第4話 大事なもの

 わたしがまだ幼稚園に行ってた時、家族と、遠くから来てくれたおじいちゃん、おばあちゃんと動物園に行ったことがあった。ふれ合いコーナーで、ウサギをずっと触ってたわたしに、おばあちゃんがウサギのぬいぐるみを買ってくれた。とっても嬉しくて、ずっとずっと大事にしてきた。

 その時お姉ちゃんは何を買ってもらったのか忘れたけど、何か買ってもらっていたと思う。


 わたしのぬいぐるみを、お姉ちゃんは欲しがったりはしなかった。いつも一緒に遊んで、寝る時も起きてからも一緒にいたウサギのぬいぐるみ。名前も付けた。「モグモグ」って。白くてモフモフしてた。それ以上に、動物園で見たウサギは、ニンジンを食べて、ずっとモグモグしてたんだ。それが可愛かったから、モグモグって名付けた。でも、呼ぶ時は「モグー」って呼んだ。



 モグーが、家に来てから1年もしない時、おばあちゃんが急に死んでしまった。何か重い病気があったみたいだけど、分かった時にはもう、病院で、一緒に動物園に行った時のおばあちゃんとは別人みたいに、ガイコツみたいでちょっと怖かった。あのガイコツみたいなおばあちゃんを見たちょっと後に、おばあちゃんは本当に骨だけになってしまった。悲しかった。お姉ちゃんと二人でいっぱい泣いた。


 だから、それからモグーは、おばあちゃんの代わりみたいに、もっともっと大事にした。




 それなのに。それをお姉ちゃんも知っていたのに。あの日、お姉ちゃんはモグーを踏んでいた。それからずっと、踏んでいた。わたしにとってだけじゃない、お姉ちゃんにとっても大事な物だって、思ってたのに。



 お姉ちゃんが五年生で、わたしが三年生の時だった。


 あの日から、踏まれるようになったモグーは、ぺちゃんこになって、だからそれじゃダメだったみたいだ。踏んでる感覚が、足りなくなったんだ。


 どうしてもっと早く気付かなかったんだろう。モグーを踏まれるようになった時から気が付いてはいたはずなのに、それをずっと許してた。

 これは、お姉ちゃんの意地悪なんかじゃないって、思いたかった。何かの間違いだって思いたかった。



 じゃあ、一体何なの?意地悪じゃなかったら何なの?


 

***


 ねぇ、お姉ちゃん、どこ行くの?待って。待ってってば。ちょっと待ってよ!姉ちゃんの顔、何か寂しそうだよ。何で?何でそんな顔してるの?いつもニコニコしてて、みんなお姉ちゃんの顔を見ると“いやされる”んだよ。なのに、なんでそんな顔してるの?悲しいの?怒ってるの?ねぇ、ねぇ、お姉ちゃん!お姉ちゃん!


「・・り」


「・かり!」


「あ!か!り!ってば」



「お姉ちゃん!!あれ?」

「もーぅ、遅刻しちゃうよ。早く起きなよ。まったくぅ」

「お姉ちゃん………、いつも通りだ。良かったぁ」

「なーに寝ぼけてんのよ。スープ、冷めちゃうよ」

「やだやだぁ。もー、何でもっと早く起こしてくんないのー」

「起こしたよ。起きなかったあかりが悪いでしょ。ったく」


 そう言ってあきれてるのに優しい顔のお姉ちゃんは、やっぱりいつも通りのお姉ちゃんで、わたしのぷんすかした気持ちは消えていく。


 目覚めたわたしの横には、ぺちゃんこのモグー。モグーを見てからお姉ちゃんの方を見る。



 “良かった。いつものお姉ちゃんだ。やっぱりいつものお姉ちゃんが一番だ。”


 


 そんな風に思えた。


 

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