第103話 迎撃陣地に到着して
「おう、何処を迎撃拠点とするか選定が終わったぞ。
北西にある無人の群島地帯にするそうで……既に準備が始まっている。
お前達も至急現地に向かってくれ」
整備工場に駆け込んでくるなり、グレアスがそんな言葉をかけてくる。
そうして俺達の下へと駆け寄ってきて……その手に握っていた詳細な位置が書かれているらしい海図を広げて、俺達へと渡し始める。
まずはクレオに「頼むぞ」と声をかけながら渡し、次にアンドレアとジーノに「頑張ってこい」と声をかけながら渡し……それから俺達の下へとやってきて、俺のことをジロジロと見やって……、
「見直したぞ」
と、今言うセリフじゃないだろうというセリフと共に海図を渡してくる。
そうやってその手が空になったならアリスの頭をぐしぐしと撫で回して……静かに俺達の側から離れていくグレアス。
それを合図に各機の発進準備が始まって……俺達は急ぎながらも慌てずに操縦席へと潜り込む。
エンジンが唸りプロペラが回り……先頭のアンドレアから順番にスロープを滑り降り、着水し海へと出て……そのまま真っすぐ北西に向かって飛び立っていく。
「よし、行くか」
『頑張っていこー!』
通信機越しにアリスとそんな会話をしながら、俺達もまた飛び立って……そうして一列に並びながら、北西へと……迎撃拠点となった群島を目指して飛んでいく。
風はなく静かで、雲はなく真っ青で、そんな空をまっすぐに飛んでいって……一時間程でその群島とやらが前方に見えてくる。
島と島の間に佇む二隻の軍艦と、その周囲を囲う物資か何かを運んでいるらしい20程の回収船と、何隻かの漁船と。
その漁船の上には何人かの武装した兵士達の姿があり……どうやら緊急時ということで徴用した船であるらしい。
群島の中の、北に位置する島には件の対空砲や様々な重火器が置かれていて……南に位する島には様々な物資が山積みにされていて……そんな群島の上空をぐるりと飛んで確認をした俺達は、他の飛行艇が集まっている……本当の遊撃隊達の飛行艇が集まっている、群島南端の一番大きな島へと向かっていって、ゆっくりと高度を下げ着水し……その島の砂浜で忙しなく動き回っている知事の部下と思われる連中に声をかける。
「おーい! 今どういう状況なんだ?
俺達はここで着水していれば良いのか?」
そんな俺の声を耳にした部下達は、目配せをしあって何かを話し合い……そうしてその中から一人、一番年配の髭面男が海へと駆け込んだかと思えば、海水をバシャバシャと蹴りながら近くに停めてあった移動用と思われるボートを引っ掴み……それを引っ張りながらこちらへと近付いてくる。
「ああ! その顔!
貴方がラゴスさんですか! お待ちしておりました!!
とりあえず、この島の奥に進んでいただければそちらに遊撃隊の本部がありますので、そちらで詳しい話を聞いてください!
その間にこちらで機体への給油を済ませておきますが、他に何かご要望がありますか?」
「いや、給油だけで良い。ありがとうな」
その男にそう返した俺は飛行帽を脱いで通信機をそっと機体内に置いて……操縦席からボートに乗り込み……アリスをボートに乗せてやってから、男に「頼む」と声をかける。
ボートには漕ぐためのパドルが無かったからまぁそういうことなんだろうと思っていると……男がボートを砂浜まで引っ張ってくれていって、もう一度男に礼をいった俺達は、同様の形で砂浜へと上陸したクレオ達と共に、島の奥にあるという本部の方へと向かっていく。
その島はそれなりに大きい島だけあって相応の木々が生えていて……その木々に紛れるように、いくつかの緑色のテントがあちこちに建てられている。
テントにはわざわざ木の葉や木の枝が貼り付けてあって……確かに上空から見る分には、そう簡単には見分けることは出来ないだろう。
そしてそのテントは奥へ奥へと進む度に数が増えていって……最奥にはテントというか、緑色の大きな布で覆われた、映画でみるような簡素なテーブルと椅子が整然と並ぶ、軍事拠点と言うに相応しい場が整えられていた。
並ぶ椅子には飛行服姿の男達が何人か座っていて……水筒を口にするなり果物をかじるなり各々好きに過ごしていて、机の向こうに建てられた黒板には様々な情報が書かれた紙が貼り付けられている。
そのなんとも言えない光景を目にして……まずは飛行服姿に男達に挨拶すべきか、周囲を忙しなく駆け回る知事の部下達に話しかけるかと迷っていると……飛行服姿の男の一人、髪をぴっちりと整えて、髭をきっちりと固めた……いかにも紳士といった風体の男が椅子から立ち上がり声をかけてくる。
「おお、君はラゴスくんかい!
いやはや噂通りの男前じゃないか! 私はライン。知事とは古い付き合いの飛行艇乗りさ。
君とは一度じっくりと話をしてみたいと思っていたんだが……ま、今はそんなことをしている場合ではないのでね、とりあえず状況の説明だけさせてもらおうかな」
そう言ってラインと名乗った男は俺達の側まで歩いてきて……その手を差し出し握手を求めてくる。
俺達はその握手に応え、自己紹介を済ませ……そうしてから「状況の説明を頼む」とそう声を返す。
「うん、まぁそうだね。
とりあえず陣地の設営は順調、軍艦も私達の機体の準備も問題は無い。
物資の運搬も問題ないし……ここ以外にもいくつか物資の集積所が整備されていてね、戦闘中、補給が欲しいとなって、ここらに着水出来ないとなったら、そちらに行けば補給と整備が受けられることになっている。
場所はそこに積まれている海図に記載されているからよく確認しておいてくれたまえ。
……それと、そうだな、襲来した変異種と囮の遊撃隊について話しておこうか」
と、そう言ってラインは……綺麗に並べられていた椅子の一つを引っ掴み、引き寄せ……それに腰掛けて……優雅な身振りを交えながら説明を続けてくる。
「まず変異種についてだが、四つ首と呼ばれていてね……その名の通り、四本首のワイバーンという訳さ。
ワイバーンを丸く膨れさせたような体に、一つの大きな首と、小さな三つの首とで構成されていて……そう、君達が出会ったという『化け物』によく似た姿をしているそうだ。
ただ君達の報告書と違うのは、三つの首が一つの大きな首の補助機構になっているってこと、かな。
大きな首で大きな火球を吐き散らし、小さな首で小さな……連射の効く火球を吐き散らし。
まるで大砲と機銃を兼ね備えているような、なんとも厄介な存在となっているようだ。
前後左右上下、あらゆる方向に向くカメラ件機銃……いやぁ、厄介厄介、そういう訳だから背後を取れば有利なんて考えはしないように。
ちなみにだけれど体が大きく膨れたのはそれらの火球を産み出す為だろうと、そう専門家は分析しているそうだよ。
丸く体が膨れていて、翼はいつも通りの大きさで……それでどうして空を飛べるのかは魔力が関係しているとか専門家はいっていたかな。
ああ、それと体内の空気を温めているのもあるとかなんとか……」
その言葉を聞いて、以前偶然やり合うことになったあの化け物のことを思い出した俺達はなんとも苦い顔をすることになる。
あの時のあれは子供だった訳だが……今回の相手は子供ではない、成長しきった大人の化け物だ。
それがまさかそんなにも厄介な存在になっているとは……と、そんな俺達の苦い顔を見たラインは、何が面白かったのか「はっはっは」と爽やかな笑いを上げてから更に説明を続けてくる。
「そして囮の方だが……なんとも予想外なことに、善戦、しているらしいね。
いやぁ、善戦と言っても有利に戦えている訳じゃぁないよ? ただあっさりと全滅する想定だったのが……随分とまぁ長持ちしているようだ。
そのせいでって訳でもないんだけど……それでここはこんなにのんびりしているって訳さ。
本当ならもうとっくに飛行艇に乗っていなきゃぁいけないはずなのにねぇ」
そう言って両手を軽く持ち上げて上げて……その手のひらを天に向けてやれやれと言わんばかりの仕草で頭を振るライン。
それを見て俺は、言葉を返そうと口を開けてから……言うだけ無駄だろうと口を閉ざし、砂浜に戻るために踵を返して歩き出す。
それを受けてアリスは、何も言わずについてきてくれて……クレオもアンドレアもジーノもまた無言でついてきてくれる。
「お、おいおい、何処に行くつもりだい?
……まさか連中を助けに行こうって言うんじゃないだろうね?」
そう声をかけてくるラインに俺は、
「安心しろ、折角の作戦を台無しにするほど馬鹿じゃないさ。
少しだけ変異種共に挨拶をしてやって、生き残っている連中を逃した上で、俺達が囮になって……ここまで変異種共を引っ張ってきてやるさ」
と、振り返りざまにそんな言葉を返し……そのまま足を進めていく。
陣地の準備が整ったなら迎撃が出来るのなら、さっさと連中に撤退指示なり出せば良いものをこいつらは……よくもまぁ、こんな所でこんな風に呑気に構えていられるもんだ。
仮に俺があの飛行艇を手に入れることが出来なくて、それでも変異種と戦おうと決意していたのなら……今頃前線で戦っていたはずで、島の皆を守る為に必死になっていたはずで……それを見捨てるなんてこと、どうして出来るってんだ。
こりゃぁ知事との付き合い方も考え直す必要があるかもしれないな……と、そんなことを考えながら砂浜へと到着した俺達は、再度ボートで運んで貰って自分達の飛行艇へと乗り込むのだった。
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