第98話 鷹が如く
北西諸島は陥落し、魔物の巣と化した。
南東諸島はどうにか魔物を駆逐し、人の領域を守りきった。
本土には一切の被害はなく、魔物の出現報告もなく……同様に変異した魔物が出現したらしい他国の様子は現在の所全くの不明。
そんな状況にあってナターレ島は、南西諸島は……言ってしまうといつも通りの日常を過ごしていた。
当然その件のことは島民達の話題に上がるし、新聞を見てもラジオを聞いてもその話題ばかりだし、どこもかしこもが騒がしくはあるのだが……しかし日々は極々当たり前に流れていて、誰もが平和に己の仕事に励むことができている。
中にはそれを、ほぼ休みなしで魔物退治に勤しんでいた俺達のおかげだなんてことを言う人も居るが、本当にそうなのか……本当に俺達のおかげなのか、これから先も出現しないのかはなんとも言えないので、俺達は曖昧な笑みを返すだけに留めている。
そしてそんなことよりもと俺達は……本土に様々な物資を注文し、取り寄せ、整備工場の皆に頑張ってもらって『いざという時』の為に備えていた。
量産可能になったマナエンジンとマナストーン。
予備の機関銃と弾薬を山程。
……そしてアンドレアとジーノの分のマナエンジン量産機などなど。
新しい飛行艇を買うのは止めたと言っていたアンドレアとジーノだったが、今はそんなことも言っていられず、慌てて新型機を注文することになった。
こんな状況下で軍に優先搬入している新型機を一般人が買えるものかと疑問に思いながらの注文だったそうだが、国王が気を利かしてくれて、手を回してくれて2機だけであればと、購入できることになった。
すでに量産工場と体制は完成している。
材料も十分にあり……フル稼働で量産が始まっている。
来週には300機が軍に配備されるそうだから……まぁ、確かに2機くらいならば誤差の範囲なのだろう。
それにいざという時、この島に4機の新型機があったなら、例の変異種が出たとしてもかなりの間持ちこたえられるだろうし、撃破経験があるだけにそのまま撃破してくれるかもしれないという期待もあるのだろう。
4機の新型機……そう、4機だ。
俺とアンドレアとジーノと……そしてクレオ。
クレオの本音としてはすぐにでも本土に戻って、北西諸島奪還作戦に参加したいようなのだが……この状況下で南西諸島に軍人を置かない訳にはいかず、かといって新しい基地を作ったり、人員を配備したり出来る状況でもなく、クレオは南西方面軍の指揮官という形で、ナターレ島に残留することになった。
軍本部は俺達の屋敷の書庫を間借りして。
戦力は一般協力員の俺とアリスと、アンドレアとジーノというなんとも微妙なものだったが……それでも屋敷には高度な通信機と、食料庫、頑丈な地下室などがあり、最低限の条件は満たしていると言えた。
頼りないというかなんというか、状況的にそんな戦力でどうするんだという話もあるが……最新機が4機揃えばそれなりに戦えるはずだし、クレオの為にカスタム中の最新機には、スズキ式無反動砲が二門搭載されることが決定していて……それをクレオが上手く使いこなしたなら、複数のドラゴン相手でもなんとかなるに違いない。
何はともあれ今のナターレ島は平和そのものでで、そして特にやることがある訳でもなく……新型機や予備の品々が搬入されるのをただ待っているだけの俺達は、それぞれの日々を静かに、穏やかに過ごしていた。
今日は休日、アリスの学校も無く……かといって仕事にいくような状況でもないので俺とアリスは食料の買い出しを兼ねた散歩へと繰り出していた。
港へと真っ直ぐに伸びる道を下り、店を一軒一軒見ていって……必要な物を注文し、屋敷までの配達を頼み、支払いを済ませて……そうして海へ。
アリスと二人、何も言わずに海沿いを歩いていって……なんとなしに海や港のことを眺めていると、休日だというのに港の何処にも漁船が停泊していないことに気付く。
ナターレ島の漁師達はまぁ真面目だと言って良い連中だったが、休日に漁に出る程は真面目ではなく、昼からワインをあおってだらけているのが常だったはずだが、一体……? と、俺が首を傾げていると、あれからも何度か世話になっている市場の責任者がやってきて、声をかけてくる。
「こんな時だ。漁師だって黙っちゃぁいられないさ。
バンバン海にでて、ガンガン魚を獲って……干し魚、燻製、缶詰、なんでも作れるだけ作って本土に送る。
そうやって兵隊さんや、本土で頑張っている人達や、北西諸島から逃げてきた避難民に腹いっぱいになってもらわないといけないって訳よ。
……ここらが戦場になった時のために備えているってのもあるし……かなりの乱獲になってしまうが仕方ない。
多少のダメージは覚悟の上で、頑張れる時に頑張っておかないとね。
……こうやって平和に漁が出来るのもアンタらのおかげだ……アンタらが先じて変異種のクソ野郎を討ち取ってくれていたから……」
にこやかに、朗らかに、明るい声でそう言ってはいるが……その声の奥底には明らかな魔物達への怒りが滲んでいて、俺は曖昧な表情を返す。
肯定もせず否定もせず、ただ何も言わないでいると……隣で静かにしていたアリスが声を上げる。
「……うん、そうだよ、私達が頑張ったおかげで、私達を島の皆が支えてくれたおかげで……。
だからこれからも私達は頑張れるし、魔物が出ても戦えるし、何が出たって私達が……ラゴスがなんとかしてくれるから安心だよ。
ラゴスはねー、モテないけどねー、異常過ぎる程に奥手だけどねー……私が何言っても怒らないくらいに忍耐強いし、私が望むならドラゴンの巣にだって突っ込んでくれるし、どんな魔物を前にしても絶対に引かない絶対に負けない、最強のウサギだから……だからこれからも大丈夫だよ! 安心だよ!!」
なんだか格好良いことを言ってくれていたアリスだが、どうにも最後の一言のせいで……『最強のウサギ』という矛盾を感じる一言のせいで締りが悪くなってしまう。
最強というからにはもっとこう、格好良く呼んで欲しいというかなんというか……せめてこう、王都の獅子だとか、北方の虎だとか、そんな風に強い動物にたとえて欲しいもんだ。
……と、俺がそんなことを考えた時、港の上空を飛んでいた一羽の鷹がふわりと舞い降りてきて……港のロープ留めの上にちょんと立ち、こちら……というか俺のことをじっと睨んでくる。
「……どうせなら俺はナターレ島の鷹とか、鷹の目とかそう呼ばれたいなぁ。
見た目はウサギだけど鷹のように強い、誇り高い飛行艇乗り……どうだ、格好よくないか?」
鷹のことを睨み返しながら俺がそう呟くと……何も思ったかアリスは、そっと俺の手をその小さな手で握ってくるのだった。
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