第108話 予想外の善戦


 魔導砲弾が倒した変異種の数は大体3割か、多く見て4割というかなりの大戦果だった。


 そして……それだけの数を一瞬で失うことになった変異種達は、魔導砲弾への恐怖からなのか何なのか……すっかりと勢いを失ってしまっていた。


 一応こちらに向かってきているし、複数の首から火球を吐き出し続けてはいるのだが、先程までの火力もなく鋭さもなく……明らかなまでに戦意を失ってしまっている。


 突然、3、400もの仲間が一瞬で殺されてしまったのだ、そうなってしまうのも仕方のないことだが……圧倒的なまでに有利な数を誇っているというのに、いつまでもそうし続けているというのは、情けないというかなんというか……もはや哀れですらあった。


 その上、生き残った変異種の何割かは魔導砲弾によりその鱗や甲殻を破壊されるか、剥がされてしまっていて……そうして剥き出しとなった柔らかな肉に俺達の放った機関銃の銃弾が突き刺さっていく。


 更にそこに、魔導砲弾から逃げていたライン達が、魔導砲弾の発射が終わったのを見て戦場に戻ってきて……数が減りはしたものの、空を覆わんばかりの圧倒的な数となっている連中に向かって、怯むことなく乱れることなく飛んでいって……見事な空中戦を展開していく。


 全部で12機、3機ごとにチームを組んでの4チーム。


 連携も個々の練度も圧倒的で……俺達はそんなラインの邪魔にならないようにと、少し離れた場所……変異種の群れの左翼に向かって戦闘を開始する。


 俺達のチームとラインのチームの大きな違いは、無反動砲を搭載している機体がチームにいるかどうかになる。


 そしてその無反動砲をひとたび撃ったなら……魔導砲弾を撃たれたと勘違いしたらしい変異種達は大げさに飛び退き、混乱し、恐怖し、挙げ句の果てに逃げ出したりもしてくれて……左翼の変異種共が総崩れになる。


 怯むことなくその数でもって、こちらを押し包んでいたなら変異種共にも勝ちの目があったはずなのだが……そんな風に崩れてしまうようでは、もうどうにもならないだろう。


 ……まぁ、変異種共には、どうしてあの攻撃を繰り返してこないのか、どうしてランドウの無反動砲が沈黙しているのか……そこら辺の事情が理解出来ていないのだから、そうなってしまうのも仕方のないことなのかもしれない。


 弾切れや故障。

 そういった概念を理解していないというか、理解出来ないというか……。


 こちらがどんな生き物でどうやって空を飛んでいて、どんな兵器を積んでいるのか……そこら辺のことを魔物がゆえに理解出来ておらず……理解出来ていないからこそこちらの事情を考慮に入れた上での戦略を組むことが出来ないのだだろう。


 これが対人戦であったなら、無反動砲が沈黙したのを見て、今こそ攻め時だと士気を上げたはずだ。

 あるいは弾切れを狙っての行動をとったり、無反動砲の射程外で戦ったりも出来たはずだ。


 だがしかし変異種共にはそれが出来ない。

 こちらのことを理解出来ていないから、その頭が無いから……ただただ恐れることしか出来ない。


 圧倒的な数と、圧倒的な火砲と、北西諸島からここまで飛んでこられるスタミナというか、継戦能力を持っていながらそれを活かす事すらもできない。


 俺達の攻撃可能回数―――弾数には限界があり、飛行可能時間―――搭載できる燃料には限界があり……数を使ってそこら辺の弱点をつけばいいのになぁと、そんなことを考えながら俺は、操縦桿をぐっと握り、逃げずに留まった変異種共が吐き出した、なんともぬるい勢いで持って飛んでくる火球を回避し……そしてトリガーをぐっと押し込み、弾丸を連中に叩き込む。


 更にクレオが無反動砲での的確な射撃で敵の集団に大ダメージを与え、アンドレアとジーノがその護衛をしながら機関銃を唸らせ……アリスが狙いを定めながら無反動を発射して……。


「……もうちょっと苦戦すると思ったんだがなぁ」


 エンジン音や機関銃の発射音や、無反動砲弾の炸裂音や変異種の悲鳴が響き渡る中、俺がそんなことを呟くと……無反動砲を休ませるためか、一旦射撃を中断させたアリスが言葉を返してくる。


『んー、油断禁止!

 数の差は圧倒的なままだし、いつ何をきっかけに逆襲してくるかも分からないんだから、とにかく今のうちに出来る限り数を減らしていかないと!』


「あー……確かにそうだな。

 突然こいつらが我に返って本来の力を取り戻したなら、たったこれだけの数の俺達なんか簡単に押し潰されちまうだろうしな」


『そうそう! 油断せずにやれるだけやって、いざ危なくなったら逃げるって手があることも忘れないようにね。

 ラゴスも言ってたけど一回逃げてから仕切り直すって手もあるんだし……油断せずに無茶せずに、淡々と冷静に仕事をこなしていこうよ』


「そうだな……!」


 と、そんな会話をしながら俺は……敵から一定の距離を取り、深追いしないように気をつけて……無駄弾にならないよう冷静に、意識を集中してトリガーを押し込んでいく。


 弾切れとなったらいつ補給できるかも分からないんだ、弾も燃料も体力も節約して……じっくりと、丁寧に……。


 クレオとの訓練のおかげか、勘が冴え渡るというか、体毛が何かを感じ取ってくれるというか……見えない位置からの攻撃も感じ取ることが出来るような気がしているから、その勘も上手く利用しつつ、一匹一匹確実に連中を落としていく。


 俺がそんな飛び方をしていると、クレオ達にもそれが伝わったのだろう……俺達と同じ目標に向かって、集中攻撃をしてくれるようになっていって……左翼の敵がじわりじわりと数を減らしていく。


 そしてそんな俺達に対し、変異種ともはへっぴり腰の情けない火球を吐き出し続けてくる。


 もうちょっと前に出て攻撃するだとか、そのあごで噛み付いてくるだとか、数で覆い囲むとか、出来ることはあるはずなのだが……魔導砲弾への恐怖でそれが出来ず、海に散らばった同胞の死体が嫌でも視界に入るせいでそれが出来ず……変異種共との戦いの天秤は、俺達の方へぐんぐんと傾いていく。


『……ふと、思ったんだけど……』


 弾の節約の為か、全く無反動砲を撃たなくなったアリスがそんな言葉を漏らす。


『変異種って、ワイバーンの数を減らしたから、ワイバーンを私達が狩りまくったから生まれたんだよね?

 その変異種をさ、一度にこんなに狩りまくったら……何処かで変異種の変異種なんてのが生まれちゃうのかな?』


 おそらくアリスは変異種共の血で真っ赤に染まった海を見下ろしながらそう言っているのだろう。


 恐怖と悲観混じりのその言葉に、俺は変異種へと弾丸を叩き込みながら言葉を返す。


「変異っていっても、そんな一瞬で起こるもんじゃぁないだろ?

 新しく変異種の卵を産んでから、それを育てなきゃならん訳だし……。

 人間がワイバーン狩りを初めてから結構な年数が経っている訳で、それだけの年数が経ってのこれなんだから……次もまた同じだけの年数がいる……はずだと思うけどな」


 と、俺達がそんな会話をしながら戦闘をしていると、後方の輸送船が、合図の汽笛を鳴らしてくる。


 準備完了、魔導砲弾の再発射を開始する。


 恐らくはそんな意味合いが込められているだろう汽笛を受けて、俺達もライン達も……一斉に戦場から退避を始めるのだった。

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