第58話 牛肉のステーキ
肉屋に向かい、レストランに卸す用の牛肉を分けてもらい……ついでに赤ワインを買って家に戻り、肉屋で教わった通りに下処理をしていく。
下処理が終わったなら塩と胡椒をかけて馴染ませ……馴染むのを待つ間、赤ワインソースを作り始める。
「ただいまー!
え? なになに、良い匂い……ってこれ牛肉!?
うわー、美味しそー」
帰ってくるなりキッチンへとやってきて、まな板の上の牛肉を見るなりそんなことを言うアリス。
牛肉をじっと見つめながら、小さな鍋で軽く煮詰めた赤ワインに、バター、砂糖を混ぜたソースの香りをすんすんと鼻を鳴らして吸い込む。
「一応言っておくが牛肉を扱うのは初めてだからな、失敗しても文句言うなよ」
鼻を鳴らしながらうっとりとするアリスに俺がそう言うと、アリスはその状態のまま言葉を返してくる。
「言わない言わない、この調子なら普通に美味しくなるってのは予想がつくし、牛肉が食べられるってだけでもう文句も出てこないよ。
あ、焦がすのだけは駄目だよ! 焦がすのだけは許さない!!」
「流石にそんな失敗はしねぇよ。
牛肉は焦がす程焼くもんじゃないしな」
「そ。それなら良し!
なんだかんだ言ってラゴスは野菜好きだからねぇ、中々お肉食べられないからねぇ、期待しちゃうねー!!」
「アリスの場合は肉や魚ばかり食べすぎなんだよ。
もっと野菜を食わないと美人になれないぞ」
と、そんな会話をしているとどたどたと慌ただしくクレオが帰ってきて、これまた匂いを嗅ぎつけたのか、こちらに直行してくる。
「おー! おーーー!
ステーキですか! 良いですねー! 今さっきレストランでステーキを食べてきたので、食べ比べができますねー!」
……今さっきステーキを食べてきたばかりだってのに、夕食がステーキだと知ってそのテンションなのか。
クレオはなんと言うか……羨ましいくらいに自由だなあ。
そしてアリスの側に並ぶようにして立ったクレオは、アリスのようにソースの匂いをかぎ始めて……そんなクレオにアリスが声をかける。
「今日はステーキだよ! ステーキ!
お肉は中々食べられないからねー、楽しみだねー!」
「ですね! 自分も楽しみです!
しかも牛肉! 自分は豚も鳥もウサギも好きですが、牛肉は特に好きで……」
「ちょっと、クレオさん! ウサギ肉とかデリカシーがないよ!」
なんて会話をするアリスとクレオに対し、俺は、
「言っておくが獣人と獣は一応、別の存在ってことになってるんだからな! 豚系の獣人も普通に豚肉を食べるんだからな!!」
と、そんなことを言いながら、フライパンを用意し、牛肉を1枚1枚丁寧に、じっくりと焼き上げていく。
強火ではなく中火で、両面をこんがりと焼いて、中に火を通しすぎないようにして……焼き上がったなら更に乗せて、ソースをかけて出来上がり。
「ほら、出来たぞ、食え。
パンは自分で用意して……野菜も食べたかったら自分で洗って野菜スティックにでもしてくれ」
人数分のステーキを焼いてそう言った俺は……人数分のコップとジュース入りの瓶を抱えてリビングのテーブルへと向かい、早速肉にかぶりついている、アリスとクレオの席にコップを置いてジュースを入れてやる。
そうしてから自分の席に付き、ナプキンを首元にかけて……ナイフで肉を切り分け、フォークで口の中へと押し込む。
「……やっぱりレストランのようにはいかなかったか。
でもまぁまぁ美味しくは出来たかな」
俺がそう感想を漏らすと、興奮しているせいなのかマナーを見失ったアリスとクレオが、肉を口いっぱいに入れたままあれこれと言葉を吐き出してくる。
「ああ、ああ、美味いのは分かったから、今は食え、食うことに集中しろ」
そう言って俺も食うことに集中し……牛肉を食べ上げたなら、堪能したと満足のため息を吐き出し、ジュースを口に流し込む。
「いやー、美味しかったですねー!
本土のステーキよりも何十倍も! 今さっきのレストランと同じくらいに美味しかったっすよー!」
そんなことを言うクレオにアリスが賛同し、俺が「ありがとう」と言葉を返していると、クレオが眉をぐいと曲げながら怪訝そうな声を上げる。
「そう言えばさっきの獣人どうのって話で思い出したんですが、この島ってあまり獣人さんがいませんよね?」
その言葉を受けて首を傾げた俺が言葉を返す。
「いや、そんなことはないだろ?
整備工場にいけば半分くらいは獣人だし、漁師だって結構な人数が獣人だ。
クレオはまだここに来たばかりで分かってないんだろうが……島の住民の3割位が獣人なんじゃないか?」
俺の言葉にアリスがうんうんと頷く中、クレオがポンと手を打ってから口を開く。
「ああ、なるほど。自分は港とかじゃなくて、レストラン巡りばっかしてたから見かけなかったんですねぇ。
……でも、なんでレストランには獣人さんがいないんでしょうか?
今日レストランを巡った感じ、一人もいなかったような……」
「そりゃぁ体の何処かを毛に覆われてたら、料理関連の仕事には向かないだろ?
アリスもクレオも気にしてないようだが、やっぱりどうしても毛が料理の中に混じったりするからなぁ」
俺がそう言うとクレオはぽかんとしたような表情をし……俺のことをじっと、観察するように眺めて、改めてポンと手を打つ。
「ちなみにだが、俺がいつも最後に風呂に入るのは、毛で湯船を汚さないように気遣ってのことだからな?
洗濯の時も俺の毛がお前達の服につかないように気をつけているし、料理をするようになってからは、毛が飛ばないように露出する部分にはワックスを塗るようにしているし……そこら辺のこと、気づいていなかったのか?」
続く俺の言葉に対し、クレオだけでなくアリスまでが驚きの表情を見せてきて……長いこと一緒に暮らしているアリスまでが気づいていなかったのかと、俺は大きなため息を吐き出す。
「い、いやー……私はてっきり毛艶の手入れの為なのかと。
ワックスを塗るようになってからは、ツヤツヤして綺麗になったし? ……こう、誰か気になる女の人でもいて、その人にアピールするためなのかって、てっきり……」
そうアリスに言われて、俺は更に大きなため息を吐き出す。
そもそもこの島に俺とくっつこうなんて女性がいるはずはなく……俺からしても、一体どんな女性を好きになって良いのやらよく分からないのだ。
同じウサギ獣人であっても、そのほとんどが耳だけがウサギという感じで、俺とは全く違う見た目をしている。
かといって人間をそういう目で見られるかというとそうでもないし……他の獣人ってのもなんか違う気がする。
そもそも生まれてこの方、恋なんてものをしたことがない訳で……そんな浮ついた話は、俺から縁遠いにも程がある。
そんなことを適当に言葉にすると、途端にアリスとクレオは、お互いのことを見合いながらどういう訳だかその目をキラキラと……なんとも楽しげに輝かせるのだった。
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