傾く国、戦場での冬

 ―PiPiPi…―


 アラーム音で目を覚ます。いつもと変わりない時間、いつもの時間。私は朝目を覚ますと、必ず神に祈りをささげる。

「今日も一日私が世界に入れますように。っと」

どこかの宗教を信仰しているわけでもなくて、なしてや神がいるなんてみじんも考えていないけれどこれが私の習慣。私が私で入れますように。私が世界に居れますように。朝日がさすにはまだ早い、そんな冬の朝。冬といっても私の住んでいるところは父の母国と比べるとそんなに寒くはならないけれど、それでも夏のあの蒸し暑い日常と比べるとかなり冷え込むので周りはダウンコートを羽織ったりする。まだ寒い、布団にくるまっていた私は少し肌寒さを感じながら、タオルケットを羽織ってリビングに向かう。リビングに行ってもどうせ誰もいない。私は一人暮らしだから。キッチンに行ってコーヒーを淹れる。湯気が立ち込めて一帯がコーヒーの匂いで満たされる。私が生きていると思う瞬間。今日も一日が始まってしまうのかと少し残念にも思う。コーヒーをマグカップに淹れ外に目をやると冷戦状態の続く冷え込んだ街が見える。私の街、昨年の夏から国家安全措置法が施行され、書物からインターネットの一語一句まで検閲されるようになり、私たちの生活は脅かされた。それに反発した学生たちがデモを繰り広げている。あの夏の日からずっと変わらない風景が毎日続いている。デモ隊とレジスタンスの攻防・学生との衝突。火炎瓶が投げられ大学は封鎖されて、今やレジスタンスの基地として使われている。街に目をやると数人の学生がまだ日も差していない街を徘徊している。火炎瓶をもって警察に向かっているのだろうか。それとも仲間たちと応戦しに向かうのだろうか、私はそんなことを考えながらコーヒーをすする。

 私の父は日本の生まれで、ショウワとかいう時期の生まれだと聞いている。戦後の日本は原子力爆弾の所為でひどく衰退していた。広島の人間は皮膚が爛れ、家もなく荒れ地をただただ彷徨い続ける日々が続いた。首都東京においても戦禍により街はボロボロになり経済というものは全くもって回らない状態だったという。後にアメリカの資本の影響で高度経済成長期へと突入するが父の子供の頃は食事にありつけるのがやっとでお金もなく、のどが渇けば雨水をすすり、ケガをすれば傷口を舐め、お腹が空いたらハジキを舐めて飢えをしのいだという。それと比べれば今の日本は裕福で、住み心地がいいだろうと、父が口癖のようにいつも語っていた。高度経済成長期は日本を裕福にした。少なくとも外見ではそう言える。人々は洋服を纏い、街へ仕事へ出かける。地下鉄が通りパンタグラフを付けたバスが街を行きかう。土の上を人々は歩き、敷き詰められたレールは後に路面電車へと変わっていった。日本人はとにかくよく働く、私の国とは大きな違いだ。私の国はといえば働くことは働くが賃金以上の働きはしない。金融街(Central)を中心として広がる街並みは各国のそれらと軒を連ねるようになったが一向に人々の心は貧しかった。対して日本人というものは時間さえ働いていた。それ故に高度経済成長をもたらしたのだろう。父はそんな中、20数年金融大手で働き、出張できた今の国で私の母に出会ったのだという。私を産んでから今の国に越してきて私は裕福な家庭に育ったのだろうと思う。しかし、経済は一変した。金融街は古くからアジアの拠点をなし、各国から金融大手が集まっていて、父もアジア系の銀行で部長という肩書で働いていた。そんな状況から奈落の底に落とされてしまった。今や金融街は閉鎖され拠点としていたビルは難民を流入させ、一種の町を形成している。とりわけアジア系の人間が暮らしているアルコロジーとなっており、基準以上の生活は保障されている。私の父や母もそのビルの一角に弟と住んでいる。

 私はというと、国家安全措置法に歯向かったレジスタンスのリーダーをし、繁華街のマンションの一角に住まい、日々戦闘員と連絡を取り合っている毎日だ。コーヒーを飲みながら勢力図を確認する。私は昨年秋にハイスクールが閉鎖されたのをきっかけに参戦した。最初は火炎瓶をなげ、次に銃を渡され国家に立ち向かった。数千ものレジスタンスの勢力が当初はあったものの私がリーダーになってからというもの統廃合が繰り返され今や十数の精鋭部隊が出来上がった。そのうちの一つを私は任されている。銃で撃つことこそなくなったもののリビングには無線機を置き、もう一つの部屋には発電機を置いている。電力は国から徹底的に管理され、万一無線機のような大きな電力を消費しようものなら片っ端からかっとされていく。それを隠すためにレジスタンスの司令塔には発電機が与えられるもののベランダなどない国だから、2つある個室の一部屋は完全に機械室と化した。発電機のほかにも銃火器を整備するために使うエアツールのコンプレッサーや、備蓄弾薬を格納するロッカーなどを置いていて、おおよそ女の子の部屋とは乖離している状態にある。それでも少しは女の子らしくしたくて、もう一方の部屋は寝室にしてショッキングピンクのカーテンに花柄のベッドを置いている。そこに唯一女の子らしからぬモノとして置いているのはパソコン。リンゴマークのカワイイパソコンではなくて軍事用のごついノートパソコンが置かれている。インターネットは検閲の対象になるためむやみな情報発信はできないので屋上にアンテナを立てて、衛星通信を行えるように協力員に設置をしてもらった。私の周りの勢力の中では唯一世界と通信している端末。世界と糸一本でもつながることのできない、見えない何かによって接続されているインターネット。日々情勢をドイツに居る友軍に打診し、時折プライベートな通信をしても検閲されない程度にはセキュアな通信を確保している。

 コーヒーを飲みながら寝室に生きパソコンを開き、そのまま無線機の前に持ってきて世界の情勢をチェックしながら部隊に指示を与える。それが私の仕事だった。コーヒーをパソコンの隣に置いて一息つく。今日も日本は平和みたい。毎日のようにTwitterで世界の情勢をチェックしているが日本ほど安定した国もないのではないだろうか。今、世界は激動の時を迎えている。私たちの国では国家安全措置法なんて名前がついているものの各国でも同様の法律が施行されていて、諸外国では情報統制がなされている。例えば友軍のいるドイツにおいては企業はすべて軍事に従事していて、すべての国民はICチップを埋め込まれ、日々の活動記録がとられている。工場で働く者、食事をデリバリーする者、散歩をする行動に至るまですべてが国のサーバーに記録され、レジスタンスを作ろうなんて考えたら即刻国によって討伐されることになるだろう。施行当初にICチップの埋め込みを拒否した人間を除いて、変な思想も起こせないのだ。ほとんどの市民がそれを幸せだと感じているけれど。ドイツはそうして平和の均衡を保っていた。当然私たちと交信しあっているのはICチップの埋め込みを拒否した一派で今は政権内に一人議員を潜り込ませて様子をうかがっている最中だという。私たちの国は全く反対の状態で、完全なるディストピアと化してしまった。

 朝日がさす頃になると街は戦場と化す。私のところにもしきりに無線が入ってくるようになる。戦場というのは慣れが怖い。最初に銃を持った時もそうだ。いくら相手が防弾チョッキを着ているからと言って最初は人を撃つのをためらったものだ。しかしながら時間が過ぎていくにつれて、銃の扱いにも慣れて、人を撃つのが普通になる。ヘッドショットをすることもたまにある。人間関係も慣れが必要だけれど、これ以上の怖い慣れはない。私はTwitterをしながら戦場に指示を送る。どうやら日本では震災があったらしい。3.11なんて名前が付けられているらしい。日本の東側に津波が押し寄せて何千、何万という人が犠牲になったとツイートが出ていたし、動画もアップロードされていた。日本のテレビ番組の映像で車が流され、田畑は沈み、川も水があふれている。あぁ、こんな風に自然が人間を殺してくれたらどんなにいいだろうと、私は少なからず思っていた。人が人を殺す社会か、自然が人を殺す社会か、どちらがいいかなんて相場は決まっている。人間の意図したところで人間が殺される方が一層たちが悪い。弱肉強食なんて言葉があるけれどそれは人間がほかの動物を食らうときに成り立つ話しで、人間が人間を狩るための言葉じゃない。そんな風に思えた。昼にかけて戦場はより過激になっていった。南エリアはほとんど火の海で、学生たちのデモが騒いでいる。それがうまいカモフラージュをしてくれていて私たちは動きやすい。スナイパーに連絡を入れて、狙撃の準備をさせる。私の今日の仕事はこれだけ。あとは結果報告を待つ。暇な時間はTwitterかネットを楽しむ毎日だ。そんな日常を送っているときに私はUVチャットに出会うことになる。世界情勢に関する知識を少しでもつけておければと思ったし、私くらいの年の学生がどんなことをして、どんなことを考えているか知りたかったからだ。名前はトーカ。そう両親にもらった大切な名前。透明な花をイメージしてつけてもらった大切な名前だけれど、実際には花とは無縁の環境で育ってきたし、今でも花とは関わりあうことなんてないだろう。部屋の中をコンプレッサーと、発電機の轟音が響く。そろそろ発電機も変え時かもしれない。最新の二気筒のエンジンで、静かなものをチョイスして入れてもらった設備だがオイル交換なんてできる環境にないから半年か一年くらいで交換になることがほとんどだ。エンジンの音が日に日に増していき、いずれ動かなくなる。3000Wもとれる発電機なんてそうそう軽くないし、仲間に助けてもらって海外から輸入する。日本のYAMAHAのエンジンが割とよく出来ている。これはなかなかどうして故障が起きにくい。その他の国の電源じゃすぐ壊れる。日本製だから100Vで少し電圧が低いのだけれどそれもチューンナップしてもらって納品してもらっている。インバーターの交換や電源ソケットの変換などが主な作業だ。とはいえ静かで周りにはばれないし、これはこれで重宝するので次も日本製にしよう。コンプレッサーの方はまだ大丈夫みたい。少しすると仲間の戦闘員が私の部屋にやってきて、指示を仰ぐ。今日は南地区が手が厚いから中央地区を中心に攻めていくことにする。私の国はこうしてどんどんぐちゃぐちゃになっていく。

 UVチャットは平和だった。純粋無垢な中高生の集まりでいつも談笑している。あぁなんて平和なんだろう。平和ボケという言葉があるとするならばこれがまさにそうだろう。

 UVチャットで彼女たちとつながったのはそうそんなとある日の午後、戦場が落ち着いてきた日だった気がする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る