第115話 戦いの前の休日


 それから一日かけて化け物を見張り……全く動きが無かったので帰宅して、翌日も見張ったがこれといった動きは無かった。


 一切の身動ぎをせず、呼吸しているのかも分からないような状態で……日が沈むまで見張り続けたがそれでも動きは無かった。


 全く動かないものの、その傷はしっかりと治っていて……そのペースはアリスが予測した通り一定で、予測の範囲を越えることはなく、これなら後一日は余裕がありそうだとなって……更に翌日。


 俺達は飛行艇を整備工場に預けての休日とし、体と心を休めて英気を養うことにした。


 アンドレアは婚約者とデート、ジーノは家族とレストラン。

 そして俺達もまた出かけようかと思ったのだが……出かけずとも屋敷はゆったり広々としていて落ち着く事ができ、ルチアの美味い飯が食えることもあって、屋敷で過ごした方が良いだろうとなり……出かけずに屋敷でだらだらとした一日を過ごすことになった。


 天気は快晴となったので、庭にガーデンチェアを並べて、ゆったりと腰掛け空を見上げて……何も言わず、風を感じながらだらだらと。


 俺とアリスとクレオがそうする中、ルチアが張り切ってフルーツジュースなんかを作ってくれて……それを飲みながらとにかくだらけ続ける。


 そうして時間が過ぎていって……昼食まで後少しとなった所で、アリスがぽつりと声をもらす。


「そう言えば化け物……うぅん、ワイバーン達って何を食べてるんだろうね?

 あ、人がどうとかは言わなくていいよ、家畜とかも。

 そういうことじゃなくて、人がいない地域で暮らしているワイバーンはどうしているのかって話」


 それに対し俺は空を眺めながら言葉を返す。


「大陸じゃなくて群島のワイバーンは魚を食ってるって聞いたことがあるな。

 クジラとかシャチとか大型のはもちろん、それこそバレットジャックとかも食うそうだ。

 ワイバーンが巣を作った島のある海域は、バレットジャックが全滅するなんて話も聞いたことがあるな」


「うぇ……。

 じゃぁあの化け物を放っておいたら、ここらへんの魚もそうなるってこと?

 そんなの……この島までやってこなかったとしても大変なことになっちゃう……。

 じゃあどうしたって私達はあのワイバーンを倒すしかないんだね」


「……まぁ、島に俺達っていう食料がいる限りは、わざわざ海に潜っての狩りなんて面倒な真似はしないんだろうけどな」


「言わなくって良いって言ったじゃん! もー!!

 ……でもまぁ、美味しいバレットジャックが食べられなくなるのは嫌だし、頑張らないとだね」


「……そうだな。

 奴を倒して島の平和を守ればまた来年もバレットジャックパーティにありつけるんだろうしなぁ。

 ……来年は今年よりも金に余裕があるんだろうし、保存食を色々買い込んで、1年中バレットジャック尽くしなんてこともできるかもしれないぞ」


「えー、流石にそこまではいらないよ。

 旬のバレットジャック料理だけで十分だよ」


 と、そんな会話を俺達がしていると、クレオが座っている椅子からガタッと大きな音が聞こえてきて……そちらに視線をやると、クレオがだらけさせていた体を起こし……いつもよりもいくらか、興奮しているというか、血気盛んになっているというか、そんな表情で……今にも獲物に飛びかからんような表情でごくりと喉を鳴らす。


「……そうですね、そうでしたね。

 保存食なら、缶詰や干物、塩漬けならバレットジャックが今の季節でも楽しめるんですね……!

 旬はもう終わってしまったからと諦めてましたけど、そ、その手が……その手があったか……!!」


 会ったばかりの頃に食べたバレットジャックのことが余程に気に入っていたのか、そんな声を上げるクレオ。


 すると俺達の側で……俺達の側に置かれているテーブルの上に、お茶やらジュースやらを用意してくれていたルチアが、首を傾げながら声をかけてくる。


「バレットジャックの缶詰なら、じゃがいもと一緒に炒めると美味しいので、いくらか買っておいてありますよ。

 それと普段からお出ししているスープには、バレットジャックの干物を少しだけ混ぜていますね。

 そうすると風味豊かな美味しいスープになるんですよ」


 ルチアのそんな言葉を受けてクレオは愕然とした表情となる。

 大好きらしいバレットジャック、また食べたいと熱望していたらしいバレットジャック。


 それがまさか屋敷の中に買い溜めてあったとは、普段の料理の中に紛れていたとは。

 灯台下暗し……スープの中にあったはずのその味に気付けなかったクレオは、愕然としたまま何も言えなくなり、口をぱくぱくと動かす。


 そこまでのショックを受けることなのか……と、そんなクレオの様子を呆れながら眺めていると……門の呼び鈴がならされたのか、屋敷の方からかすかなベルの音が響いてくる。


 それを受けて門の方へと視線をやると、そこにはグレアスの姿があり……グレアス一家の姿があり、更に整備工場の元同僚、行きつけの映画館の職員、行きつけのレストランの店員など、すっかりと見慣れた顔が並んでいる。


 そしてその手には酒瓶や食材、料理がもられた皿やら鍋やらの姿があり……それを見て俺達は大体のことを察する。


 俺達を元気づけるためか、勇気づけるためか。

 その為に食って飲んで騒ぐぞと、そういうことなのだろう。


 よく見てみれば名前も知らない見覚えの無い顔までがちらほらといて……ただ騒ぎたいだけの連中も合流しているようだ。


 今日は静かに過ごしたいと、そう言って突っぱねても良かったのかもしれないが、そこにグレアス一家が混じってるとなるとそれも難しい。


「仕方ないか」


 と、そう言って俺がため息を吐き出すと、アリスとクレオとルチアが同時に笑い声を漏らす。


 そんな笑い声に背を押されながら立ち上がり、門の方へと足を進めると……道の向こうからアンドレアと奥さんとジーノ一家と、ランドウまでがこちらにやってくる姿も見えて……そうして俺は面倒くさいことになることを覚悟しながら、門まで足を進めて、やんややんやとグレアス達の声が響く中、門を開け放つのだった。

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