高校と私
私は中学の経験をなんだかんだでうやむやにはできなかった。
彼が消えたのがどうしてなのか、何となく想像はできたものの、その後の彼の消息を得ることはできなかった。机の傷、今でも残っているだろうか、それとももうとっくに処分されてしまったのだろうか。高校の机をみると時折彼の事を思い出す。あの日から彼はどこへいってしまったのだろうか、まさか自殺?そんなことをする様なタイプの人間には見えなかったからきっとそれはないだろう。しかし出来事は突然で、いつも私の意志とは違うところでまわっている。転校という話もなかったし、かといって引きこもりになっているという噂さえ立たなかった。言葉通り、消えたのだった。誰も知らない、誰にも気付かれないところで暮らしているのだろうか。彼が誰なのか、ちゃんとわかっている人間は誰一人としていなかった。
さて、高校になった私はというと中学の時と同じように部活に所属して、中学と同じ様な友達といつもつるんでいた。でもその中い漠然とした彼がいて、誰だかわからない誰かを追いかけるようなそんな毎日を送っていた。
「愛佳~~!スタバいくよ!」
「え~、昨日もいったじゃん、私の財布は私のお腹とは裏腹に腹ぺこなんだけど」
「またまた~、お小遣い入ったばっかでしょうが」
「そうだけどさー……」
「決まり決まり!じゃぁ部活の後に昇降口でね」
一方的に決められてしまった。これもいつものことだけれどもそれでも友達がいるという事はありがたい。結衣は部活を変えて弓道部に入っていた。中学の時は弓道部がなかったから仕方なくテニス部に所属していたらしいけど、そのときと比べたらはるかに白くなって肌もきれいになっていた。
私の中でも少しは変わったところがある。心理的な変化ではないけれどスタバに行くと今までだったら甘いフラペチーノ専門だったのがドリップコーヒーが飲めるようになっていた。
「あれ愛佳?ブラックなんて飲むんだっけ?」
「最近飲めるようになったんだよね、最初は苦くていやだったんだけっど飲んでるうちになんか麦茶みたいな味に感じてきて、それになんか毎日コーヒーの香りがちがくって・・・」
「そんなアツく語るほど?」
「うそ、やすいから」
「だよね。私達アルバイトしてるのにすぐスタバにきちゃうからお金が飛んでいっちゃうんだよね」
「そうそう」
結衣とたわいもない会話をしながら過ごす時間はなんだかんだ出費はかさむけど至福の一時だった。
時には喧嘩もするし意見のすれ違いもあるけれど、それでもなんだかんだすぐ仲直りしてスタバにきて笑って過ごしてる。親友ってこんな事なのかな。彼も運さえ良ければこんな生活をしていたのだろうか。
「ねぇそういえばさ、最近どうよ彼氏とかできた?」
「ぜーんぜんダメ、なんか人を好きになるって感覚にならないんだよね」
「愛佳、それなんかおかしいんじゃない?」
「結衣に言われたくないんだけど」
「ごもっともです笑」
とはいっても結衣にはバスケ部の彼氏がいていつも校内ではおしどりカップルで有名だった。
「結衣こそどうなのよ」
「私達は至って順調。順風満帆なんだから」
私だって少しはうらやましかったりする。好きって感情がどんなものなのかはあんまり理解できないけれど、それでも恋仲というのは身近に感じて親友よりももっと近いんだろうと思う。何で異性間でしかこう言った交流はないのだろうか、別に女の子同士の園があっても良いような気もする。同姓愛者を気取るつもりもないし、そういった類の感情ではないから深くは語らないけれどそういう関係もあっていいのかなって少しだけ思ったりする。
「なんでそんなに仲いいんだろうね、男女の仲って」
「そんなことなくない?」
「いや、恋人って意味でさ、なんかふつうの女子同士とはまた違った友人関係があるじゃん?なんかそういうのにあこがれてさ」
「なに?愛佳、百合なの?」
「またそうやって茶化す!違うって。そういうのじゃなくて、女子同士だって同じような関係でもいいんじゃないかなって」
「ひょっとして、私たち、仲悪い?」
「そんなことないよ。私たち親友でしょ?」
「そうだけどなんか違う」
「なにそれ」
私たちの間は恋仲とは明らかに違っていて、友人の延長だった。それに加えて恋仲とはなぜもああも簡単に親密になってしまうんだろうか。私には理解ができなかっった。スタバを出る頃には私たちは完全に夕闇に紛れてしまっていて、自転車のライトがなければ道路もまともに走ることのできないくらい暗くなっていた。
翌日になっても私たちは同じような日々をただ淡々とこなすように過ごしていた。二年にあがる頃には私は完全に彼のことなど忘れていて、自分の部活に夢中だったし何よりも勉強に必死だった。大学受験を控えた一年後を考えるといてもたってもいられず、家に帰れば勉強に集中するようになった。
ある日結衣と下校中にはなしたことがある。
「私たちもいよいよ受験準備だよ。」
「そうだね」
私は相づちを打った
「私のいきたいところどこもC判定で微妙……」
「結衣は勉強のこと考えてなさ過ぎ」
「そういう愛佳は勉強のこと考えすぎ。どこもA判定でしょ」
「そんな、国公立は無理、行けて私立のいいとこかな」
「それでもいいじゃん、私と比べれば」
「だから、ちゃんとこれから勉強しなさい。結衣は部活ばっかなんだからさ、ちゃんと将来設計とか考えてる?」
「えーと、適当な大学に行ってアナウンサーかなんかになって、お金持ちと結婚して幸せな家庭を築ければいいな」
「そんな夢見がちだから、いいところにも収まれないし、このままだと浪人だよ?」
「……やめてやめて、浪人の二文字は出さないで。本気で怖いから」
結衣は平常運転だった。部活では弓道でそれなりの成績をのこしているし、インターハイでもいい成績を残しているらしいのだから、あながちふんわりと生活している訳でもないらしい。そのあたりは私の方が劣っていて、うちの吹奏楽部は決して強くない弱小校だからせいぜいいって地区予選落ちだし、それ以上に文化祭に向けた練習だったり、わいわいできればいいという流れの生徒が断然多かった。どのパートも楽しくできているのはいいけれどもう少し向上心のある部活かと私が入った当初はもう少し期待を抱いていたものだった。
「結衣、部活推薦とかないの」
「ないない。このご時世そんな弓道一筋じゃやっていけないんです。だから私はAO入試をうまーくつかってだね。」
「AO入試も一芸入試みたいなものでしょ」
「まぁね」
「それで、結局理想の道を追いかけるわけね」
「そうそう」
私たちはこんな感じの談話を日々アルバイトを続けながら続けた。私のアルバイトは親に借りた楽器代の返済に半分ほどが消えていき、結衣のアルバイト代は弓や矢に消えていった。中学の頃は学校の楽器がよかったおかげもあって、楽器代に工面することなどなかったのだが、今となっては学校の楽器室にある楽器のほとんどがカビが生えたり、タンポが破けてたりしてたりと決して恵まれた環境ではなかったので、自分で楽器を買ったもののアルバイトをしながらの練習の日々はそれなりにきつかった。結衣も同様で中学の頃は彼女はテニス部に所属していたから今の環境は決して芳しい状況というわけではなかった。何より努力が人一倍大変だし、それでもインターハイで賞を取ってくるんだから結衣の努力が伺える。加えて入部時に弓など一式を買ったらしいが、楽器と同様で、上達するにつれてだんだんと新しい弓などがほしくなるらしく、それを工面するのにアルバイトをしているのだった。そうして、残った半分は私たち二人の時間と、結衣の場合は彼とのデートに消えていった。
「弓ってね、やっぱり愛佳のいう楽器と一緒なんだよ、上達するにつれて新しい良い弓がほしくなるし、矢だって学校にもあるにはあるけどやっぱり自分で作るものが断然良い。照準はずれないし、的にしっかり当たってくれる。それでも何回も使うと折れちゃうから買い直すんだ」
ある日結衣がそんなことを言ってた。矢を作る為のいろいろな器具を買うのにもそれなりにお金が必要で、それに良い矢ができたり、悪い矢ができたりとばらつきも当然ながらあるらしい。
「でもそれと比べたら私なんて趣味に近いものがあるね。結衣みたいにインターハイで賞をとってくる訳でもないのにこんな楽器かって、それで音楽学部なんかに入るんだったら別なんだろうけど、私はそういうの求めてないから、宝の持ち腐れだよね」
カフェでの雑談はいつも通り続く
「そんなことないよ、弓道で良く言う言葉なんだけどね、大事なのは精神力なんだって。誰がどうとかじゃなくって、もう自分との戦いで。だから高みを目指すなら必然的に弓だってどんどん良いものがほしくなっていくし、楽器もそれと同じなんじゃないかな。他人の為に買うんじゃなくって、自分が高みを目指す為に買うの。だから絶対無駄じゃないし、努力の証なんじゃないかなって私は思うよ」
結衣とはなしていると自分のやっていることを正当化してくれる気がして楽だ。高みを目指している人はやっぱり言うことが違う。私も本当に高みを目指してるっていえるのかな……
疑心暗鬼ではあるけれど今取り組んでる楽曲はソロコンクールに向けた練習をしていて、私の中では難しい選曲をしたつもりだった。それでも昨年は入賞はおろか、銀賞止まりだったしそもそも音楽のコンクールっていうのは賞がつかないことがないから結局金賞以外の賞は努力賞と同意義だった。今年のコンクールは金賞ねらえるかな。それもとってもインターハイみないな全国大会じゃなくて、地区特有のコンクールだから金賞をとっても全国区とはお話にならない。それでも私のモチベーションを保ってくれるのは今、目の前にある譜面がすべてだったし、この楽器もソロコンクールやアンサンブルコンクールでがんばる為に買ったものだから、もっと結衣みたいにがんばらないと。
ある日、私たちがスタバにいると見慣れた顔ぶれが入ってきた。詩織たちだ。ショウも一緒につるんでる。私と彼女らは中学こそ一緒だったものの高校ではそれぞれ別の道を進んだ。私と結衣はどちらかと言えば学年でも上位の方にいたから、私立の進学校に進んでいて彼女らはショウはサッカーばっかやっていて、詩織は入った部活も早々にやめて不良グループとつるんだりしていたから、進学校には進むことができなかった。できなかったというよりかは、自分からつるむ相手と同じ学校がよかったのかそっちに自ら進んでいった。私たちからみると何となく墜ちたなと感じるところもないことはないけど、まぁ彼女たちは彼女たちなりにうまくやっているんだろうと思っていた。すると隣にいた結衣がささやくような声で私に
「あの二人、高校に入ってもいじめやってるらしいよ」
ショウは中学の時にいじめてた張本人だったからこの言われ用は仕方ないにしても詩織に関しては周りに対して厳しい口調なだけだと思ったから私のあてははずれていた。
「え、詩織も?」
「そうだよ。知らないの?中学の時のいたずら書き」
「あれ詩織もやってたの?」
「やってたよ、もっとも詩織の場合は朝早くにきて机に彫ってから部活の朝練にでてたみたい」
「知らなかった。ショウ一人がやってるんだと思ってた」
「ショウの場合は夕方部活終わってから堂々とやってたもんね、みんなが知ってるはずだよ。でも実際は二人でやりあってたんだよ」
全く知らなかった事実に私は驚愕した。一人芝居だと思っていたのがまさか、二人でやってたなんて。こう考え出すと芋蔓式にいろんな人が出てきそうだったからそれ以上は結衣に質問しないでおいた。
「あれ、結衣と愛佳じゃん。気高いお二人がどうしてこんなところに?」
皮肉めいた言い回しをするのは詩織
「気高きお二人だから高級な店でたむろしてんだろ、俺ら庶民のたまの贅沢とは訳が違うんだよ」
ショウがそれに返答する形で返す
「全然そんなつもりないんだけど、ただいつもここで愛佳とはなしてるだけだし、たかがスタバでしょう?別に高級店ってわけじゃないし」
結衣が食ってかかる。
「庶民とはお考えが違うんですね、さすが進学校生」
「俺らが泥臭い部活を終えてそれでたまにきたっていうのに二人はいつもここでおしゃべりかよ、優雅なこった」
ショウも皮肉気味に言ったのが結衣の癪に障ったらしい。
「それよりさ、まだ続けてるんだっていじめ、いい加減やめたら?私たちの学校でも悪い噂として流れてきてて、おな中としては恥ずかしいんだけど」
「そんなん俺らの勝手だろ、弱い奴がいけねーんだよ。ちょっとちょっかい出したくらいですぐ学校休みやがってよ」
「そうよ、私たちはかわいがってるだけじゃない。それなのに不登校の原因にされるなんて癪だわ」
「そういうのをいじめっていうんでしょ」
「ちょっと、結衣、これ以上いってもしょうがないって」
私は小声で結衣に忠告した。
「愛佳、こういうことはちゃんとに言っておかないとだめなの。私たちの評価にも響いてるんだからね。」
「勝手にそっちの事情に置き換えるなっての」
「そうよそうよ」
「弱いものいじめてなんになるってわけ?結局弱いものを作ることで自分たちの地位を高めたつもりになって安心したいだけでしょ」
「んだと‼」
「やめて‼」
私は少しトーンを強めていった。客席にいた人たちが一瞬にして振り返り、静寂が立ちこめる。
「……そういうはなしは、やめてっていってるの‼」
周りのお客さんに視線を向けられて私は恥ずかしくなって赤面して、椅子に居直る。長い沈黙のあと、結衣たちはにらみあってその場を収めた。
「結衣も喧嘩になるようなこと言わなければいいのに」
「こう言うときはちゃんとに言わないとだめだよ。相手をただしてあげるのも弓道の精神。誰彼かまわず優劣をつけるなんてまちがってるもん」
「そうだけどさ……でも、場所を考えて。今は私たちの楽園にいるの、この場所を私は汚ししてほしくないし、言い合いなんか私は求めてない」
正直な私の気持ちを言った。私たちの園を汚してほしくなかったし、今後もやっぱりここは私たちの楽園であってほしかったから。
「……ごめん」
数秒おいて結衣は謝った。
「私もそういうつもりでいったんじゃないの。自分の内申がどうとかじゃなくて、誰か常にかわいそうな人がいることが許せなかったの。でも、愛佳の言うとおり、こんな場所で言い合うべきじゃなかったね。ごめん。次は場所をわきまえる……」
その後の結衣は少ししょんぼりしながら私と会話をしていたけれど、結局のところ結衣の言い分がわからないわけじゃないから翌日学校でちゃんとにフォローしておいた。
それにしても未だにいじめなんてやってるなんて、どんないじめをしてるんだろうか。この間の話ではやっぱり不登校になった人がでたみたいだし、やってることは中学の頃とあんま変わらないのかもしれない。それが少し知恵を付けて、姑息なやり方に変わっただけなのかもしれない。
同時に私は忘れていた彼のことを思い出してしまった。いつも教室の片隅で本を読んでいた彼。後から結衣に聞いた話だと親の都合での転校だったっていうけど定かではない。その後の彼の消息を知っている人もいなかった。彼は今どうしているだろうか、どこかの学校でまた本を読んでそこそこの成績を収めながらうまくやれているのだろうか。曲がりなりにも少しは彼と話していた分私は余計に気になってしまった。私の前から突如として消えた彼。彼がいない私の人生は大きく変わる訳ではないけれど、それでも私の部活動での人との関わり方に少し影響を与えたようにも思えた。
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