第109話 真の化け物


 汽笛のすぐ後に残り全ての魔導砲弾が放たれて……変異種達のほとんどがそれで壊滅するか逃げ出すかして……俺達のチームは逃げた連中を追いかけての掃討を行うことにした。


 新たな変異種が生まれるかもしれないとのアリスの言葉を思えば手加減をすることは出来ず……一匹残さずに追討し、機関銃かクレオの無反動砲の餌食とした俺達は、着水し、水面に浮かぶ連中にロープをかけて牽引する形で水上を走り……本部のある島へと帰還した。


 島では回収船が活発に動いての素材の回収と、ライン達の機体や軍艦の整備がなんとも賑やかな、戦勝ムードで行われていて……俺達もそこに混ざり、素材の引き渡しや整備を進めていく。

 

 まずは燃料と弾薬の補充。

 次にエンジンの確認をし……機関銃、翼、尾翼、ブイの順番で確認を進め、おかしい所があれば手を入れて。


 ライン達は補充も整備もそこそこにワインの瓶を傾けていたりするが……俺にはどうにも整備員根性が根付いているのか、しっかりと整備を終えないことには休む事ができず……クレオもまた軍人根性からか整備を優先している。


 アンドレアとジーノは休むことよりも手に入れたばかりの愛機の手入れに夢中で、アリスもまたそんな俺達の空気にあてられて整備を手伝ってくれて……そんな訳で俺達が休むことが出来たのは日が沈んでからだった。


 暗い中、飛んで帰るのも危険だろうとなって、本部の連中が用意してくれた結構立派な仮説風呂に入り、テントに潜り込み……毛布に包まって夜を過ごし、そうして翌朝。


 ナターレ島に帰る為の準備を進めていると……海に出て何かをしていたらしいランドウの輸送船の汽笛が凄まじい勢いでもって鳴らされる。


 某かの注意を促すような短い汽笛ではなく、何か警告を発するかのような長く続く、凄まじいその音に、嫌な予感を覚えた俺達が音の方へと視線をやると……輸送船の更に向こう、遠くの空に黒く蠢く一つの影が見える。


「……変異種の群れか?」


 その影を見た瞬間、俺はそんなことを呟く。


 昨日見たような、空を埋め尽くす影ではなく……ある一点だけに存在する一つの影。


 その蠢く様からするに、10匹か20匹の変異種が一塊になって蠢いているようで……何故そんな窮屈な状態で、くっつきあった状態でこちらに向かってきているのだろうか? と、俺は思わす首を傾げてしまう。


 首を傾げながらしばしその影を眺めて……いやいや、ぼーっとしている暇なんか無いぞと、それなりの勢いで駆け出した俺達は、それぞれに飛行艇に駆け寄り、発進準備を整え始める。


 昨日のうちに整備はしっかりしておいた、銃弾燃料の補充も問題なし。


 故障箇所もなく、万全の状態で飛ぶことが出来るぞと……一つ一つ丁寧に、飛行艇の状態を確認しながらの発進準備だ。


 俺達がそうする中、昨晩深酒をしていたらしいライン達は、わざわざ砂浜までやってきた上で……飛行艇には近寄らず、だらけた表情をしながら俺達に任せておけば良いだろうと、そんな態度を示している。


 まぁ、クレオの無反動砲があれば俺達だけでも十分だろうと考えて、そんなライン達の態度を咎めることなく手を進めていると……ランドウの輸送船からと思われる汽笛が再度鳴らされる。


「分かった分かった、今上がるから待ってろよ」


 汽笛にそんな言葉を返した俺はアリスと共に飛行艇に乗り込み、通信機をセットし、飛行帽をかぶって……エンジンを回し始める。


 ……と、その時。


 後部座席で双眼鏡を覗いていたアリスから鋭い声が上がる。


「ラゴス!? あ、あの塊、一匹だよ!!」


 混乱しているのか何なのか、アリスがそんな訳が分からないことを言ってくる。

 

 たった一匹であれ程の大きさの影になる訳ないだろうと、そんなことを考えながら北の方へと視線をやった俺は……段々とこちらに近付いてくるその影のことをじぃっと見つめてから……大慌てで飛行艇を発進させての離水体勢に入る。


 その影を見たのは一瞬のことで、アリスのように双眼鏡ではなく裸眼で見ただけで、はっきりしたことは言えないが……どうやらあの影は本当に一匹の変異種であるようだ。


 昨日倒した変異種共とは全く違う……変異種を20匹程くっつけたらあの大きさになるんじゃないかという、真の化け物。


 それに対処するために大慌てで空に上がった俺は……そこでようやくそれのことを、はっきり視界に収めることに成功する。


 八本の首を縦横無尽に蠢かせ、六枚の大きな翼を交互に羽ばたかせているどでかい化け物。


 まさかアリスの予言が当たるとは。

 当たるにしてもまさか昨日の今日でやってくるとは……。


 移動距離と時間を考慮するに、生まれたのは何日か、何十日か前のはずで……北西諸島、あるいは南東諸島での戦いの時点で、変異種の変異種が……その化け物が生まれる条件を満たしてしまったようだ。


 ランドウの魔導砲弾はもう品切れ、島と軍艦の対空砲はまだいくらかの弾があるはずだが……と、そんな事を考えながら俺は、エンジンの回転速度を上げて高度を取り……それとの戦闘に備える。


 クレオもアンドレアもジーノも空にあがった。

 回収船達は大慌てで逃げている、ランドウの輸送船もそれに続いている。


 そして軍艦が機関を唸らせ戦闘準備を整えようと対空砲を構える中……かなりの遠距離の、まだまだ射程外にいるはずの化け物から火球が放たれる。


 狙いは俺達ではなく、海の上に散らばるいくつも島々で……八つの首から放たれた八つの火球が、八つの島へと着弾する。


 凄まじい轟音が上がり、黒煙が上がり……島々の木々に火が燃え広がり、そんなに広くはない島全体が一気に炎に包まれる。


 幸い本部のある島は無事だったが、いくらかの資材と人員がそれで吹き飛んだようで……悲鳴や怒号が島々から上がる中、本部の人々やライン達が大慌てで行動を開始する。


 ……今までの火球を変異種達の機関銃とするなら、今回の火球は変異種達の無反動砲と言った所か。


 全く厄介なことになってくれたものだと強く歯噛みした俺は……その化け物を正面に捉えた上で、操縦桿をぐっと握り……効くのかもわからない機関銃のトリガーに親指をかけるのだった。

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