第57話 気持ちを切り替えて


 翌日。


 アリスは学校へ行って、クレオはレストラン巡りだと出かけて……そうして一人、家に残った俺は、家事を済ませてハーブティを淹れて、それをソファでゆっくりと飲みながら昨日グレアスが押し付けてきた雇用契約書を手にし、じっと睨みつけていた。


「俺が……俺が使用人を雇うのか」


 睨みつけながらそんなことを呟く。


 アリスと出会って飛行艇を手に入れて、なんだかんだと仕事をしているうちに屋敷を買うことになって、使用人を雇うことになって。


 かつてそこら辺の草を食っていた頃……家も仕事も何も持っていなかった頃、そんな生活をすることを夢に見たものだが……まだかそれがこんな形で叶ってしまうとは。


 ……いや、あの飛行艇を手に入れた時点で俺は……俺の人生は普通じゃなくなっていたのかもしれない。

 賞金稼ぎになって仕事に成功して勲章まで貰って……その時にはもうとっくに俺の夢は叶っていたのかもしれないな……。


 だというのに俺はいつまでも道端に寝転んでいた宿無しウサギ気分のままで、もうその頃とは別の人生を歩んでいるだという自覚を持てないままで……。


 他人の金の使い方にどうこう言っている場合じゃなかったというか、いい加減考えを改めて、俺も金持ちと呼ばれる連中の中に足を踏み入れたのだという自覚を持つべきなのだろう。


 まぁ、金持ちといっても屋敷を買って使用人を雇うとなったらあっという間に無くなってしまう程度の金なのだが……それでもそういう贅沢が出来る立場になったのだと考えるべきなんだろうな。


「あの飛行艇に乗って、アリスと一緒に空を飛んでいればまたそのレベルの大金を稼げる……。

 そんな奴が貧乏暮らしの貧乏人です、なんて顔をしているのは良くないことだよな……」


 そう呟いて俺は、ハーブティを口の中に流し込む。


 映画の中で今の俺みたいな、突然稼げるようになった人間は、詐欺師に騙されるか、嫉妬にかられた誰かにひどい目に遭わされるってのが定番だ。


 そうならないように気を引き締めて……変な嫉妬を抱かれないように気をつける必要があるだろう。


 金持ちが嫉妬されないには……金払いをよくして周囲の人間を稼がせてやれば良いんだったか……?


 それならまずこの使用人を雇うのは確定だろう。それだけの賃金を払うことになる訳だし、何よりも警察署長の身内を雇ったとなれば、変な手出しはされにくくなることだろう。


 他の部分での金払いは……どうだろうか?

 祝勝会だの何だので皆に飯を奢っているし、その際には大金を払っているし……色々と日用品やら何やら、それなりの買い物をしてもいる。


 ……うん、今の所は悪くない……気がする。


 最近少しだけ金払いが悪いのは屋敷を買う為だから……これも問題無いだろう。


 屋敷を買ったら広いキッチンで料理が出来るんだろうし、そうなったら色々料理道具を買うことになるし、食材だってたっぷりと買うようになるだろう。


 そうなればきっと嫉妬されない……はずだ。


 後は防犯意識を高めて、詐欺なんかに気をつけて……アリスが変な連中に狙われないよう気をつけるべきだろうな。


 学校は行政区にあるから安全で、学校からの登下校は大通りを使えば良いだけだからこれも安全。


 後は変なところに遊びに行ったりしないように気をつけさせて……いざという時の護身用具も持たせた方が良いのかもしれないな。


 そういう意味ではグレアスが、アリスに照明弾を持たせたのも、全く悪い話では無かったのかもしれない。

 正直照明弾は護身用には向いてないにも程がある、武器としてもアレなものだが……まぁ、うん、アリスに何か持たせておきたいって気持ちは、今なら理解することが出来る。


 何を持てば良いのか、どんな武器が護身用に向いているのかは女で軍人のクレオに相談して、クレオから使い方なんかを指導してもらうことにしよう。


 護身術やら何やら、アリスがクレオから学べることは多いはずだ。


 ……と、そんなことを考えていた俺は、色々と考えすぎて頭が煮立ってしまって……一旦頭を休めようとハーブティの残りをぐいと飲む。

 

 飲んで雇用契約書を畳んで懐にしまって……そうしてから立ち上がる。


 最近の俺が、頭が疲れた時にやること……それは


「料理でもするか」


 だった。


 クレオが住み着いてから我が家の食料消費量は驚く程に増えている。

 アリスもその身体の割には中々の大食らいなのだが……クレオは全く比にならないレベルに凄まじい。


 筋肉量がそうさせるのか、常に腹が減っているというような有様で……レストラン巡りにいった今日でさえも、腹が減ったとそんなことを言いながら帰宅してくるに違いない。


 ならばそんな腹減り達を満足させるための……ちょっと高級な飯を作ってやるとしようか。


 俺が知る限り、この島で高級な飯といったらやっぱりステーキだ。

 その飼育に広い土地が必要になる牛は、ここらではとても貴重なもので……干し肉とか缶詰だとかそこら辺なら食べられないことはないが、ステーキという最高の形で食べるとなると途端に値段が跳ね上がる。


 クレオは以前牛肉のステーキよりバレットジャックの方が美味いとかなんとか言っていたような気もするが……まぁ、うん、上手く作ってやれば問題ないだろう。


 そうして夕食のメニューにステーキを加えた俺は、早速牛肉を仕入れるかと家を出て、商店通りへと足を向けるのだった。

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