第1章 神父の見習い
神父の見習い(1)
「うーん……」
掲示板に貼り出された成績発表の結果を眼前にして、ムラコフは長いため息をついた。
1 / ジャン・ムラコフ 491点
ため息の理由は、成績が悪かったせいではない。
その証拠に、彼の名前の上に書かれた数字は1。由緒あるこのサン・クストー教会学校で、学内一位という好成績である。
「いったい何が、『うーん……』なんだよ!」
ムラコフが納得できずに掲示板の前で立ち止まっていると、彼の友人であるマラスに背中をどつかれた。
ちなみに、マラスの名前はこの表の中に載っていない。こうして名前が掲載されるのは上位十位以内だから、普通は載らないのが当然である。
「学内一位の成績で、いったい何が不満なんだよ? まったく、ため息つきたいのはこっちの方だぜ。それともアレか? 満点じゃなかったから、それで納得がいかないってことか?」
「いや、そうじゃない」
「じゃあ何なんだよ?」
マラスが腕を組んで尋ねると、ムラコフは二位の点数を指差した。
「ほら、これ。二位との間に、三十点以上も開きがあるだろ? だから、もうちょっと手を抜いてもよかったな――と」
「何だ、そりゃ? 何点取ったかは関係なく、自分が一位になりさえすれば、それでいいってことか?」
「ああ、そうだ。一位になりさえすればそれで評価は付くんだから、それ以上を目指したって時間の無駄だろ。幾何学あたり、次回は適当に流そうかな……」
「……お前ってヤツは、本当にイヤな人間だな。仮にも教会学校に籍を置く神父の見習いなんだから、もう少し謙虚になったらどうなんだ?」
「しかし、嘘で謙虚に振る舞っても仕方がないだろ」
あっさりそう言い切ると、ムラコフは成績発表の下に貼り出されている別の紙を指差した。
「それよりマラス、お前、院長室に呼び出されてるみたいだけど。行った方がいいんじゃないか?」
「え? うわっ!」
自分の名前が書かれた呼び出しの貼り紙を見たマラスは、顔色を変えて叫んだ。
「うぅー……。せっかくお前と付き合ってんのに、成績が悪かったら、やっぱり呼び出されるのか……」
「何だ、それ?」
「いや、優等生のお前と仲良くしておけば、俺にも秀才のイメージがつくかな――と。でも、やっぱりそんなことないみたいだな」
冴えない感じで「とほほ」と口にすると、マラスはクルリと背中を向けた。
「それじゃ、仕方ないから院長室に行ってくるな。また後で」
「ああ、頑張れよ」
マラスの後ろ姿を見送ったムラコフが教室に帰ろうとしていると、背後からこんな囁きが聞こえてきた。
(アイツだろ? ジャン・ムラコフって)
ムラコフ本人に聞こえないように小声で話してはいるようだが、それでも内容が聞こえてくる。
(さっきからずっとああやってあそこにいるけど、何なんだろうな)
(さあな。おおかた自分が一位だから、成績発表を見て優越感にでも浸っているんだろ)
特に振り返って相手の姿を確認することもなく、ムラコフは二人の会話を聞き続けた。
この手の噂をされるのは、ムラコフにとってはもう日常茶飯事のことなので、別に今さら何とも思わない。
(しかしムラコフっていう姓は、確か東の方の貴族だろう? どうして貴族の息子が、神父になんかなりたいんだろうな?)
(なんだ、お前知らないのか? 別にアイツは、なりたくて神父になろうとしてるわけじゃないさ。没落貴族の次男だから、厄介払いで教会学校に入れられたってだけで。結構有名な話だぞ、コレ)
まさか当の本人に聞こえているとも知らず、話の主はこんな風に続けた。
(ちなみに本人は、そんな決定をした父親のことを恨んでいるらしいぞ。あれだけ成績がいいのは、とにかく早いところ神父になって、実家を見返してやろうっていう魂胆なんだろうな。きっと)
(へえ、なるほど。確かにプライド高そうだもんな、アイツ)
「……」
特段意に介することもなく、ムラコフは彼らの前を堂々と横切った。
(シッ、本人だ)
ムラコフに気が付くと、彼らは急に声をひそめた。
その真ん前を、何事もなかったような顔で通り過ぎる。
(なあ、今の話聞こえてたんじゃないか?)
(そうだな。庶民は相手にしないっていう噂は、本当なんだな)
後ろから、またそんな囁きが聞こえてくる。
その後も彼らはムラコフの噂をしている様子だったが、別に特に気にもならなかった。内容なんて、聞かなくてもだいたい想像がつくからだ。
(それでも、あえて一つだけ訂正させてもらうなら――)
ムラコフは歩きながら考えた。
彼らの噂はほぼ完全に事実ではあったが、一つだけ誤っている箇所があった。
(次男じゃなくて、三男だ)
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