南の島(2)

「お! 気が付いたぞ」

 ムラコフがうっすらと目を開けると、日に焼けた男達が真上から顔を覗き込んでいた。

 その奥に、木組みの高い天井が見える。

「大丈夫か?」

「お前、誰だ?」

「どっから来たんだ?」

 男達は、次々と質問を浴びせた。

 腰布をまとっているが上半身は裸で、褐色の肌に首飾りや腕輪をたくさん付けている。

「……」

 ここはどこだ?

 ムラコフは考えたが、月日や曜日はおろか時間の感覚さえも麻痺しているようで、どうにも思考が働かない。外が明るいので昼間であることはわかったが、今まで自分がどこで何をしていたのかという記憶が、頭の中からすっぽりと完全に抜け落ちていた。

 ムラコフが答えないのを見ると、男達はさらにまた違う質問をしてきた。

「名前は何だ?」

「腹減ってるか?」

「言葉わかるか?」

 状況が飲み込めずなおも黙っていると、ざわめく男達の間を分け入って、一人の男がムラコフの元へやって来た。

 おそらく、この中のリーダーだろう。肩掛けをしていて他の男達よりも身なりが立派だし、それに身に付けている装飾品の数も多い。

「これこれ、落ち着きなさい。皆の衆」

 群衆に向かってそう言うと、リーダーらしき男はムラコフに顔を向けた。

「ようこそ、我らの島へ。わしはこの島の酋長じゃ。島民一同、旅人の来訪を心より歓迎致しますぞ」

 酋長の言葉を聞いたムラコフは、軽く頭を下げて胸の前で十字を切った。

 人から歓待を受けたり礼を言われた時などに、彼ら聖職者達がよくする仕草である。

「何だ、今の?」

「まじないか?」

「どういう意味だ?」

 その場にいる男達がどよめく。

 それでムラコフは、ようやく自分が神父の見習いであることを思い出した。

「この人間を最初に見つけたのはお前だな? マヤ」

「はい、お父様」

 酋長が尋ねると、マヤと呼ばれた少女が返事をした。

 まっすぐ伸びた黒髪は腰まで届くほどの長さで、耳の上に付けた大きな赤いハイビスカスの花が、いかにも南国少女――という雰囲気を醸し出している。

「浜辺を散歩していたら、倒れていたのよ。それで顔を見たらこの島の人じゃなかったから、びっくりして人を呼びに行ったの」

「船やカヌーは?」

「何もなかったわ。かなり水を飲んでいるみたいだったし、たぶんどこかから流されてきたんじゃないかしら?」

「そうか」

 そこまで聞いて、ムラコフはようやく自分が置かれている状況を理解した。

 どうやら自分は、船から落ちた後この島へ流れ着いて、浜辺で倒れているところをこの少女に発見されたらしい。

「しかし顔立ちや格好からするに、どうやら東の大陸の人間のようだな。流されてきたにしても、いったいどうしてこんな場所まで――」

「新大陸へ向かう航海の途中でしたが、ひどい嵐に遭ってしまい、船から海へ投げ出されたのです」

 酋長の問いに対して、ムラコフは自分で答えた。

 声は問題なく出るものの、何だか喉がヒリヒリする。おそらく大量に塩水を飲んだせいだろう。

「おお! しゃべったぞ」

「かわいそうに……先週の嵐だな」

「しかし、この島に流れ着いてよかったな」

 ムラコフが話せることがわかると、次々と安堵の声が漏れた。

 普段見慣れない異国の人間に、みんな興味津々らしい。

「コホン」

 浮き立つ群衆に対して酋長が咳払いをすると、周囲は再び静かになった。

「それで、その船は?」

「わかりません……」

 ムラコフはうつむいた。

「まあいい。運良くこの島へ流れ着いて、命があったことが幸いだろう。それにもし転覆したのでなければ、その船もそのうちこの島へ辿り着くかもしれない。それまでは、ここでゆっくり過ごすといいさ」

「しかし――」

「なに、みな退屈しているから、旅人は大歓迎だよ。そうだな、とりあえずうちにでも……」

 そう言いながら、酋長はチラリとマヤの方を見た。

 注意していなければわからないほど一瞬だったので、見られたマヤ本人は気付いていない様子だったが、ムラコフはそのことに気が付いた。

「いや、それよりも東の小屋がいいだろう。日当たりもいいし、もし船が来たら、あそこが一番にわかるからな」

「ご高配、痛み入ります」

 ムラコフは、もう一度頭を下げて十字を切った。

 先程周囲から好奇の目で見られたばかりなのに、やはり無意識にやってしまう。長年の習慣だから仕方がない。

 酋長がいるのでみんな声にこそ出さないものの、男達はやはり珍しそうな目付きでムラコフのことを見ていた。

 確かに命があったことは幸いだが、こんな名も知れぬ小さな島に一人とは――。

 ムラコフは周囲に悟られないように、小さなため息をこぼした。

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