第59話 ハイエナ
翌日。
昨晩のステーキが効いたのか、妙に張り切って学校へ登校するアリスを見送り、同じく変な顔で張り切って出かけていくクレオを見送り、家事を済ませた俺は、ソファにどかっと身体を預けて、さて次の仕事はどれにしたものかと、以前グレアスから渡された依頼書の束を眺めていた。
クレオがぱっと見つけたように良い仕事が見つかれば良いのだが……そんなことそうそうあるはずもなく、どの仕事もパッとしないというか、儲かりそうにないというか……せめてワイバーン狩りでもないものか。
護衛に手紙の配送に、雑誌の取材に一緒に写真を撮ってください……。
一体俺を何だと思ってるんだって依頼まであって……俺はため息を吐き出しながらそれらの、まず受けることのない依頼書を丸めて、ゴミ箱に投げ入れていく。
そうやって依頼書を投げ捨てていって……そのうちの大半を投げ捨てた頃、野太い声が玄関の方から響いてくる。
「うぉーーーい! いるかーー!」
何処かで聞いたことのあるその声に、はて、誰だったかな? と、首を傾げながら立ち上がった俺が玄関へと向かうと……そこにはガタイの良い茶短髪の犬獣人が立っていて、その顔を見た俺は……、
「あー……確か、ベルガマスだったか? 回収船の?」
と、そんな声を上げる。
すると腕を組んでどっしりと構えたガルグイユと戦った時の回収船の船長、グレアスの紹介で知り合ったベルガマスが、にやりと笑って声を返してくる。
「おうよ、ちゃんと覚えてくれてたか!
いやー……アンタのおかげで英雄様の仕事を手伝って箔が付いてなぁ、国から特別手当を貰えた上に商売繁盛、全くありがたいったらないぜ!」
「それは何より。
……まぁ、こんな所で立ち話もなんだし、家に入るか?」
「……おう、頼むわ」
特に用事もなくベルガマスがこんなところまで来るのも変な話だし、笑ってはいるものの、目は笑っていないというか、暗い感じがするというか……何か話をしたそうにしているように見える。
と、そんなことを考えて俺がそう言うと、ベルガマスはこくりと頷いて……どすどすと家の中へと足を踏み入れる。
とりあえずリビングのソファに座って貰って、俺は食事用の椅子をソファの前へと持ってきて座り……そうしてから「で、何の話だ?」と声をかける。
するとベルガマスは、渋い顔というか、苦虫を噛み潰したような顔をして……ぼつりと呟く。
「隣の島の同業がハイエナにやられた。
護衛二機と、依頼主……二機の賞金稼ぎが応戦しても駄目だったそうだ。
飛行艇は全機やられて、回収船は獲物を奪われた上に沈められて……生き残ったのはわずかだそうだ」
「……そいつはまたひでぇ話だな。
俺が聞いた話じゃぁ、獲物がいなくならないように奪うのは物だけ、船も飛行艇も沈めないし、命を奪うのも事故以外は許されないってのがハイエナなりのルールだって話だったが……」
「ああ……ここまで酷い被害ってのはオレも初めて耳にしたよ。
早速話を聞いたグレアスさんが警戒を強めてくれているようだが……正直な話、そこまでする連中に警察がどこまでやれるのかは不安なところがある。
良くも悪くも警察は軍じゃない、島の住民同士で起こるような可愛げのある事件を解決するのが仕事だ。
……で、そんな連中が近くにいたんじゃぁ不安で商売もできねぇってもんでな……アンタ、最近もかなりの活躍をしたんだろう?
どうだい? その勢いでもってハイエナの駆除をやってはくれないかい?」
そういう話をされるんだろうなぁと、ある程度覚悟をしていたものの、いざ本当にされてしまうと、なんとも言えない気分になってしまう。
ハイエナの駆除、つまり対人戦。
ワイバーンとは違って小柄で、素早く鋭く動き回る上に、狡猾な上に凶悪で……下手をするとドラゴンよりも厄介なターゲットで……俺は「うぅん」と唸って、考え込んでから言葉を返す。
「正直に言えば、俺もそんな連中が近くの空を飛んでるなんてのは勘弁願いたいからな、駆除したい気持ちはある。
……だが、相手の数も戦力も分からないんじゃぁ答えの出しようがない。
アリスや、最近仲間になったクレオや、アンタも知っているアンドレアやジーノにも相談する必要があるし……とりあえずは保留、一旦相談をさせてくれって所だな。
……そしてできることなら、相手の数をどんな飛行艇に乗っていたのか、武装が何なのかといった詳細な情報が欲しい。
それによってはこちらも装備を変えるなり、援軍を呼ぶなりする必要があるからな。
それと……対人戦となると、報酬は高めになるぞ?」
何しろワイバーンと違って素材が獲れないのだから仕方ない。
相手の飛行艇を奪えればいくらかの臨時収入になるが……空戦の果ての捕縛なんてのは早々あることじゃぁない。
「ああ、分かった。
報酬に関してはそれなりに用意させてもらう……が、そんなに大金はだせねぇ。
大金はだせねぇが……今回ばかりはやりすぎだ。グレアスさんによると国が今回の事件を起こしたハイエナ共の首に賞金をかけるそうだ。
下手をするとドラゴン以上になるかもって話でな……それでどうにか受けては貰えねぇか?」
「……。
何度も言うが一旦この話は保留だ。
保留だが……それなりの賞金が出るなら、確かに報酬が少なくてもやる価値はあるかもな……」
いくらなのかは知らないが、ドラゴン以上の賞金がかけられたとなったら、それを狙ってロクでもない連中がここいらに集まってくるのは明白だ。
そんなことになったら静かな田舎だったはずのここらの生活と治安は、ひどいくらいに悪化してしまう訳で……ベルガマスはそこまで見越した上で、そうなる前に原因を俺達で駆除してくれと、そう言いたいのだろう。
俺がそこら辺のことを了解していることを、俺の表情から読み取ったらしいベルガマスは、一言。
「頼む」
と、そう言ってから立ち上がり……どすどすと荒っぽい足取りで、我が家から出ていくのだった。
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