか、教育委員会が回収して現状がどんななのか把握するのにきっと役立てているに違いない。当初五百人を越える自殺者を出していた時代はどこに行ってしまったのだろうか。

私はおもむろに通っていた中学校に顔を出す。

先生がたは変わらずに、快く校内を案内してくれたけれど屋上にはもう花は手向けられてなかったし、生徒の死のうとした後は黒くなっていて、それから自殺者が増えていないことを彷彿させた。いじめに関して聞いてみるといじめは当初ほどひどくはないけれど、認識はしているとのことだった。それに向けて職員会議でも話題になるし、創平君の時代にはやっぱり周りの認識はまだまだ甘くて、いじめなんて思春期にある一つのいたずらの一種ととらえられていたようだ。それが多くの自殺者を結局生む結果となった。それゆえ、有識者会議も立ち上がり、教育委員会は今躍起になっていじめの対策を行っているんだという。とはいえ、彼は成長していて、現在では文学部に所属していて、それなりの成果を上げているようだ。ほんの出版も決まり、幸せな生活を送っている。いじめられるからすべてがダメなんじゃなくて、いじめられてもそれに打ち勝つだけの精神力を与えてあげることが教員には今求められているのではないだろうか。しかし、当時彼に私ができたことなどあまりないことは自覚している。もう少しななにかできたのなら少しはちがっていただろうか。


もう少し強く生きていこうと、こころの中で決めた。

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