第3話 それから

 いつも帰りが遅いお父さんを抜きに、お母さんとお姉ちゃんとわたしの三人で夕飯を食べる。イスに座って足がブラブラしていたわたしも、四年生になって、ようやく足が床に着くようになった。右隣に座るお姉ちゃんは、身長が伸びるのが早くて、三年生の時には床に足が着いてたって言って自慢する。六年生になると、もうちょっとでお母さんに追いつきそうなくらいだった。


 もうすぐ卒業のお姉ちゃん。お母さんは、いまだにわたしが一人で学校に行けないんじゃないかって心配してる。お姉ちゃんが風邪で学校を休むような時は、車で学校近くまで送るくらい。帰りは一人で帰って来ることが多いし、大丈夫だって言っても、どうも信用されていない。  


「お姉ちゃん居なくても、大丈夫だよ!もう。心配しすぎ。ちゃんと遅れないで行くから。」

「もう四年生だしね。大丈夫だよ、お母さん。あかり、結構ちゃんと出来るよ」


 お姉ちゃんが味方してくれる。


「そーだ、そーだ。私だって、ちゃんと出来るよ」

「まぁね、いつまでもお姉ちゃんがいなくちゃ何にも出来ないじゃ、困るしねぇ。分かってはいるけど。本当に大丈夫?」

「大丈夫だってばっ。もう。」


 やっぱり全く信用されていない。ぷんすかしながら夕飯を口の中にかき込んでいると、足の甲に痛みが走った。


「いたっ」


 右足を踏まれたようで、思わず声が出た。わたしの右側に座るお姉ちゃんが、何も言わずにわたしの方を見た。

 一瞬痛みを忘れるほどの冷たい目。

 足はまだ踏まれたままなのに、抵抗も出来なくて、お母さんにチクることも出来なかった。頭の中が真っ白になって、だんだん力が入れられる足の痛みにただ黙ってることしか出来なかった。

 わたしはお姉ちゃんをじっと見て、お姉ちゃんが何を考えているのかを考えた。


 お姉ちゃんは、何もないようなふりで、お母さんと楽しげにしゃべり始めてる。


 全く分からない。お母さんに言ってみようか、いや、出来ない。なぜかは分からないけど、言っちゃダメなような気がして、とうとう言えなかった。


「何、ぼーっとしてるの。ほら、早く食べちゃいなさいよ。」


 わたしが、痛いって、声を出した時、どうして“どうしたの?”って、聞いてくれなかったんだ、とお母さんを少し恨んでみたりする。あの瞬間聞いてくれたら、“お姉ちゃんに足を踏まれた!”って、きっと言えたのに。でもきっと、わたしが悪いことしたんでしょって、言われそうな気もするし。言った所で何にもならないか、って思うことにした。



 もしかしたら、本当にお姉ちゃんを怒らせるようなことをしちゃったのかもしれない。でも、あの時のあの目、あの顔は、今までに見たこともないような怖いものだった。何だったんだろう。


 夕飯が終わると、ちょっと笑っただけで何でも許されちゃう優しい顔をしたお姉ちゃんに戻ってた。そして、お風呂に入るまでの時間、いつものように一緒にゲームをする。


 みんな、お姉ちゃんのニッコリが大好きだ。だからわたしも、足を踏まれたことは忘れることにして、何事もなかったことにしようと思った。



 

 この時はまだ、これがずっと続くなんて思ってなかったから。


 

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