第116話 壮行会で慰労会


 屋敷の庭を解放してのパーティは、盛大に……島中の人間が入れ代わり立ち代わり騒ぎに騒ぐ、いつになく賑やかなものとなった。


 名前を知っている奴、知らない奴、見たことある奴、ない奴。


 誰だろうが参加可能で、皆が好きなように騒いで良く、食うも飲むも好き放題の……俺達にとっては壮行会で、島の皆にとっては慰労会のようだ。


 俺達の本番はこれからだが、整備工場の皆やランドウやグレアス、漁師にシェフに映画館職員といった皆は今日までの毎日が本番で……戦時という特殊な状況でなんとか日常を支えようと、戦地で頑張っている軍人や俺達を支えようと頑張ってきた日々の疲れをここで癒そうとしているようだ。


 俺達があの化け物をやれば、一応の決着がつく。

 他の地域がどうなっているかは分からないが、少なくともここらは静かになることだろう。


 戦時は今日まで、明日には俺達が勝利して平時が始まる。


 平時になったらなったで大量の素材の売り買いやら何やらで忙しくなるのだろうが……いつ戦火がやってくるかと怯えながら、緊張しながら過ごす日々とは全くの別物、心地よい疲れとなるはずだ。


 ……と、そんなことを口々に言い合いながらグレアス達は酒の入ったグラスを傾ける。


 その様子を見ながら、元々負けるつもりは無かったが、改めて負けることが許されない戦いなんだと認識させられた俺達は……酒は飲まず、ジュースを飲んで、重く残らないだろうフルーツや野菜を中心に食べていく。


 肉ばっかり食って腹が重くて睡眠不足なんてことになったら事だ。


 軽いものを、腹の負担にならないものを……と、俺達がそうする中、若いからかアリスだけはバクバクと、何も気にせずに元気に肉の塊を食べている。


「……若いなぁ」


 なんてことを俺が呟くと、アンドレアとジーノが、


「……そっすね」

「……そうですね」


 なんてことを呟き返してくる。


 そんな中でクレオだけは「いや、自分も若い!」と言いたげにして、肉料理の並ぶテーブルに手を伸ばそうとする……が、過去にやらかしたことがあるのだろうか、ぐっと歯噛みしてこらえて、伸ばしかけた手を引っ込める。


「えっと、しっかり煮込んだビーフシチューなら、お腹に残らずすっと消化されるはずですよ」


 俺達のそんな様子を見かねてか、側で給餌をしてくれていたルチアがそう言ってきて……牛肉料理も用意されているとそこで初めて知った俺達は……そこで我慢の限界へと達し、ビーフシチューがあるらしい、レンガ積みの竈と鍋の並ぶ一体へと駆けていく。


 そこでとろっとろに煮込まれた牛肉がたっぷりと入ったシチューを受け取り、焼き立てのパンを受け取ったなら……そこらの椅子に腰掛けて、何の言葉も無く無心でそれらを貪る。

 ……このくらいは良いだろう、このくらいは明日に残らないだろう、こんなに美味いのだから仕方ないだろうと、そんなことを胸中で呟きながら。


「ファルコ氏は、牛肉が好きなんですか?」


 シチューを飲み干し、シチュー皿を残ったパンの欠片で綺麗に拭き取り……その欠片を口の中に放り込んだタイミングで背後から……椅子の背もたれに張り付いているだろう距離感から声をかけられて、俺は耳をピンと立てながら言葉を返す。


「……ランドウか。

 本土じゃどうか知らないが、島ばかりのここらじゃ牛は高級品だからな。

 食べたくても中々食べられない、最高の贅沢品なんだよ」


「そうなんですか、本土じゃ新鮮なお野菜やお魚、フルーツの方がよっぽどの贅沢品なんですけどね。

 まぁお肉も燻製や塩漬け肉ばかりで、こんなに柔らかくて臭くない、新鮮なお肉を食べられることなんて稀なんですけどね。

 だからまぁ私も辺境支社に来た訳ですし? 異動を自ら申し出た訳ですし? 気持ちは分かりますけどね。

 頭を働かせようとおもったらまず良いものを食べなきゃ始まりません。

 本土じゃまともな考えなんかまとまりません、本土の人達はまずはあの食環境からなんとかすることを考えた方が良いと思いますね。

 まぁでもアレですね、ファルコ氏がそんなに牛肉をお好きなら、あの化け物に勝った暁には本土から良い牛を仕入れてあげますよ。

 牛肉として仕入れると味が劣化しちゃうので生きた牛を、未解体の状態で仕入れてあげますよ。

 それでステーキでもシチューでもなんでも、好きな料理を食べたら良いですよ」


「お、おお、ありがとうな?」


 俺が座る椅子の背もたれに腕を置いてもたれかかってきながら、そんなことを言ってくるランドウ。


 正直あの化け物に勝ったからといってランドウにおごってもらう理由は無いというか、筋は無いのだが……それでも善意でそう言ってくれているのだろうから、素直に受け取る。


「……今回私達は出来る限りの数を揃えました。

 これ以上は無理だろうという程の魔導砲弾を用意しました。

 だけどそれだけです、飛行艇の改造も無反動砲の増産も出来ませんでした、時間が足りませんでした、改良した砲弾を作るのが精一杯でした。

 出来る限りの改良をして、安定度と威力を高めて……魔法使いさん達の力も借りて、あの化け物を殺せるだろうものを造りましたが……本当にそれだけなんです。

 時間があれば、人手があればもっと良いものを作れたはずなのに……。

 特に飛行艇に関しては迂闊でした、ファルコ氏の飛行艇を……いえ、あのエンジンをもっとよく観察しておくべきでした。

 ……アレは今回作った改良型魔導砲弾に良く似ています、限られた時間で限られた環境で限られた資材で作った急造品って所が本当に良く似ています。

 もっと時間があれば、もっと環境が整っていれば、もっと資材があれば完成度を高められたはずで……改良型魔導砲弾と同じような工夫がそこかしこに見られます。

 そう、まるでもう一人の私が作ったかのような、そんな気分になる……私にしか出来ないだろう工夫がいくつもいくつも……気味が悪いくらいにいくつも、いくつも、いくつも……」


 いつもは休み無く、矢継ぎ早に言葉を吐き出すランドウだったが、今回に限っては何か思うことがあるのか、休み休み、ゆっくりと言葉を告げてくる。


「……あれにもっと早く気付いていれば、その工夫の意図を察して完成度を高められたはずなんです。

 もっとエンジンの性能を高められたはずなんです。

 自分が同じような状況に追い詰められることで初めてその意図に気付くなんて……本当に自分の未熟さが嫌になってしまいます。

 ……結局、改善出来たのはほんの僅かでした。

 いくらか回転数を上げて、いくらか燃費を上げて……それで終わり。

 もっと時間があればもっと改善出来たのに、あの化け物を余裕で振り回せるような性能に出来たのに……無念で仕方有りません。

 ……だからファルコ氏、私があのエンジンを完璧に仕上げるためにも無事に帰ってきてくださいね」


 ランドウのものとは思えないような声と言葉でそう言われて……俺は静かに頷く。


 言っていることのほとんどは理解できなかったし、何を言いたいのかもよく分からなかったが、言われなくても元からそのつもりで、死ぬつもりもなくて……。


 そうしてもう一度頷いた俺は、椅子から立ち上がって後ろに振り返り、


「お前も一緒に食うか?」


 と、そう言いながら空のシチュー皿を軽く持ち上げて……頷いたランドウと共に竈の方へと足を進めるのだった。

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