第102話 準備完了



 遊撃隊の活動が始まってから数日後。


 注文していた弾薬などが届き、予備の機銃などが届き……そしてアンドレアとジーノと、クレオ用のマナエンジン搭載、ミスリル製単葉機がついに届き……いよいよ俺達も、いざという時に備えての、本格的な準備を進めることになった。


 アンドレアとジーノは新型機に慣れるための訓練飛行を始めて……クレオも両翼につけられたスズキ式無反動砲の試射を始めて……そして俺とアリスは―――なんというか、まぁ、いつも通りの日常を過ごしていた。


 俺は自分達の機体を整備するか本を読むかで時間を潰し、アリスは学校にいって勉学に励み……屋敷に戻ったならルチアの作ってくれた美味しい飯を腹いっぱいくって、風呂に入って。

 ……冷房の効いた部屋でダラダラと過ごしたなら、そのまま就寝。


 たまには外食だとルチアも一緒にレストランにいって……季節の野菜を楽しみ、脂が乗り始めた旬の魚を楽しみ、何事もなく平和な日常を存分に楽しむ。


 中にはそんな俺達を見て、この緊急時に何をしてるんだと、そんなことを言うやつもいたが……緊急時だからこそ、意味もなく出撃して燃料を浪費する訳にもいかないのだから仕方ないというもんだ。


 賞金稼ぎとしての仕事をしようにも、南西諸島の魔物は遊撃隊によって完全に駆逐され、賞金稼ぎが対応しなきゃいけないような犯罪者達も遊撃隊に取り込まれてしまっている。


 そんな状況で一体何をしろって言うんだか……いざという時に備えて英気を養っておくほうが余程にマシというものだろう。


 今更俺もアリスも練習なんてする必要もないしな……後は野となれ山となれ、本番を待つしかないだろう。


 気を利かせてくれたらしいランドウが、後部銃座に取り付け可能な無反動銃座なんてものを贈ってきてくれたので、それの練習をするというのもアリと言えばアリなのだが……アリスの尋常じゃない腕ならその必要は無いだろうし、やはりどうしても弾薬や燃料の浪費という問題が出てくるので、今はただ何もせず日常を送ることが一番なんだよな。


 あるいはそのまま……何事も起きず、魔物もやってこずに、平和なままこの戦いが終わってくれたら良いのだが……まぁ、そこまで都合の良いことにはなってくれないだろう。


 


 そうしてまた何日かが過ぎて……休日の昼食時。


 夏の暑さが緩み始め、心地いい風が吹いてくるようになり、その風を楽しむ為、庭に設置したテーブルを皆で囲んでいると……テーブル側に置かれた通信機の子機から、屋敷内の通信機に接続されたそれからグレアスの声が響いてくる。


『おい、聞こえるか? 北西の魔物達が動き出したようだ。

 本土とこちらに向かって数え切れない程の数が移動しているそうで……遊撃隊は既に迎撃のために向かっている。

 接敵まで1時間から2時間って予測で……知事達も迎撃陣地構築のために動き始めた。

 とりあえずお前達は整備工場に向かっていつでも出撃できるように準備を整えて……そのまま連絡あるまで待機を頼む。

 何処で戦うのか、正確な位置が決まったら、海図を渡すからそこまで向かってくれ』


 それに対し子機を操作したクレオが「了解」と返し……俺達は昼食を一気にかきこんでから、準備をし始める。


 歯を磨いてついでに顔を洗って、飛行服に着替えて飛行帽を抱え込んで……そうしてから屋敷前に用意してある警察のトラックに乗り込んで俺の運転で整備工場まで向かう。


 すると既に出撃準備が整っていて……車輪つきの台座に載せられた飛行艇が4機、海へと続くスロープに向かって一列に並んでいた。


 先頭はアンドレア、次はジーノ、三番目が俺達で、クレオが最後。


 軽くて機動力があるのが先頭で、重い俺達は後方。

 一応の指揮官かつ最大火力のクレオは最後尾という訳だ。


 そして俺達の飛行艇の後部座席には無反動砲銃座が設置されていて……アリスがそれで良いのならと何も言わずに俺は、飛行艇の状態を確認しながらグレアスからの連絡を待つことにする。


 アリスとクレオは用意された椅子に座って談笑しながら、アンドレアとジーノはクレオから借りた軍の教習本を読みながら。


 そうやって俺達はそれぞれの方法で時間を過ごしていくのだった。




 ――――遺跡 ???



 最近はめっきりと人が来なくなった、埃が積もり始めた遺跡の一画で、ソレは何もせずに呼吸すらせずに、静かに佇んでいた。


 かつて大地にあって空の上の世界……神の領域と呼ばれる世界に上がったという真のドラゴン達。


 魔物とはまた別格の存在で、人類以上の理性と知性を有し、神の領域に上がる前は人と似た姿をしていたというその存在が残したこの遺跡には、複雑な……人類にはまず作り出せないだろうという程に複雑な魔法的な仕掛けが残されていて……ソレはその仕掛けを使って絶望の未来からこの時代にやってきたある男の残滓だった。


 変異した魔物との戦いに敗北し、本土は陥落。

 本土から逃げてきた人々と、本土からかき集めた物資でもって、人類最後の砦となった南西諸島……の最後の島、人類最後の領域。


 そこにそういった仕掛けのある遺跡が残されていたのは、ただの偶然でしかなかったのだが、男はそのことをこれ以上ない幸運と、世界を作り出した神々からの贈り物と解釈し……その一生を賭けて、己の全てを投げ出して解析しようとし……そうしてどうにかこうにか、最新技術であるマナストーン機構を流用することで、その仕掛けを起動出来るまでに解析を成功させていた。


 だがそれはあくまで真のドラゴン達が扱う前提で作られた代物だ。


 人類が使うには危険過ぎるものだったのだが……それでも男は、周囲の制止を振り切って……男と共に過去に生きたいと願う少女と共に、この時代へとやってきたのだった。


 その代償として少女は記憶を失い、いくらかの傷を体に負うことになり……そして男は、その片腕を失うことになった。


 失うといっても物理的に切り取られたのではない、最初から無かったかのように、綺麗さっぱりと肩から先が消え失せてしまっていたのだ。


 腕があったはずのそこに触れれば当たり前のように皮膚が有り、特に痛みもなく違和感もなく……一体全体何が起きたらそうなるのだという己の状態を確認した男は、この程度の代償で済むならば……と、繰り返し、二度三度と未来とこの時代を行き来し始めた。


 ただ過去に行くだけでは駄目だ、この絶望の未来を変えなければ駄目だ。


 最新技術で作られた飛行艇や、最新の技術の塊である端末や本などを繰り返し繰り返し過去へと運んで……その度に体の一部を失いながら、男は何度も何度も未来から過去への贈り物を運び続けた。


 時には移動する時代を変えて、過去の自分と出会い、過去の自分にこの仕掛けのことを教えて、魔物に奪われてしまう前に他の遺跡の調査をしろ、と促したりなどしながら何度も何度も。


 遺跡に残したままにしてしまっていた少女があるウサギに拾われても尚も、男はそれを繰り返し……そうやって全身を失い、魂のような霞のような存在となって……ただの残滓と成り果てても、ソレは同様の作業を繰り返し続けていた。


 ……そうしてついには仕掛けを起動できなくなり、希薄な存在となり……誰かに視認されることも、話しかけることさえもできなくなった男は、言い様のない達成感と満足感に包まれていた。


 成すべきことを成した。

 間違いなく未来は変わってくれた。


 何しろ未だに本土が無事らしいのだから……最強の魔物殺しと呼ばれ、若くして戦死したあの伝説のウサギが未だに生きているのだから、間違いないはずだ。


 あるいは今自分が消えようとしているのは、未来が変わったせいなのかもしれない。

 変わった未来では自分は生きていないのかもしれない。


 だがそれはそれで、達成感があり満足感があり……ソレは一切の後悔もなく何の未練もなく、綺麗過ぎる程綺麗にこの世界から消失してしまうのだった。

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