彼と転校
僕にとって転校は大きな転機となった。親に勧められた学校は私立中学で、しかも進学校でやっていくのは多少不安を覚えていたけれどすぐにそれは払拭された。話し下手の僕だったけど同じ様な仲間が数人だけどクラスにはいたし、いじめなどは以前と比べたらないようなものだった。少なくとも僕を標的とされることはなくて、クラスで出しゃばっていたり、偉そうにしている子が対象となることが多かった様に思える。転校とともに今までなかった文芸部があることを知ると僕はこぞってそこに入部した。中学の頃は目立った作品を書くわけではなくて、著名な作家の本を読んでその感想文を書いたり、作家の心境について語りあうことが多かったけどそれでも楽しかった。誰かと考えを共有したりぶつけ合うことができることがここまで楽しいと感じたのはこのときが初めてだった。顧問の先生も数学の先生が担当だった所為で顧問の先生を巻き込んで文学の世界を楽しむことができた。
「ここの坂口安吾の気持ちが分かる人はいる?」
顧問の先生が投げかける
「これって甥っ子に何の仕事してるのって問いかけられるシーンですよね。うーん、ここだったら、たぶん自分なら素直に小説家って答えてしまう気がします。ここで少し斜に構えた発言はかえって甥っ子に不信感を植え付けかねないので」
「でも人々を堕落させる様な小説を書いていたんだからそのことはばれたくないって心境もあるんじゃないの?」
「たしかに」
「先生はこう思うの。自分の名前がばれちゃうと甥っ子が自分の本を手にして、まともに育たなくて結局自分が怒られる羽目になっちゃうんじゃないかなって」
「うわ、教員っぽい回答きたよ」
「なにー、私数学科だからわからないからね?ちゃんと国語の先生に聞くのがベターよ?」
「いえ、なんか大人なんだなって感じました」
個々から意見が飛び出していろいろな回答が飛び出す。坂口安吾とは数年前にアニメ化されて評判になった作家だ。ミステリー作家だが人は墜ちていくために生きているとかなんとかいって堕落していくものだと述べた作家だった。だからいまもっともアツい小説家の一人だったし、純文学の世界で活躍した人だから、今のライト述べるともまたひと味違う作風が独特だった。アニメでは近代に置き換えられていたのだけれど、それでも作風が生かされていてトリックなどは絶妙に入れ替わっていたものの大筋で変わることがなかったことから非常に入りやすい小説だった。一年生はアニメ目線で色々な意見をくれるのは貴重だし、三年生は作者目線に立って意見するから当然食い違うのだけれどそれがまたおかしかった。僕はというといつも聞き手に回っていることが多かったけれど、それでも楽しかった。授業の国語も書き手の目線にたって受けることができる様になったから非常におもしろくなってきた。
「はい、ここでの夏目漱石の心境が分かる人はいるか」
「創平君、なんかいいたげだな、いってみろ」
「どうにも田舎に赴任というのが気に入らなくて、非常に困惑しているシーン何じゃないかと思います。」
「良い答えだ」
こうして、僕は文芸部に所属する事で、文章から他人の気持ちを読めるようになっていた。最近では坂口安吾の小説を読むことが部活動では多いけれど、それ以外で家で読む文庫本は現代文学ばかりで、恋愛小説や、SFに興味があって読むことが多い。特に最近はまっているのは西尾維新の戯言シリーズで、ライトなミステリーをひもといていくのが非常におもしろかったし、言葉まわしもおもしろく、難しい単語が多く出てくるのでそれにあくせくすることはあるものの大体の文脈はそれでも読めるようにかかれているので非常に面白味を感じていた。
夏になると文芸部は非常にいい環境になる。それはエアコンが使えるからだ。運動部はエアコンとは無縁のなか僕らは常にエアコンが使える環境で熱弁を繰り返す。
「あー蝉がうるさい」
「本読むのに蝉が居るとなんだか気が散るよねー」
「あなたたち、もっと夏を謳歌しなさいよ!!夏よ?夏。もっとプールにいったりだとかみんなで海に行こうとかないのかしらこの子たちは」
「いや、だって暑いし」
僕の一言で場がすーっとさめていく。
「確かにそうよね。あなたたちがそういう子たちだってこと忘れてたわ・・・」
外では蝉が鳴き、学食にジュースを買いに外にでると水が滴り落ちるほどに、ペットボトルにぐっしょりつく。文芸部にも一応冷蔵庫があるのだけれど、そこに入れるにはコンビニにいかなければ2Lのペットボトルが変えないから非常に不便だった。コンビニまで歩く間に夏の太陽は容赦なく僕を照らし、背中からじんわりと汗をかく。それがひとたまりもなく不快感をもよおし部室に帰って汗がひんやりするのがとてつもなく気持ちが和悪い。それでも乾くからいいのだけれど。
文芸部はというと蝉以外は至って平常運行だった。いつも通り議論が差されて、いつも通り、本を読む。
ある日、先生から本を渡された。
「このタイトル、SF何だけど思う?」
先生に渡されたのはハーモニーという作品だった。何でもフィリップKディックに影響された作品だそうで、とはいえ内容は健全そのものらしい。「どんな内容なんですか」
「それ先にいったら意味がないじゃない」
「あらすじだけでも」
「女の子が三人居てね、一人は特殊な女の子なの、それでその子に魅了されて、その子に翻弄される様な小説よ」
「どこがSFなんですか」
「生命主義の名の下に、人は死ぬ自由すら奪われてしまうの、優しさに縛られるっていったらいいのかな。それにあらがう特殊な女の子とその周りの主人公たちを取り巻く世界がSFなのよ」
「なるほど、なんとなく内容はつかめました。読みません。」
「こうなると思って言わないでいたのに‼」
「嘘ですよ、読みます。それについて次の議論をしていきましょう。純文学が多かったので現代文学にふれるのも良い教育なのではないかなと思います。」
「あなたっってば教育者目線ね」
「それを言うなら部長目線っていってください」
僕は実際にその小説に興味を抱いていたし、現代小説なら何でも読むような生活を送っていた。
先生からもらったハーモニーは文庫化前のものらしく、新書サイズでとても分厚くて、扱いづらかった。シライシユウコのイラストはとても百合を感じさせるようなのが特徴的で、寄せ木細工の様な背景とマッチしていた。読み進めるごとに本はとてもおもしろくなっていく。起承転結。承が際だっておもしろくて、ミァハとの生活は僕には遠く想像できない世界だけれど女の園というものがあるのだろう。また、Watch Meは非常に考えられたシステムであって、これを自分だったらどうプロットするんだろうと考えるきっかけにもなった。
一か月もすると先生から感想を求められるようになった。
「んで、どうだった?ハーモニー」
「おもしろかったですよ」
「それだけじゃなくて、先生はちゃんとした感想が聞きたいの」
「がっつりSFで僕の今までの辞書の中には入っていない部類の小説でしたが非常におもしろかったのは確かです。ミァハを巡る残された二人の物語。それぞれが錯綜していて、それぞれの人生を悩みながら生きている情景が生々しくて非常によかったです」
「そう、そうおもったんだ」
「え?」
先生のその返事は僕にとって意外だった。僕はその回答に自信があったし、読み方次第ではそれは変わるかもしれないけれど、何か間違ったんだろうか。先生は首を傾げながら
「もう少し、SFらしい世界観について考察してくるのかと思ってた。人間が死ななく世界のあり方とか、それが人類に及ぼす影響とか、脳科学が進むことで、得られる人間たちの生活はうれしいのかそれとも何か悲しみを帯びているのかとかってそういうところ」
そういう考えがっあったか。と僕は思った。さすが先生、考え方が数学科なのに大人びている。確かに人間社会が死ななくなってしまったとしたら人口増加は免れないし、食糧難は今以上に深刻になっていくことだろう。もしかしたらロボットもあらわれるかもしれないし、戦争の形態だってかわっていくのかもしれない。
こうして僕の夏休みはSFづけになっていたフィリップKディック、ジョージオーウェルなど名作と言われる作品はかいつまんで読んだ。三年の一年間はそうやって文芸部の学生たちと盛んにコミュニケーションをする事で終わった。僕にとっては誰かと話しあえるのがとても楽しくて、それが自分の趣味に合う人たちだったから余計だった様に思える。秋にもなると担任の先生と顧問の先生に呼ばれて同じ様な質問を受けることになる。
「「で、高校はどうするの?」」
全く考えてなかった訳ではない。けれど文芸部での生活が楽しくて、それどころじゃなかったといういいわけが通用する訳もなく、とりあえず何か考えなければならなくなってしまった。
「まだ考えていないんですけど、将来は文学部にいきたいので、文芸部の充実している高校に行きたいと思っています。」
先生は困惑した表情を浮かべながら
「部活のことも良いし、将来のことは考えられてると思うけど具体的にどこか考えてる高校はあるのかい?」
「いいえ、ありません。どこでも良いです。」
「それだけ希望があってどこでも良いですはないだろう。」
言われてみれば確かにそうだ。文芸部がある高校なんてそう多くないだろうし、その人たちが皆文学部に所属するとも考えられない。
「わかったわ、何となくだけれど私の知ってる限り当たってみるから、あなたも調べなさいよ?先生だってまだまだ新任でわからないことだらけなんだから高校なんて全然しらないんだから」
はい。と僕は答えた。
その日からはどこの高校へいくかもわからないまま、とにかく受験勉強に取り組んだ。そうすると自分には見えてなかった世界がまた見えてくる。どうやら僕は数学が苦手だとか、国語は当然得意だとか偏ってることがわかってきた。クラスの子とも仲良くなり始めていよいよ中学の生活が中学生らしくなってきた。
「創平はさ、国語得意でしょ。少し教えてよ。夏目漱石とか太宰治とか言われても私全然さっぱりなんだけど」
クラスの中で少しずつコミュニケーションがとれるようになってきた。最初は国語のことばっかだったけれどそのかわりにとある女子には数学や理科について教えてもらったり、男子にも世界史や日本史について教えてもらったりと、勉強の話が主だったけれど、だんだんとその環境も変わってきた。
「創平~!!今日はファミレスよって帰ろうぜ」
と誘われるようにまでなってきた。僕は小学生の頃や中学2年の頃までと比べて生活が様変わりしていた。誰かに頼られて、誰かを頼って、誰かの意見を聞くことがこんなにも楽しいことだとは思ってもみなかった経験だった。家に帰るとまた鉛筆を走らせる。とはいってもプロットとハコガキだった。高校受験をする傍らで僕は本を書こうとしていた。一年間の集大成として何か文集みたいなものはかけないだろうかと、ふと考えたのだ。起承転結をはっきりさせた文章でいい。自分は書き手の目線に一度立ってみたかった。そのプロットも二時間ほどすると、次は受験勉強、やっぱり数学は苦戦した。方程式を解くのは面倒くさかったし、それが何の役に立つのかわからなかったから余計だった。それでも努力の甲斐あって、文集のほうも一部書き終えることができたし、受験戦争も切り抜けることができた。
結局のところ高校は近くにある私立のそこそこの高校に収まることが決まった。先生にとっても僕にとっても意外なことであり、自分の成績で行けるかどうかは正直不安になっていたからだ。ふたを開けてみれば評定平均がある程度稼げていたそうで(うまく乗せてもらったそうで)この難関を越えることができた。中学からの友人も何人もいたし、新しい友人ができることに僕は少しきたいを描いていた。部活動は当然のことながら文芸部に所属する事になる。ここの文芸部は過去数人ではあるが小説家を輩出しており、文学部にいくにはこれ以上の条件はないと僕は感じた。しかし、小説家を輩出するだけあって今までの文芸部での活動とは違い、執筆が主な部活動になり、その中に会話があるという程度なので非常に厳しい環境におかれることになるそれでも僕は、自分の考え得る小説を書いて、極力一週間に一本は新稿をあげるように努力していた。一年生の間は2万字程度の文章で、良いから起承転結をはっきりさせた小説をあげなさいと言う先輩からの指示だったから、それに向けて努力した。中学までは読み上げるのがほとんどだったから、それに加え様々なプロットを起こさなくてはならず、最初はこのプロットで非常に苦戦した。プロット刷る段階では登場人物も考えなければならないし、登場人物がどういう性格なのかも考えなければ行けない。それに加えてストーリーのプロットが非常に難しかった。どのようにプロットしていけばいいのか先輩に聞きながらプロットしていく、それが自分の目指すプロットなのかわからないままとにかくプロットし続けた。
春の桜も散る頃、僕は第一稿を書き上げた世界対戦を映し出すカメラの話で、自分の中でも訳も分からずに書いていたように思える。二万字というのはほど遠い世界で、初めてのまともな小説で非常に苦戦した。それでも先輩たちは優しくて、それに対して多くのアドバイスをくれた。どこのプロットがおかしいとか、誤字脱字のたぐいが多いとか、事細かかった。先輩たちの文章を読んでみると僕の文章はまだまだ稚拙でどこか、まとまりすぎている傾向があったのは確かだった。
「もう少し行動に関する描写があっても良いと思うし、こことかさ、もっと会話で広げて良い部分なんだと思うよ」
先輩は優しかった。それから第二稿をあげるのにまた一苦労だった。たった二万字程度の文章なのにそれが苦痛なのだ。プロットは難しいし、なにせ一度使った登場人物を二回目に使うことができないからまた新しいキャラクター設定をしなくてはならなくなる。
「ここをこうしてだね。キャラ設定なんていうのは書いているうちに段々と固まってくるから最初はあんまり気にしなくていいんじゃないかなって思うよ。」
こうしてできた二稿目は学園祭で成果としてあげることになる。毎年秋には僕らの部活は「新稿派」という雑誌を創刊していて、それを学園祭で販売することになっているのだがそれに載せてもらうことができた。
「君はがんばっているからね。どんなに稚拙だろうと、それが世に出回ることで色々な意見をもらえるし、それが来年につながってくる。」
先輩のいう通り三稿目ではすでに三万字の文章を書くことが苦ではならなくなっていた。この三万字というのはおおむね通常の小説の1/3程度で、三年になるまでには十万字の文章が書けるようになっていればと思った。文化祭では四百部発行したのだけれどそれはすべてはける勢いだった。文芸部の「新稿派」を楽しみにしている学生はそれなりに多いらしく、ある生徒に聞いてみると
「私は読む専門だから文章なんてかけないし、それをかける人がどんな思いで書いているのかって思いながら生で読めるのは非常に興味深いよね」
と言ってくれた。僕のページに関して聞いてみると
「これから読むところだけど、私の読む本と比べたらまだまだね。やっぱりもっと展開がわかりやすいほうが良いし、なにより文字文字しすぎててなんだか読みにくい」
ふむ、そういう見解もあるのかと僕は次回作にはそういうフィードバックを取り入れてみようと思った。ほかにも色々意見をもらったけど、マイナスな意見もあったけどそれもふまえて自分の文章を読んでくれてるんだなという実感がわいて、それを受けてモチベーションがあがってきた。
高校での文芸部での生活は楽しかった。高校二年生にあがる頃には六万字を書くことができるようになっていたし、自分の中でプロットの仕方なども良くわかるようになってきた。小説の書き方などの本も読破して、誰が読み手なのか、書き手はどういう立場で居ればいいのかとか考える余裕も出てきた。プロットとは大枠を決めることは確かなんだけど必ず取材が必要であることとか、家を建てるようなもので土台がちゃんとしてないと家は立たないし小説も立たないということを教えてくれた。文章を読むことが多かった中学とうって変わって、書くことにもおもしろさを見いだせた、執筆するのであればSF・ライトノベル・純文学とジャンルを選ぶことができるし、何よりできたものは自分好みの小説なのでそれを読めることに楽しみを見いだせた。二年生の頃には中学のときに読んだハーモニーのオマージュを「新稿派」で出版したがこれが大受けでクラス中でも話題になるほどだった。なんだか自分の居場所ができたようでとてもうれしかった。部活帰りには誰かとカフェに行くようにもなってたし、クラスの友人もそのころから増え始めた。
「創平、今日はタリーズでいい?」
「ケチってるよな」
「しょうがないだろお金ないんだから、バイトしたってしたって彼女に消えていくばかり、この通り金欠なんよ」
「うそだよ、全然良いよあそこのドリップコーヒー僕好きなんだ、だからゆっくりはなそう」
「じゃぁ決まりな」
僕は昇降口へと向かう道すがら夏のあのジュースを買う日々と比べて幾分涼しくなってるなと感じた。あの頃はまだ中学生で学食を通じて外に行かなければ自販機がなかったから仕方なく足を運んでいたけれど、今の高校は自販機は学食の中に入っているので学校にいる間中は汗をかくことを忘れられる。当然廊下は暑いけれど外と比べれば全然ましで、汗をかくほどではなかったから、なおのこと涼しさを感じた。駅前のタリーズに行った僕らはといえば恋愛の話をされ、これはまた良い題材になるのではないかと僕は思っていた。
僕も三年にもなると十万字の大台には乗っかるようになっていた。「新稿派」でも単行本一冊分の文量になるからB5サイズの冊子に二段組にして書くようになっていた。
「次はなにを書くんですか?」
「毎回楽しみにさせてもらってます」
とありがたいお言葉を頂戴するようにもなった。そのとき、ある生徒が言った言葉が後の僕の人生を大きく変えることとなる。
「恋愛小説なんてどうですか、私創平先輩が書く恋愛小説読んでみたいです。」
今まで書いたことのないジャンルだし、そのときはただ、ああ書ければ良いな程度に思っていた。興味があって良く読むジャンルではあるし、起承転結の結に向けてのプロットのちりばめ方が難しいときくけれどいつかは書きたいと思っていた。恋愛の経験はないのだけれど。
「ありがとう、参考にさせてもらうよ、卒業文集での掲載になると思うけれど楽しみにしてて」
「楽しみだなー、先輩の書く恋愛小説。きっと普通の小説じゃなくて、語り部の多い恋愛小説になるんだろうなー」
そうはなるまい。恋愛小説なのだから男女の関係をうまく会話を交えながら書いていきたい。
いざプロットを始めてみるとこれまた苦難の続きだった。伏線の立て方など、僕は今まで語り口調でただただ戯れ言を並べてただけなのではないかという不安さえ感じさせた。今までのジャンルから飛び抜けて難しいことがわかった。それと同時に中学生の時の記憶がフラッシュバックしてくる。彼女は今どうしているのだろうか。あのとき声を書けてくれたのに僕はなにも言わずに転校してしまった。そのときはあれでいいのだと思っていた。けれど、今ならもっと色々といえるのに。今ならもっとちゃんんとした言葉でありがとうっていえたのに。そう思っていてももうあのころにはもどれない。でも僕はこれを題材にしようと決意しプロットを進めた。主人公はいじめられっこの高校生で、日々いびられたり、机に落書きがされているものの本があったから自分の平常心を保っていた。友人と呼べる人は誰もいなくて、誰ともしゃべったこともなかった。しかし一人だけ主人公のことを名前で呼んでくるお節介な生徒がいて、本のことなんてこれっぽっちも知らないのに話しかけてくる。最初は五月蝿いと思いながら接していたけれど、段々と打ち解けあうようになってくる。彼女のは非常にまじめで、僕の読んでくる本は読んできて必ず感想を聞かせてくれるのだ。自分の考えとは全く正反対の意見だったりする事もあって、どうやったらそういう感想に至るのか、わからないが、それでも、何度も、何度も足繁く彼女は僕のところに通っては本のことを色々と聞いてきた。次第に愛読書が新聞だとわかると時事ネタをはなすようになっていった。時事ネタだと個人の考えというのはバラバラだからお互いの意見が認めやすい。そんな彼女と引き裂く様に僕は転校していく、生徒たちには内緒で。転校先では文芸部に所属して、彼女のことを思いながら恋愛小説を読む、高校に入ってからは恋愛小説を書く。そんなプロットをしてみた。
部員に見せてプロットを修正してもらながら顧問とも相談して、自分の集大成となるように、うまく指導をしてもらっった。書き上がったのは二月の中旬のことである。そのころにはもうすでに周りは寒くて、自販機にいくことさえ面倒になっていた。さすがに廊下も寒い。手をこすりながら廊下を歩いていると友人にであった。
「まだ小説書いてるの?」
「あぁ、これがまた大変でさ」
「こっちも大変だよ、寒いし、これから新入部員の勧誘のことも考えなきゃいけないし、三年にもなってなんで一年の勧誘のことなんか考えなきゃいけねーんだよって感じ」
「確かにな。でも陸上部では恒例なんだろ?がんばってこなせよ」
「おまえもな、ところで小説ばっか書いてて大学はきまったのかよ」
「あぁ、心配されなくても都内の私立に決まった。文学部だけど」
「おまえはぶれないのな」
「元々文学部に入りたくてここにきたようなものだからな」
「そっか、ここしかまともな高校が受からなかった俺とは大違いだな」
「おまえ、そうだったの?てっきり陸上でなんか目指してきてるのかと思ってた。賞だって取ってるじゃん」
「あんなん簡単にとれるよ。走れば良いだけだからな。たまたま足が速かっただけで特段トレーニングなんか積んでないからそっち方面は考えてない。」
「そうなんだ。ほい、コーヒー飲めるだろ飲めよ」
そういって自販機でかったコーヒーを手渡す
「サンキュ」
「僕、大学に入ったら小説家になりたいんだ。何か大きなことをしたいって訳ではないけど、誰かに共感してもらって、誰かが大粒の涙を流してくれる様な小説を書ければいいななんて漠然と考えてる。」
「おまえはすごいな」
「そんなことないさ、やれることやってるだけ」
「そのやれることやってるだけ、ってのがすごく難しいんだよ。うちの一年なんかみてみろよ、やれることは山ほどあるのにやらないでダベってるだけ、全く向上心がみられないよ。俺は入賞続きだからこれといってとトレーニングの必要もないけど、それでも少しは走り込んでるっていうのによ」
「一年なんてそんなもんだよ。うちの一年だって週に一稿はあげろって言ってあるけど一稿あげられる奴は数人に限られてるしさ」
「じゃぁ、変わんねえな」
ちょうどコーヒーを飲み干したところで僕はその場を後にした。
恋愛小説の方は佳境に入っていて、非常に難しいパートだった。感動で終わるにはここの伏線をうまく解決しておく必要がある。そうでないと恋愛が必ず成就してしまうことが見え見えの小説になってしまうからだ。それに加え大学は決まったというものの課題が多くでてる。両方をこなしながら小説を書いていくのは正直結構億劫だった。できあがったら次に製本の作業があるが、それには三年みんなで足踏みをそろえなければならないのでそれまでは気の抜けない作業となってた。
「何部刷る?」
「例年通り五十部でいいんじゃないかな」
「それではけるかな、少し不安」
「余ったら後輩に渡せばいいさ、文集なんて教科書みたいなものだから、それでも余ったら僕らでもう一部ずつもっていこうよ。大学で誰か渡したい人が出てくるかもしれないし、出版社に送る人も中には出てくるかもしれないしさ」
「何部売れるかな」
「さぁこれも例年通りなら三十部程度じゃないかな」
「あー売れてほしいな、私たちの集大成」
「これだけ努力したんだ、売れるさ」
「だといいんだけど」
五十部というのは結構な数で結構な金額にもなる。今三年生の部員が十名ほど在籍しているから単純に十冊分の文量の入った文集となる。だから、重たいし、文字ポイントをどんなに下げても、メフィスト位の大きさに名ってしまう。軽い同人誌の即売会みたいな状態になる。毎回もみくちゃ状態なのだから用意した分ははけてしまうだろう。それに今年のメンバーにはそれだけの自信もあった。
季節も冬になると自販機の飲料が凍てつくように冷たくなった。センター試験も始まっていよいよ僕の課題の戦争も佳境に入ってきた。
小説が書き終わったのは本の数日前で今はそれの推敲をしている。
「君、まだ学校に居たの?そろそろ下校の時間だよ?」
「推敲が終わらなくて」
「あぁ、文集のね。大変だよね。自分は中編小説ですませようかななんて甘え始めたよ」
推敲の作業は思った以上に大変だった。普段PCで書いてないからその分取り込んだときに誤字がいくつか出てくる。それでも今書いている端末が気に入ってるからそれで書くんだけれど、それでも推敲の作業は結構大変だった。二月には文集用の原稿をあげなくてはならない。印刷があるからだ。装丁はある程度決まっていて、イラスト部にお願いすることにした。今年は僕が大好きだったシライシユウコ風の装丁にお願いすることにした。深い碧、その中に一筋の光が輝く様なきれいな作品に仕上げてもらったから僕は満足で、ほかの部員も完成度の高さに賞賛していた。そのころには推敲の作業も終わっていて最終チェックの段階に入っていた。誤字脱字はないか、スペースにおかしな点はないか。濁点のミスはないか。読んでいてストーリーが破綻していないか、などなど、自分の作品を読むのだけれどそれだけでも三時間以上がたっていた。僕は作品だ読了すると達成感に満たされた。自分の使ってきた中学からの文芸部での六年間の集大成。うん。うまくいったと、自分でもあるっ程度納得できる仕上がった気がする。
三月の配布の時にはいつもにまして長蛇の列ができていた。十冊しか用意シていないのにそれでもならんでくれる人が居るというのはとても売れ良いことだ。午前中に整理券は配り終えてしまって。午後には自分たちの分も配ることにした。自分たちの分は重版刷れば良いだけだから、今この瞬間に読みたいと思ってくれるひとに少しでも多く渡しておきたいというのが僕たちの真意だった。今回の文集には様々なジャンルの作品が入っていて、純文学も含まれていたから非常に周りの学生に喜ばれた。誰々の作品がいいとか、どこの場面が一番好きだとかそういった意見も多くもらえた。僕たちは読んでくれた作品一つ一つの感想をできるだけ多くもらって、自分たちが書きたい作品と、みんながほしい作品とは何が違うのかと文集を配り終えてからも、議論を行っていた。今年は上々だった分、色々な意見がもらえて、それだけ後輩たちにもデータが残せる。この文集がいつまでも続けばいいなと。僕はそう思って卒業した。
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