彼と突然
結衣とスタバに行ってから何週間くらいが経ったんだろうか。その日、私は朝早く登校した。朝練まで時間はあったし別に特段なにか用事があった訳ではないけれど結衣と話をした日から何か彼との関わり方を模索してぎこちなくなってしまっていた。そのことで考えれば考えるほど私の頭の中はシェイクされていってぐちゃぐちゃでベトベトになっていった。これが私の不眠の原因になってしまい。夜は遅くまで考えて、朝は早くから漠然と何かを考えこむ日が続いていた。朝早い学校の教室は昨日の放課後と変わらなくて、整然としていてどこか空虚感があった。放課後はあまり感じないのになんでこんなにもこの教室は空っぽなんだろう。窓からさす朝日のせいなんだろうか、わからないがいつもと同じ風景にいつもと違う感情を抱いた。
教室に入って彼の机まで歩いていく。そして朝日のあたる彼の机にそっとふれる。ざらつくというよりかは凹凸が多い彼の机。こんな机でいつも何かを書いているのだろうか。それとも本を読むだけなんだろうか。
「イタッ」
なでるように机をふれていると、ふと人差し指に鋭い痛みが走った。痛みの先をみてみるとい。彫刻刀で新しく文字が削られていた。またひどい中傷が書かれている。ささくれが刺さって少しだけでた血が文字を紅く染めて、悪目立ちしてしまった。
「どうしよう……」
彼に新しく字が掘られているのを気付かれるのはなんかイヤだし、かといって何かで隠そうにも私にはその手だてがない。ロッカーまでいけば彫刻刀ならあるけれど、それを万が一誰かにみられでもしたら私がイジメているみたいに勘違いされてしまうんじゃないか。私は歯を食いしばりながら腕をしめつけて痛みをこらえて考えていると後ろから声が聞こえた。
「なにしてんの」
「?!」
最悪だ、何もしてないのに私が朝早くにきて何か傷を付けているみたいな構図担ってしまった。ああ、本当に最悪だ
「愛佳じゃん、おはよう」
「あ、おはよう……」
教室の入り口で私のほうをみているのは間違いなくこの机の持ち主。つまるところ彼だった。
「どうしたの、腕なんか握りしめて、脈でも取ってるの?それじゃうまくとれないよ」
「冗談言ってるなら少し助けてよ。ささくれが刺さっちゃって……」
「どれ、みせて」
入り口から静かに歩いてきた彼は私の腕を捕まえるや否や手をほどいて
「これは痛いね、ちょっとまっていま鞄からピンセットとるから」
彼の手はとてもやわらかかった。何かを赤ちゃんの手のようでフニフニしていた。彼は鞄からピンセットを出して軽くライターで先をあぶって私の指にその先をさした。
「ライター、いつも持ってるの?」
「いつなにがあるかわからないからね」
いつなにがあるかっていってもライターをつかう機会なんんてそう恵まれないし、何かでも焼くのだろうかそれともなにかの脅しに使うのだろうか。まさかたばこをすっているなんてことは彼にとっってあるまい。
「痛い……」
「いいから、もうちょっと、とれないと一日中痛いよ」
血が出ている私の指に刺されたピンセットが傷口をえぐるように動く、ある時先がとまってそこからささくれがでてきた。そんな出来事が朝からあって、彼も朝早く出てきてるのかとふと思ってしまった。どんな気持ちで出てきているんだろう。学校に来て何をしているんだろうか、やっぱり読書をしているんだろうか。いつまでに読みたい本があって、それに向けて朝早く投稿してきたんだろうか。
「今日は何で朝早いの?」
「愛佳が話題振ってくれるじゃん、だから新聞でも読もうかと思って」
本当は彼はあまり新聞を読まなかったんだ、コンビニの袋を片手に私のささくれをとってくれる彼はとても優しくて、でもなんだか私はすごく悲しい気持ちになった。その日も同じように彼はずっと本を読んでいた。朝から放課後まで、ずっと、ずーっと、本に夢中だった。部活から帰るとさすがに彼はもう帰っていて、机もさっぱりしていて、カバンもなくて、私は少しその状況に違和感を感じた。
その次の日から、彼は消えた
私の世界から
消えたのだった。
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