第34話 グレアスの呼び出し


 家で家事をしていると突然グレアスの使いだという警官がやってきた。


 その警官が言うには、急いで港近くのレストランまで来てくれと、何がなんでも来てくれと、どんな用事があろうが全て後に回して来てくれと、グレアスがそう言っているらしい。


 この島の顔役であり警察署長のグレアスがそう言うのであれば否もない、素直に家事の手を止めて、エプロンを脱いで、レストランへと向かうことにした訳だが……しかし一体何事なのだろうか?


 警察が関わる用事であれば警察署に呼び出すだろうし、個人的な用事ならわざわざ呼び出さず我が家まで来たら良いだけの話……急いで来いとか、何がなんでも来いとか、一体何があったのやらなぁ。


 そんなことを考えながら港へと向かう大通りを下っていると……レストラン街の辺りに出来ている人だかりが視界に入り込む。


 何か事件があったという感じではなく、まるで何処かの映画俳優がやってきたと言わんばかりの人々の浮ついた顔はグレアスが来いと言っていたレストランへと向けられていて……俺はその人だかりが呼び出された理由なのだろうなぁと確信しつつも、なんだって俺が呼び出されたのだろうか? と首を傾げる。


 映画俳優になんか知り合いはいないし、そこにグレアスが関わっている理由もよく分からないし、俺が必要な理由が全く分からないしで、首を傾げながら人だかりをかき分けて、一歩前へと出ると……レストランのオープンテラスで一人の男が、隣のテーブルのグレアスとアリスに見守られながら、なんとも豪快に食事をしていた。


「っかー! サラダもうめぇが、この海藻サラダもうんめぇなぁ!

 野菜が美味くて海藻が美味くて、肉も魚もパスタも美味い!

 贅沢すぎんだろうよ、この島はよぉ!!

 やっぱあれだな、作るべきだよな、保養地を! ここらの島の一つや二つ買い上げてよぉ、俺様だけの療養施設を作ってよぉ、ここの料理人を呼び出して毎日美食三昧って訳よぉ!

 あ、サラダおかわり頼む、それと適当に魚を焼いてくれ、5・6匹な!

 ああ、さっき頼んだステーキも忘れるなよ! それとパンな! 焼き立てで頼むぜ!」


 そんなことを言いながら手に持ったナイフとフォークを乱舞させ、テーブルの上にある食料を次から次へと……粗野な態度の割に洗練されたテーブルマナーでもって食していく。


 背筋をピンと伸ばし、ナイフとフォークを素早く、常識外の速度で動かし、それでいてテーブルの上を乱すことのないまま、口の中に次々と料理を放り込んでいって……。


 放り込んだ料理をあっという間に噛み砕き、驚くほどの早さで飲み込んで、華麗な手付きでワインを飲んで……そうしてまた料理へと手を伸ばして。


 髭を少しだけ汚しながら食事をしているその男の顔を見て、俺が何処かで見たことあるような…? と首を傾げていると、俺の到着に気付いたアリスが、なんとも言えない苦笑いをこちらに向けてくる。


 アリスのそんな様子を見て更に首を傾げた俺は、とりあえずアリスに話を聞こうと足を進める……が、そんな俺のことをグレアスが両手と首を振って必死に制止してくる。


 グレアスはなんだってそんなに必死なのか、何だって俺を制止しようとしているのか。

 ここに呼び出したのはお前だろうと抗議の声を上げようとしていると、食事を一段落させたらしい男が、大きな声をかけてくる。


「おう! ようやく来やがったか!

 お前はこっちだ! こっちのテーブルに座りやがれ!」


 そう言われて俺は渋い顔をし、なんだってお前にそんなことを言われなければならんのだと、そんなことを考えながら、男と向かい合う席に腰を下ろす。


「良し良し、よく来てくれた。

 あー……で、実はお前に用事があってここまで来たんだが……ただアレだな、ここでする話じゃねぇだよなぁ、人だかりも随分と増えちまったからなぁ。

 ってーことで、俺様の食事が終わるまでちょっと待ってくれや、満腹になったら今日の宿に移動するからよ」


 そう言って食事を再開させる男に……俺は一体何だこいつはとか、呼び出しておいてそれかとか、そんな不満を抱きながら言葉を返す。


「まぁ、何でも良いが……よくもまぁそんなに食えるよな、底なしなのか? アンタの腹は」


 俺のそんな言葉に男は、一瞬だけ目を丸くし驚いたような顔をしてからにっこりと笑い……何がそんなに嬉しかったのか、心底嬉しそうに声を弾ませてくる。


「何しろ俺様んとこの飯は不味いからなぁ! こことは段違いなんだよ! 

 ここは何もかもが新鮮で、生命力に満ちていて……味付けも洗練されている。

 やっぱ何よりもまずは良い食料がないとなぁ、料理って文化が育たないんだよなぁ。

 辛くて甘くて酸っぱくて、それでいて素材の味がくっきり出ていて、これこれ、これこそ料理! って感じだよなぁ」


 男のその言葉に俺は、昔のことを……そこらの雑草を食べていた頃を思い出す。

 確かにあの時の草の味に比べたら、目の前の料理の味は全くの別物、天と地程の差があるもので……男の食事があの草に似たようなレベルのものであるなら、この態度や食事量にも納得が行くというものだ。


 初めて給料を貰って、その給料でまともな飯を食った時のあの感動は、今でも忘れられない。

 

 そんなことを考えながら俺が「分かる分かる」と力強く頷くと、男は気を良くして大きく笑い、あれこれとどうでも良い雑談を振ってくる。


 これだけの人だかりを集める程の映画俳優が、一体どうしてそんな食事をしているのかは知らないが、ともかく俺はそうして、しばらくの間……男と話をし続けるのだった。

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