彼と時間

小学校のころからイジメがなかったわけではないし、あまり経験したことのない人からしてみればいたずらのうちなのではないかとも思うけど受けている本人からしてみればとてつもないストレスだという。小学生のころにはそんな深いことを考えていなかったし、それは中学になっても同様だった。それくらい私には関係のない世界の話だったのだけれど、中でも一際、それは誰もがイジメだと認識できるような状況が私たちの中学では存在していた。

 彼はいつも窓側で本を読んでいた。芥川だか、太宰だかの小説で国語の授業で多少習った程度なので何が書いてあるかわからないが、周りがアニメの話や、その原作のライトノベルの話で盛り上がる中では異色の存在で誰かと小説の話はおろか会話をしているところさえみたことがなかった。彼は決して体が大きいほうではないから目立つこともないし授業中でも本を読んでいて、教科書を出す素振りすら見せなかった。先生がどのように思っていたのかはわからないが先生も特段注意する訳ではないし、その上成績は中の上なのだから授業を聞かなくてもテストさえできればいいと、本人も周りもそう思っていたのかもしれない。学業に関して言えば特徴といえばそれくらいだが、彼には誰もが知っている変わっている状況があった。


それは机が傷だらけだった。


いつか放課後に皆が部活に行った後でこっそりとみたことがあるが、あれは誹謗中傷の類だったように思う。当時の私は知らない言葉がならんでいて今でははっきりわかる。暴言の羅列だった。誰がこのようなことをするのかわからないが、中学生の集団生活というのは常に誰か弱いものを作ることで自分が底辺でないことを証明して安心して安定を得ている。彼の前もいじめられた人がいたけれど、そのときいじめられていた子は不登校になってしまった。なんでもうつにかかってしまって心配して彼の家に行った子に聞いたら、今でも部屋に一日中引きこもっているという話だった。それでも不登校になってもなおクラスメイトの誰かが宿題を届けていたりしたようだ、その子によれば部屋はぐちゃぐちゃになっていて部屋の片隅にぽつりとあるPCと携帯型ゲーム機が光って見えたという。チャットや掲示板に入り浸り学校での自分を忘れようとしているかのようだったともいう。今の彼もまた同様にして変わることのない存在感のように思えてしようがなかった。

 ある雨の日、女友達と話をしていて彼の話題があがった。私たちのクラスではいじめられた家庭のことを生活保護と揶揄していた。誰かに面倒をみてもらわなければ生きていけない生徒。社会は私たち、私たちは社会の縮図。誰かの助けだったり保護をする必要とする人がどの集団においても一定数存在していて、それを見下すことで私達は安心を得ていたようにも思える。そんなこと正しいことじゃないってわかっているのに。

生活保護の対象になった彼に私達は何ができるのだうか。

「保護されるだけ保護されて、学校にでてこないってそれ国民の義務を放棄していない?」

そういいだしたのはクラスでも一、二を争うリーダー格の詩織だ。見かけによらず頭脳明晰なタイプでありクラスの中心人物だった。弱い者に対してはとことん厳しいのも有名であり、彼に対しては厳しい意見の持ち主でもあった。道徳の授業中に担任の先生から生活保護の話が合って注意されたときも、彼女はいっこうに歩みよる様子はなかったし、むしろ不登校の彼らに対して批判的な言葉をあげていた。

「不登校の生徒のことを生活保護と呼ぶのはやめなさい。自分たちのクラスメイトであって本当なら、助け合っていかなきゃいけないんだぞ」

「でも、誰かの助けが必要なことには変わりないじゃないですか先生。税金で暮らしてる人のことを生活保護っていうんでしょう。私たちの税金で助けられているんだから生活保護って呼ばないでなんて言うんですか」

その当時の私にはどれが本質なのかまだ理解できなかったけど、彼女の発言がなにか多少ずれていることは少しながら理解がいった。国民の義務とは何なんだろうか、社会科の授業からの薄っぺらい知識だけで説明するのならどうやら日本に暮らす人には等しく市民権や参政権というのがあって自分たちの生活を豊かにするために行政に働きかける自由を保障した権利である。また、一方で生活保護者はできる限り自己の収入で自己の支出が収まるように働く義務が生じている。彼女からして彼は自分の状況をよくしようと動かないし、かといって自分の状況を維持する妥当性が証明できないでいると言うことなのだろう。矛盾まみれの人生でひとの予測のできない結果を実行する曖昧な彼が許せないのだろうか。道徳の授業のあと詩織たちは愚痴を漏らしていた。

「それで、結局さ、生活保護の連中は卒業の単位だけもっらってさよならってことなんでしょ。それを許してくれるなら私達だって学校にくる意味ってわからないんだけど」

言われてしまうと痛いところを彼女は言い続ける。確かに私達は出席しなければ卒業できないという前提条件の下に学生を行っているのだから決して単位がでるからとか、良い点数をとるからといったわけではない。すべてのことをこなすのに学校という環境は合理的ではないし、勉強を主体にしてしまうと私達の学園はもろく崩壊していく様な気がする。そこには勉強もそうだけれど人間関係や社会的な道徳観を得たりなど様々な狙いがあるはずだ、そうでなければ主体性を失ってしまった学園がどのようになってしまうのだろうか。集団は非常に複雑に関係しあっている。方程式を解くように簡単に求まるような浅い関係性では構成されていない。道徳観のまだ幼い私たちはいじめられる人はルーチンとしてループされ、交代していく。また、同時発生的にいじめる集団もいじめられる人もいる場合がほとんどだから実際のところ非常にたちが悪い。彼をいびる詩織グループだけではなく男子には男子のグループがあるのだった。スポーツが得意な人は大抵。と私は偏見でものを語りたくはないのだけれど、実際問題としてスポーツ系の部活に所属している人ほど、クラス内でのイジメはおおっぴらでみてて切ないところがある。彼をいじめていた一つのグループでショウを中心とした取り巻きのグループがある。そのほとんどがサッカー部で構成されていて、弱いものイジメをする事で有名だった。

「次はだれにするよ、あいつなんかムカつかね?」

「やっちゃおうぜ、どうせろくでもないだろ。授業だってまともにでてねぇし」

自分の所属している部活こそが花形だと思っていて、それ以外のクラスメイトは見下している。ある日、持ち込み禁止だったゲーム機を学校に持ってきていて盗まれる事件があった。

「おい誰だよ、俺のパクったやつ、今ならなんもしねぇから出て来いよ」

なんもしないっていうのは口だけで、ショウのことだから、そのあと何かするにきまってる。教室はざわついていた。ショウの取り巻きによると隣クラスの人がやったのを見たという子が表れて、ショウは誰だかわからない犯人を隣のクラスの男子のせいにして弁償させたことがあった。当然相手も抵抗したらしいのだけれど、相手が悪かった。取り巻きに囲まれて毎日のようにからかわれ最終的に弁償したということだった。実際にはその取り巻きたちが問題で彼らがとったという現場をみたという人が後で出てきたのだけれど、ショウにはばれないように隠し通したらしい。そんなショウたちにとっておとなしい彼は絶好の得物だった。ある日の放課後、部活を終えて、私は教室にカバンを取りに戻ると、何かガサガサという音が聞こえた、扉の陰からこっそり見ていると、彫刻刀で机に落書きをしていたのはショウで、放課後先生のいない時間をねらって取り巻きと一緒に堂々とやっていた。それでも先生にチクると自分の身がどうなるかわからないから大半の部活生は知っていたみたいだけれど、その話を学校ではしたがらなかったし、外でも何かふれてはいけない話題のように扱われている節があった。先生も実際には気づいていたのだけれど面倒事から目を背けていたに違いない。私の記憶ではこの年を挟んだ数年間に学生の自殺が問題になっていた。自殺者は年間500人を越えたところから徐々に歯車は狂ってきていたように思う。教師はイジメと自殺の因果関係を否定し、イジメがあった事実を頑なに否定しようとした。教育委員会も人事のことを考えると一度発覚すれば芋蔓式に浮かび上がる事をおそれての事か認めようとしなかった。だからイジメが横行していて、彼等もまた被害者の一人だったといえる。駅での飛び込み、自宅での首吊り。それだけにとどまる事はなく学校での飛び降りなど、その被害は関係のない人まで巻き込むようになっていった。

 学校の屋上に行くと給水塔の陰にひっそりと花が手向けられている場所がある。その先を見ると手すりがあり、そこに足跡が数組ある。私が知るだけでもここから飛び降りたのは10人だった。そのうち1組はカップルだった。私はその現場に立ち会ったことはないけれど昼間の犯行多かった。授業中に突然突然教室がざわついたり、救急車が突然来たり、なんでこんなところで最期を迎えようとするのだろうか。いじめられて、そこで血を流して死ぬなんて私だったらなんだか負けた気がしていやだ。紛いなりにも友人たちが学び屋とする校舎を汚すなどという行為も私には許せない。何かの主張なのだろうかもしれないけれど、私には理解ができない。給水塔の足の下には血痕もある。ここで一度死のうとしてそのまま痛みに耐えられずに飛び降りたのかもしれない。どうなったとしてもそれは衝動的な行動だろうし、そもそも自殺者に計画性などあるようには到底思えなかった。辞めておけばいいのに、そこまで追い詰めることはないのに。でも日本がそんな環境を作りだしていたのも事実だ。クラスメイトもこうなってしまうのかと思うと気分が悪くなってしまった。教室に戻ると午後の授業は机に突っ伏して受けて、少しでも吐き気が収まるように、今ある事実を忘れられるように努力した。

放課後、鞄に教科書を詰めていると彼の机がふと、目に入った。机は当然傷だらけで誰かが直そうとか、机を変えようとした形跡はない。思えば実際には机を掘るだけではなくて、休み時間の間に彼の読んでた本を水で濡らしたり、教科書の一部を裂いてしまうなど露骨なイジメが多かった。それもショウたちが面白半分で行っていて、先生にはばれないようにやっていた。なぜこんな事が起きるのだろうか。いじめられた本人には何の非もないのに、どうしてこんないじめなんていうのがあるんだろうか。

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