第56話 貯金


 ナターレ島に帰還し、整備工場に飛行艇を預けた俺達は、そのまま銀行に向かい小切手を現金化し、クレオには手渡し、アンドレアとジーノには口座振込という形で報酬の山分けを行うことにした。


 一人345万……500万リブラの屋敷を買うつもりの俺達からするともう一つ足りない金額だったが、普通に暮らす分にはかなりの大金で、クレオの生活もこれで安定するだろうし、アンドレアもジーノも彼女や奥さんと良い暮らしが出来ることだろう。


「ま、俺達は貯金だけどな。

 しっかり貯金しておけば後1・2回の仕事でなんとかなりそうだ」


 銀行の窓口で受け取った振り込みやら貯金やらの書類を、一列に並ぶ立ちテーブルへ置いて、サインをしながらそんなことを呟くと、銀行の壁に飾ってあったポスターを指差したアリスが言葉を返してくる。


「株とか投資とか、国債なんてお金儲けの方法もあるみたいだけど、ラゴスもやらないの?」


 俺がなんと答えるか分かっているのだろう、ニヤニヤしながら言うアリスに、俺はサインを続けながら言葉を返す。


「そんなものは金持ちの道楽、金が余ってる連中がやるお遊びなのさ。

 金を預けても儲かるかどうかも分からないし、儲かるどころか損することだってあるんだぞ?

 頑張って稼いだ大金をそんな連中に預けるんじゃなくて、真面目に働いてコツコツ貯金していったらそれで良いんだ」


 俺のその言葉に、何故かクレオがびくりと肩を震わせる中、俺はサインをし終えて……格子に守られた窓口へと、それらの書類を提出する。


 すぐに確認が行われてドタンドタンとスタンプが押されて……受理したとの書類を受け取り、懐にしっかりとしまい込む。


「さて……じゃぁ家に帰るか?

 それともクレオ、なにか買い物をしていくか? 色々と必要だろうし、少しくらいなら荷物を持つが……」


 と、俺がそう声をかけると、何故か再度びくりと肩を震わせたクレオが、札束の入った封筒をぎゅっと握りながら声を返してくる。


「……いえ、自分も家に帰りたいです。

 一旦帰ってこの大金をどう使うか……時間をかけて考えないと……」


「確かに大金は大金だが、クレオは軍人で、しかも良いところの所属だったんだろう?

 そのくらいの金は貰えてたんじゃないのか?」


「ま、まさかまさか、こんな大金!

 一年分の給料として見れば近い金額にはなりますけど、王都での暮らしは出ていくお金が多いですし……こんな大金、貯金だろうが何だろうが、見たこともないですよ!

 こんな大金……本当に見たことなくて、色々買い物しようって気持ちが盛り上がってたんですけど……なんだかラゴスさんの話を聞いてたら盛り上がった気持ちのまま使っちゃうのもおかしいかなって思えてきてしまって……。

 一旦部屋に戻って冷静になって考えようかと……」


 封筒を握ったままもじもじとしながらそんなことを言ってくるクレオ。


 俺はそんなクレオのことをじっと見てから……指でもって口座開設窓口を指し示す。


「……一旦冷静になって考えたいなら、とりあえずその金は銀行に預けておけ。

 いくら治安が良いナターレ島だって、大金がそこにあるとなったら何か起きてしまうかもしれないし……そもそもクレオは自分の家を持ってないんだ。

 何かがあったらまず俺達を疑わなきゃならなくなるだろうし……そんなことをしなくて済むように大金は銀行に預けて、1万か2万か、そのくらいをポケットに押し込んでおけ」


 俺は子供の頃の境遇もあってか、こういうことには特に神経質だった。

 仕事を得て給料をもらえるようになったら真っ先に貯金するようにしたし、通帳は誰にも見せなかったし、その隠し場所は定期的に変えた。


 アリスにも最初は隠し場所を教えなかったし……今では教えてあるが、そうなったのはごく最近のことで、アリスに悪意がなくとも、ついうっかり誰かに言ってしまうんじゃないかと、そんなことを警戒し続けた。


 金ってのはとても大事なものだが、使い方によってはあっという間に無くなって、ただ無くなるだけじゃなくてそのついでに持ち主の人生を壊してしまうような恐ろしいもんだ。


 金が欲しいとの欲を刺激して犯罪を起こさせたり、金が余計な欲をかかせて成功していたはずの人生を大失敗させたり、そんなニュースは毎日事欠かない。


 その金を守ってくれて、俺達の手から遠ざけてくれて、ついでにちょっとした利息を付け足してくれる、銀行っていうのはありがたい存在なんだと、俺は常々思っている。


 そんな俺の言葉を受けてクレオは、こくりと頷いて、窓口へと向かい手続きを始める。


 その様子を見た俺達は壁沿いの椅子の方へと向かい、クレオの手続きが終わるまでここで待ってやるかと腰を下ろす。


 それから数分程が流れて……俺達が帰ってきたと聞きつけたのか、グレアスがドスドスと足音を響かせながらこちらへとやってくる。


「おう! ラゴス! アリス!

 無事に帰ってきたようだな! お前らに何かあったらこの書類が無駄になる所だったからなぁ……無事に帰ってきてくれて良かった良かった」


 そんなことを言いながら胡散臭い笑顔を浮かべるグレアス。


「……書類ってのは一体、何の話だ?」


 そんなグレアスに俺がそう言葉を返すと、グレアスはニカッと笑って、手にしていた書類をこちらに押し付けてくる。


「……雇用契約書?

 一体何の……ってか誰の……使用人??」


 書類の内容をアリスと見ながら俺がそう言って首を傾げると、グレアスは「おうよ」とそう言って鼻息を吐き出してから言葉を返してくる。


「あの屋敷に住むとなって、お前らだけで手入れが出来ると思うか?

 まずできねぇだろうよ、ラゴスがずっと屋敷にいるってんならなんとかなるだろうが……仕事の関係で今回みたいに何日も島をあけるんじゃぁそうもいかねぇ。

 なら誰かを雇う必要があるだろうって、そういう話だわな。

 残念ながらこの島には、あんな見事な屋敷をしっかりと管理できる人間はいないに等しい。

 今一人、管理人がいるにはいるが……あれは不動産屋が雇ってる人間でな、お前らが雇えるような人間じゃぁない。

 ってことで本土から使用人を呼ぶ必要があってな、その契約書よ。

 金が貯まって屋敷を買うとなったら、使用人に支払う契約金と、給料分の金も用意するようにな?

 ……ちなみにその書類に書いてある名前は、俺の姪っ子でな、前々から本土を離れて働きてぇって、そう言ってたんだよ。

 ってことでまぁ……一つよろしくな!」


 そう言ってグレアスは再びニカッと笑い、笑ったまま銀行から駆け出ていく。


 ……あの屋敷を紹介したのは、つまりここまで見越してのことかと大きなため息を吐き出した俺は……もう二つか三つ、大きな仕事をする必要がありそうだなと、項垂れてからもう一度大きなため息を吐き出すのだった。

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