第99話 王は王らしく
――――王都 王宮 執務室
魔物との戦争突入宣言を前にして王は、地図を睨み物資表を睨み、計算機を叩く毎日を過ごしていた。
政治の中枢はあくまで議員達であり、自分の出番は無いと思っていたのだが、まさかその時がやってきてしまうとは……自分が政治の中枢に座ることになるとは。
そんなことは望んでいなかった。
裏で暗躍する黒幕のような存在でいたかった。
たまに議員に圧力をかけ、好みの法案を通すという、楽な立場でいたかった。
そんなことを思いつつも王はその責務を果たすために、寝る間も惜しんで懸命に励んでいた。
そんな王を補佐するために普段は王に対し辛辣な態度を取っていた職員達も総出で、全力で王の為にと働いていて……人と書類が絶えることなく行き交う執務室の中で王は、ふとした瞬間に国全体の地図と、南西諸島の地図と、量産が始まった新型機の仕様書を目にして……はたとその動きを止める。
激しく叩かれていた計算機の音が止まったことに気づいた職員達が、一体何事だろうと首を傾げていると、王は腹の奥底から響く力のこもった声を吐き出す。
「こいつは一体……どうなってやがるんだ?
この危機的状況を見越していたかのように都合よく新技術の塊が遺跡で見つかった? 新理論が開発された?
もしこれが無かったらどうなっていた? 新型機が無かったら戦況はどうなっていた?
新型機の活躍で守りきった南西は失陥……恐らく南東もあのウサギが飛行艇乗りになれなかった関係で失陥……。
魔物の巣が更に増えて本土が包囲されていた……だと?
……それでもすぐには負けないだろう、数年……いや、数十年は持ちこたえるだろう。
そしてそのまま勝てたかもしれないが……他国の状況次第じゃぁ負けていたかもしれない……か。
……そう言えば以前、世界が滅ぶとかなんとかそんなことを触れ回っている予言者騒ぎなんてのがあったような?
……それとあのウサギから遺跡に出現する不審者がどうのって報告も確かあったような……遺跡、遺跡か。
あの予言者騒ぎも遺跡のある地域ばっかりだったような気がするな。詳細の確認は後でするとして、そうだと仮定して話を進めると……」
と、そう言って王は自らの執務机の引き出しを、上から順番に力づくで引っ張り出し……引き出しとその中身を邪魔だと放り投げながら目的の書類を探していく。
そうして三段目にてナターレ島の遺跡に関する調査報告書を見つけて……本職の考古学者が記したそれを真剣に読みふけっていく。
「……遺跡が何のためのものなのか詳細は不明。
不明ながら遺跡の壁絵と残された文字は古代語の可能性が高く、すでに本土で見つかっている古代語と同種として解読するなら『空の国』と『ドラゴンのような人』と『挑戦』と『魔法』と『時間』と『遡行』という意味が読み取れる。
……時間、時間か……時間と遡行なぁ」
そう言って王はまたも引き出しを引っ張り出し、投げ飛ばし……遺跡で見つかった飛行艇の調査報告書をひっつかんで目を通す。
「……マナエンジンの構造や状態から推定するに、量産体制の整った工場で作られたものである可能性が高い。
型番等が無いことから普通の企業のものではない可能性が高い、か。
……緊急時の国営工場なら、型番は確かに省くかもな……。
ああ、くそっ! 技術関連に詳しかったらある程度の推定が出来るんだがなぁ……あの遺跡で見つかった飛行艇を『うち』の工場が作ったのかどうか……。
おい! お前! この報告書と写真を持って、工場の……なんかすげぇやつ、知見のある奴に見せてこい。
見せた上でうちの工場で作ったものかどうか、断定が出来る何かが見当たらないかって話を聞いてこい!
後そこのお前! 魔法の専門家とこの報告書を書いた考古学者を至急呼び出せ! 後予言者騒ぎに詳しいやつと、出来ることなら予言者そのものも捕まえてこい、国家レベルの指名手配をかけろ!」
固唾を呑んで様子を見守っていた職員達にそんな指示を出した国王はすっくと立ち上がり……執務室にある黒板にチョークで文字を書き始める。
「……誰だ、誰がそんな馬鹿なことをする?
出来るかどうかじゃない、出来るんだと仮定して誰がやるか……俺か? いや、俺はとっくに死んでいる可能性があるよな。
親戚連中は……無いよなぁ……俺の後継者か?
どっかで作った子か? 子、子供……アリスが首謀者? いや、それにしては何もせずにウサギとの日常を楽しんでたってのがな……アリスも巻き込まれたと考えるべきか……?
そう言えばスズキが……アリスの助言があったとか言っていたか?
状況とそれなりの技術に詳しいやつをこっちに送り込む必要があって……大人は戦闘に必要だから子供を?
……いや……せめて子供だけでも平和な時代に逃したかったのか。
その平和が長く続いてくれるよう、自分達にとっての最新機を……戦時下で緊急開発されただろうアレと一緒に。
……そしてアリスは記憶を失って、こっちの世界をただ楽しんだ……楽しんでいたって訳か?」
黒板に文字を、口にした文字を次々と書き込んで、円で囲ったり線を引いたりして、なんらかの推理を進めていく王に、職員達はただ戸惑うことしか出来ない。
「記憶が戻ってくれたらその知識に頼るって事もできるんだろうが……記憶が戻るように治療を促すべきか?
……いや、それじゃぁなぁ……あの子をこっちの時代に託した後輩達に申し訳ねぇな。
……アリスに関しての余計な情報は公文書から削除しとくか、あの子は好きにさせるべきだろう。
はっはっはー、戦時下の王様の強権に感謝しろってな。
……それにあの子は賢い、記憶がもし戻ったなら自分で考えて自分の考えでもって俺達の為に動いてくれるはずだ」
そう言って王はチョークの粉で白く染まった黒板に拭き布を当てて拭き取り……そうして拭き取ったその場所に『未来からの贈り物』との文字を書く。
そうしてから執務机の上に写真立てに入れて飾っておいた新型機の写真を引っ張り出し……テープでもってバシンと黒板に貼り付ける。
それを見るなり職員達は……国王が何を考えているのか、国王が今まで何を言っていたのかを理解し、困惑する。
そんな馬鹿なことがあってたまるか。
いやしかし、確かにあの戦闘機は。
そのおかげで今の戦況がある、なんとか変異種に対抗できている?
そんなことを心中でつらつらと考えた職員達は……どうあれ自分達は国王の手となり足となり、働くしかないのだと開き直り……そして国王の考えの裏付けを取れるだけ取ってみようと、それぞれの専門知識やツテを活かすべく動き始めるのだった。
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