第105話 増援


 飛行艇を反転させ改めて変異種共を視界に捉えてみると……無反動砲が余程に効いたらしく、連中は半壊状態となっていた。


 何匹か……10近くの変異種共が海へと落下していて、変わらず空を飛んでいる連中もなんとも痛々しい、肉がえぐれ血の滴る姿を晒している。


 変異種はワイバーンやドラゴンのような素早く鋭い飛行を得意とはしていないようだ。


 その変異は鋭い飛行では飛行艇に勝てないと知っての……空を舞い飛ぶ飛行艇を、速度ではなく火力でもって押し切る為のものだったのかもしれないが……無反動砲が完成した今となってはそれが逆に仇となってしまっている。


 いっそ連中が普通のワイバーンだったなら、無反動砲を回避するなり、その爆薬が一帯に巻き起こす爆風から逃げるなり出来たのだろうに、なんとも皮肉な話だ。


 無反動砲はほぼ全弾撃ち尽くしてしまっているはずで、無反動砲によるこれ以上の戦果は期待出来ないが、ならば機関銃で弱った奴らにトドメをさせば良いのだとばかりに、アンドレアとジーノが連携しながら連中の群れに弾丸を叩き込んでいる。


 それに対し変異種共は懸命に火球を放っての反撃を試みるが……弱ってしまっていて、密度が落ちてしまっていて、アンドレア達はかなりの余裕をもってそれらを回避出来ている。


 元々アンドレア達は魔物狩りのベテランだ。

 それが最新機に乗ったとなれば、あのくらいの芸当はなんでもないのだろう。


「これなら迎撃拠点は必要無いかもしれないな」


 そんな事を呟いた俺は……そのままアンドレア達に加勢して変異種ともに銃弾を叩き込んでいく。

 そこにクレオが加われば百人力、上下左右を囲っての……連中の周囲をぐるぐると舞い飛んでの一方的な射撃ショーが開幕となる。


 ボロボロになった鱗が弾け飛び、翼が砕け、肉が飛び散り……次々と海へと落下していく変異種達。


 変異と言っても一長一短……良いことばかりじゃないんだなと、散っていく連中の姿を眺めた俺は、機関銃を休めるために、一旦トリガーから指を外し……通信機の向こうのアリスに声をかける。


「……よし、もう少しで終わるぞ。

 これだけ変異種を狩れたなら、また良い稼ぎになってくれそうだな。

 早速回収船に来て貰って―――」


『―――あー、うん。

 どうやらまだまだ終わらないみたいだよ。

 北を見て北……方向的には6時の方向、敵の増援がやってきたみたいだよ』


 俺の言葉の途中でアリスがそう言ってきて、肩越しに6時の方向……背後を見ようとした俺はしっかりその増援とやらを確認すること出来ず、仕方無しに一旦戦闘から離れて、飛行艇を反転させ……その増援とやらを視界に収める。


「撤退!!

 撤退だ、撤退だ、撤退だーー!!

 アリス! クレオ達に光信号! 迎撃拠点まで撤退するぞ!!」


 視界に収めるなりそう言った俺はすぐさまに飛行艇を反転させ、迎撃拠点の方へと機首を向ける。


 敵の増援。

 変異種達の群れ。


 空の一画を……視界正面の左前から右前、11時から1時までの範囲を埋め尽くす程の圧倒的な物量。


 戦う以前の問題、接近されたなら即すり潰されてしまうだろう、その圧倒的な数を見て俺はとにかくひたすらにエンジンの回転速度を上げていく。


 そんな俺の姿を見たならクレオ達もアレに気付いてくれるだろうし、光信号に気付いてくれるはずだし……あの量に気付かない訳がないと、とにかく俺は自分達の安全を最優先に、まっすぐに迎撃拠点へと向かう。


 するとすぐに俺達の後方をいくつかのエンジン音達が追いかけてきてくれて……アリスからも『全員無事だよ』との報告が入る。


 そうして迎撃拠点へと真っ直ぐに逃げ帰った俺達は……一旦迎撃拠点の上空でひらりと円を描き、後方の確認を……連中が何処まで追いかけてきているかの確認を行う。


 空は綺麗に真っ青、先程見たあの光景は何処にも広がっておらず……どうやら完全に振り切れたようだ。

 迎撃拠点に誘導するはずなのに、振り切ってどうするのだと言われそうではあるが……そんなことよりも今は、アレ程の数がすぐ側までやってきているとの報告と情報共有を優先すべきだろう。


 そうして高度を下げていって着水をした俺達は軽く話し合い……クレオとアリスは無反動砲の装填と手入れ、アンドレアとジーノは機関銃の弾と給油をしてくれるということになり、俺が代表という形で全力で駆け飛んで本部へと向かう。


「やぁ、おかえり。

 何人か囮を助けられたみたいだね? いやぁお見事お見事、さすが勲章持ちは違うってこと―――」


 俺が本部へと駆け込むと、本部で待機していた飛行艇乗りのラインがそんなことを言ってくるが、俺はその言葉に耳を貸さず、遮る形で声を上げる。


「北に敵の大群が迫っている!

 数は……分からん、300か500か1000か2000か……とにかく空を埋め尽くす程の大群だ」


 するとラインはその口を閉じて真剣な表情をし……そうしてからじぃっと俺の目を見やり、ゆっくりと口を開く。


「……もう少し、詳しい状況説明をお願いしたいな」


 ラインのそんな一言を受けて俺は、一旦胸に溜まっていた息を全て吐き出し……大きく息を吸ってから、言葉を返す。


「ああ。

 囮連中がやりあってたのは30程の変異種だった。そこに俺たちが駆けつけて……30の変異種はクレオの無反動砲でほぼ壊滅した。

 で、素材の回収でもしようかと話し合ってる時に、北の空に連中の姿が見えた。

 かなり遠くで……遠いってのにそれが変異種の群れだと分かる程に大群で、とんでもない密度で蠢いていて……11時から1時までを連中の体色で覆い尽くしていた……!

 ……落ち着いて改めて考えてみても、あの数はやばい、少なくとも1000はいたんじゃないかと思う」


「嘘……って訳じゃぁないよね。

 そんなすぐにバレる嘘、つく意味がないか……。

 よし、分かったよ、すぐに知事と迎撃拠点各所に連絡して対応を検討する。

 ……まったく、こっちは30に満たない戦力だっていうのに勘弁して欲しいったらないよ」


 そう言って椅子を蹴倒して立ち上がり……通信機を手に取り、俺がもってきた情報を符号に変換して通信機の向こうへと送り始める。

 本部で働いていた職員や他の飛行艇乗り達もそれぞれに動き始めて……その光景を見やりながら俺は深呼吸をし、浮き立つ自分の心をどうにか落ち着かせる。


 落ち着かせてこれからどうするのか……どう連中と戦っていくかを、本部に貼ってあった海図を睨みながら考えていると……背後からいつかに聞いた声が響いてくる。


「ああ、どうもどうもファルコ氏、お久しぶりですね。

 どうですか? 私が作った新兵器は、愛用してくれていますか? 活躍してくれていますか?

 あれがあれば理論上、変異種だろうがドラゴンだろうが一発で吹っ飛ばせるはずなので、もう楽勝ですよね?

 楽勝じゃないと理論がおかしいってことになっちゃう訳ですし、何度も何度も試射と計算をしてはじき出した答えがおかしいってことになっちゃう訳ですから、間違ってないはずですよね。

 うんうん、あれこそ化学の兵器の完成形、魔導なんていういかがわしい技術とはものが違うんですよ。

 だというのにうちの上の馬鹿共は魔導を使って新兵器を作れだとかそんなセンスの無いことを言ってきちゃって、更に知事までが……知事までがですよ? それに賛同しちゃうんですから嫌になっちゃいますよ。

 知事ってあれですよね、知の人なんですよね? 文明人なんですよね?

 私達武器商人とも軍人とも違う、自由と人権の象徴でもあるはずの人が、良いからぱっぱと無反動魔導砲を作れだなんて、そんなことを言っちゃうんですから、もう本当に私、アレですよアレ、政治不信ですよ、政・治・不・信。

 分かります? 私の言ってること? わぁ、久しぶりだっていうのに無視されちゃうと流石に私傷ついちゃうんですけど―――」


 と、そんな風に凄まじい勢いで言葉を投げかけてくる、ランドウと思われる声の主に対して俺は、振り返ることなく、


「うるせぇ」


 と、それだけの言葉を返すのだった。

 

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