過行く時、傾く世界
蝉が鳴く、煩いと思う。夏の風物詩。道には蝉の亡骸が至る所に転がっている。命は叫ぶ。叫んだ命は昇華され消えてゆく…
机と私の陰、私はポツリとそんな中に佇んでいる。空気の中に混じった塵が太陽の日差しに反射して光って見える。少し煙たくってぽこりっぽい匂い。嫌いじゃなかった。吹奏楽部の朝練の音、野球部の早朝ランニングの掛け声。これらがなければ夕方とみてもおかしくない。そんな中に私は立っている。φはまだ寝てるかな。ちょっとだけいたずらのつもりで電話をかけてみる。
「はい」
3回くらいコールした後にφの声が聞こえた。
「こんな朝早くにどうしたの」
「いや、起きてるかなってさ」
「そりゃ今日も学校だからもう起きてるよ」
「早いんだね、φ。」
「君もやっぱりその名前で呼ぶんだね」
「嫌だった?」
「ううん、その逆。ちょっと安心した」
「どうして」
「君も僕に名前を与えてくれた」
「そんな大層なものじゃなくって」
「大丈夫、自分でもわかってるさ」
φとは5分ぐらい話していただろうか。今日も学校に来る気らしいが、結局保健室登校なんだから何時に来たっていいんじゃないかと思うけれど、でも、昨日があれば今日も来る。安心した。
8時を過ぎると学校は賑やかになってくる。早朝のそれが嘘みたいで、廊下も賑やかになっており、扉に黒板消しをつけてる子だったり、チョークで日直を書き換える子だったり、ご苦労様と思いながら、私は席に着く、机には引き出しはなくって、スマートフォンを隠しておける。廊下にロッカーがあるけれど、私のロッカーは教科書だけだけど何冊も同じ教科書が並んでいる。ほかの子のロッカーには漫画が置いてあって、ゴミ箱になっているロッカーもある。当然教室内にもゴミ箱はあるんだけど、ペットボトルと缶は捨てちゃいけなくて、定期的にゴミ当番が回収して、一階の食堂に捨てに行く。私も友達がいないわけではない。非常に薄っぺらい関係を保っていいて、接点は極力作らないようにしている。その方が居なくなった時に気にならないし、万が一私が居なくなったときにほかの人に気にして欲しくない。そんな気持ちからだった。ホームルームを終えると授業が始まる。私はスマートフォンを左手に持って右手で板書した。話している相手はφだった。φとは多分学校で一番、ではなくて唯一の友人だった。距離の近いところで話をし、私の世界に介入できる唯一の存在だった。
「ねぇ、今どこにいるの?」
「知ってるくせに聞いてるでしょ」
「うん」
「何があったの」
「一限が自習になって暇だったから」
「うそでしょ。君のことだから板書しながらいじってるんでしょ」
「ばれた?」
「ばればれだよ、ちゃんとに勉強しないと」
他愛もない話をするのが朝の日課だった。三限を終えると必ずと言っていいほど保健室に行って昼食をとる。
「ねぇ、何で昼に食べないの?」
「だってお昼になったらみんなで食べなきゃいけないじゃん」
「保健室に来ればいいじゃん」
「読んでいる本もたまってるし」
私は運動よりも読書が人一倍好きで、今読んでいる本は伊藤計劃のハーモニーだった。いわゆる百合の世界で、トァンはミァハに魅了されて、ミァハというカリスマに死という形で忠誠心を誓う。生き残るのはトァンで、ミァハの影を追う。そんな作品だった。半分まで読んだところで私は本を閉じ、保健室の先生と話したり、φと話したりしていた。本は頭をチューニングしてくれる。ほかにも好きな作家がいて、辻村深月も好きだ。死が嫌いな私に安全な視点で死をくれる。少し儚い感じが私には丁度良かった。
「ねぇ、何の本を読んでるの?」
「太宰治」
「人間失格」
「吾輩は…」
「それは違う」
「知ってるよ」
「何でわざと?」
「君、絶対太宰なんて読まないタイプだから」
こんな私でも一応太宰治くらいは読むよ、と思いながら、もう一度本を広げる。今は文庫版が出ていて小さい冊子になったけど、私が好んで読むのは縦長の分厚いやつ。紙の質が良くて手の滑り具合がちょうどよい。
放課後、やっぱり私は一人で教室に佇んでいた。本を読むために居残り。夕日に照らされた教室は朝のそれと似ていて、机の影、私の影で床に影を描いていた。唯一朝と違うのは私は座って本を読んでいるところ。机と同化して、私は机に支配される。ハーモニーの残り半分を読んで、次はどの小説にするか悩む。帰りに丸善に寄って行って、なんか本を探そうかな。
本屋につくとやっぱり臭う。教室の埃っぽい空気とは違って、本の接着剤と紙の匂い。私はこれがとても落ち着く。ハヤカワ文庫当たりを探してみる。SF小説が軒を連ねていて、私が好きなところと微妙にずれているけれど、小学館とかは私とはお門違いで、日本の作品だったら角川か、ハヤカワもしくは講談社当たりが私の範疇だった。とりわけハヤカワが好きなのは伊藤計劃が好きで、ハーモニーは特別な存在だった。シライシユウコの装丁できれいな女の子が描かれている。手に持つ自分の本は内も外も美しかった。本やを少し回っていると技術書が近くを通り過ぎる。
「大学受験か…」
私はどこに行くかまだ決めていない。もう高校二年になるのにどこに行くかも考えていない。文芸部にも久しく顔を出していない。明日は行こうかな。そんなことを思いながら自宅に帰る。やっぱり夕飯は冷蔵庫で、今日の夕飯はオムライス。ケチャップでなんか文字を書いてあったのだろうけど、上からラップがしてあるせいで、なにが書いてあったかわからない。何かくさい言葉でもどうせ書いてあったんだろう。私はスプーンですくい取り、一口含む…
「あ。胸肉…」
ぱさぱさで嫌いなのに。スーパーで特売だから買ってあったのだろう。もも肉がよかったなぁ。
自室に戻るといつもと変わらない日常に戻る。エアコンの電源を入れて、椅子に座る。宿題出てたんだった。とおもむろにカバンの中から、英語の教科書と、ノートを取って英語のノートを譜面になぞらえて音符を書いていく、五線譜には一本足らないけどCから始まるから下の音なんて気にしない。昔友達だった子がよくフルートを吹いてくれた。その時のメロディを英語のノートに書く。あれはなんて曲だったかなと思いながら書いたノートの一行目からなぞるように音符を口で奏でる。一音一音が大切に、やさしく奏でられながら、空間をさまよう。家の中の壁から音が反射して、壁が歌っているように聞こえてくるから音楽って面白い。Lat式ミクを眺めながら、考え耽る。
私はこんな日常を毎日過ごしている。どこかの国でデモが起きていて、でも私たちだけは少し離れたとこから冷たくみている。ニュースを見ると連日のようにどこかでデモが起きていて、誰かがきっと死んでいるのだろう。私には関係ない。そのころはまだそう思っていたし、ずっと関わることはないと思っていた。
一か月もたつと高くにあった空が少しずつ自分に近づいてきて、私を圧迫した。ある日、久々に行った文芸部で、先生が言っていたことを思い出す。先生曰く、世界なんて不安定の塊のようなもので、不安定でできている。それなのに必然は必然で、不安定もまた必然。世の中はそのようにできていて、デモが起きるのもまた必然、誰かが死ぬのも必然なのだという。でも勘違いしないで欲しいのは自分たちは関係ないと思っていることだと言っていた。確かに私たちの明日はどうなっているかわからない。3月の震災が実際に急に発生して、私たちは不安定を余儀なくされた。電気が何日も続いて、電気がついたときにはTVを見ていたけれど、連日のように余震が起きて、私は部屋の角で震えてることしかできなかった。これもまた必然なのだろうか。落ち着いたところで震災の爪痕は私たちの信じられない光景だった。津波で流される車や家々、日々カウントされていく行方不明者の人数。何もかもが生活を狂わせた。私たちの住んでいるところには影響はあんまりなかったけど原発事故の影響で輪番停電を余儀なくされた。スマートフォンの充電も停電前に済ませておいたけれど停電しているときには当然のように圏外になるので、音楽を聴くことしかできない物体と化した。通信ができないから誰ともつながれない。誰ともつながることをよしとしなかった私だったがこれはさすがに怖かった。誰からも孤立した状態。今何が起きても誰にも何の連絡もできない。安心したのは余震が収まってからだった。
先生は世の中は必然のみでできているといってた。私の今もまた必然なのだろうか。少し不安になった。いつまでも子供な私に、何かできることなんかあるのだろうか。圏外では誰も励ますこともできない。
2011年を区切りに日本人の人との関わり合いは少し変わってきた気がする。個の存在が強まり、個性的な人ほど是とされる世の中になってきた。今まで希薄ながらも人と一緒でいることが是とされていた時代とは180度変わってしまった。それに加え空間の同時性は関係がなくなってしまった。通信で誰かとつながり、誰かと会う。そんな世の中が当たり前になってしまった。TwitterやFacebook、mixiなどで人がつながるのが当たり前になってしまった。
春に地震がきて、秋になり一年生も学校に慣れ始めた。そして厳しい冬が来る。冬になると息が白くなり、それが凍ってしまうのではないだろうかと思うくらい寒い空気の中私は学校に短いスカートで震えながら通った。相変わらず朝早く来るのは変わらなくって、湿度の下がった教室の中はぱっさぱさで、凍り付いた空気とともに私の心まで凍りついてしまうのではないだろうか。相変わらず埃っぽいのは変わりなくて、黒板には日直だけ書いてある。あの夏の日から私は毎日のようにして部活に通った。先生とも人生について何回も討論し、時に激論と化した。人生について話すのは楽しかったし、私の人生を少しでも厚くしてくれるいいきっかけだった。φともずっと連絡を取っていたが特に特別な関係になるわけではない。いつも通りはなし、3限の終わりには保健室に行って昼には保健室で本を読む。教室で周囲を見渡すと付き合ったり、別れたりという面倒事があったようだが、φは相変わらず友達のままだった。強いて私に変わったことがあるとするならば、匿名掲示板"UVチャット"に入ったことと、文芸部で小説を一編書いたらそれが賞を取ってしまったことだろうか。
匿名掲示板UVチャットなんてどうみても怪しげだった。UVってなに?紫外線?とか思ったけどよくよく考えてみれば怪しい日本の掲示板なんて沢山あった。1999年くらいから始まったひろゆきを管理人とした掲示板が代表的だろうか。そのほかにもチャットサイトはいくつもあったが犯罪の温床となって陳腐化し、亡くなっていくチャットサイトがほとんどだった。モナーとかしぃとかカワイイ顔文字を発明し、今では絵文字なんて文化も生み出した掲示板。これはどうやら日本独自のフォーマットで海外では見られないという。日本人は縦書きに慣れているというけれどモナーたちが映るその掲示板は横書きで、国語の教科書とは対照的な書き方だった。いつかモナーに似た顔文字を使ったCDが出回ったことがあって、商標の問題になっていたのが懐かしい。そういえば小説の何か案が浮かべばと、アニメも見ていたけれど、その時期にやっていたのはAngel Beatsとかいうアニメだった。死んだ後の世界を描くアニメで、死ぬってどういうことなんだろう。私はなんでこうも死に固執してしまうんだろうと思った。死ぬことを誰よりも嫌がるのに死に立ち向かっている私。まるで矛盾している。でもそれも必然。そう思っていた。アニメの世界は矛盾だらけだ。その矛盾が人は面白いのだろう。ドラマは少し良く出来すぎている。アニメには決まった背景とかないから背景すらもひとつひとつ手書きでできている。不安定と安定。そのバランスがちょうどよく取れたのがアニメーションで、私も確かにそこに面白みを感じる。いくつかのアニメを見てきたけれど、アニメーションじゃないとできない作品もある。昔、デカルトの思想をアニメに取り入れた作品もあったがあれはアニメーションならではだなと感心した。
時間は早く過ぎていって、11月には二編目を書き始めた。ギブソンをオマージュした円城塔のオマージュを書いていた。いかにも安直だが、文才にはかなわない。Boys Surfaceのレフラー球の話は私を魅了させた。文章がまるで絵のように美しくて、どこから読んでも美しい。二編目はさすがに賞は取れないだろうと思ったら佳作をもらってしまってなんだかパクリが通ってしまったようで申し訳なく感じた。しかし賞を取ってしまった以上はそんな話はできないし、一度賞なんて取ってしまうと次の賞に期待されるのが常だ。先輩もそうして卒業していったし、私も多分そうなのだろう。大学はまだ決まらないままで、私はどこの大学になにをしに行くのか、幻影もまだ見えなくて、不安定なところを彷徨っていた。
トーカと出会ったのは時間が早く過ぎ去る高校三年生の春だった。受験を前にした私にとって、吹奏楽部の練習が毎日毎日うるさく感じはじめ野球部の掛け声もうっとうしく感じる夏のこと。インターハイなんて私には関係ないけれど、私も三編目に突入している。賞をねらってはいなくて、今回は持論を展開する哲学書にしてみようかと、考えながら部活に臨んでいた。幾分デモは広がっていて、中東では紛争状態だった。
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