第35話 その男の狙い


 男がとったという宿は、この島一番の白木造り3階建ての宿の最上階……最高級ってことになっているその階全てを貸し切ったものだった。


 3階全てを貸し切り、誰も3階に立ち入らないようにして、最奥以外の部屋を空にしたまま、最奥の部屋を自らの寝床にする。


 そしてその部屋は、広く綺麗なバルコニーのある、海を見渡せる一番良い部屋で……部屋の主である男が膨れた腹を撫でながら真っ白なソファに横たわる中、俺は大きな声を上げる。


「知ってたなら教えてくれても良いだろう!?」


 そう言って俺が食ってかかる相手はグレアスとアリスだ。

 よりにもよってこの男が……あんな態度で言葉を交わしあっていた相手が、この国で一番偉い王様だったなんで……知っていながらどうして教えてくれなかったのか……。


「い、いや、まさか気付いてないなんてなぁ……。

 ちゃんと気付いていて、王都で何かあって仲良くなって、それであんな態度を取っているのかってな?

 だって、ほら、お前は俺と違って会ったことがある訳だしな?」


「黙ってた方が面白いかなって!」


 グレアスとアリスのそんな解答を受けて、頭を抱え込んだ俺が深く絶望していると、その王様から大きな笑い声が上がる。


「へっへっへぇ!

 良いよ良いよ、気にすんな気にすんな!

 むしろ気安い態度が心地よくってよ、思わず貴族にしちゃいたくなるくらいに俺様はご機嫌ってもんよ。

 この立場になると、誰も彼もどうにも余所余所しくてなぁ……ここは俺様の仕事場じゃねぇんだし、普通に接してくれたらそれで構わねぇよ。

 そもそも前触れなしに来たのは俺様の方だからなぁ、無礼も何もねぇって、な?」


 この国で一番偉い王様当人にそう言われて……大きなため息を吐き出した俺は、王様が横になっているソファと向かい合っているソファへと腰を下ろす。


 するとアリスが俺の隣に、アリスの隣にグレアスが腰を下ろして……そうやって場が整うと、王様が上半身を跳ね起こし……ソファにどかりと座り直してから、ゆっくりと口を開く。


「じゃぁまずは、俺様がここに来たお題目の方から済ませておこう。

 ラゴス、アリス。最近になってガルグイユ殺しの英雄であるお前達の両親を自称する輩が増えている。

 軽く調べてはみたが、どいつもこいつも金目的の詐欺師ばっかりでな……お前達がそういった輩に騙されないよう、振り回されないよう心配してきてやったって訳よ。

 ……もし仮に本当に両親かと思うような連中に会ったとしても、まずはそこのグレアス署長に連絡をしろ。

 そうしたら俺様の部下達が詳しい調査をしてやるから、信じるも何をするもそれからにしておけ」


 その言葉に俺とアリスは素直に頷く。


 アリスがどう思っているかは知らないが、俺の方は両親には全く未練はなく……産んでくれたことは感謝しているが、捨てられたことでそれはチャラだと思っているような状態だ。


 仮に本当の両親がやってきたとしても、今更話したいこともないし、一緒に居たいとも思わない、赤の他人でしかない。


 と、俺がそんなことを考えていると、


「色々話は聞きたいと思うけど……私達のお金を奪おうっていうなら用はないかなー。

 お金が欲しければ自分で稼いでくださいって感じです」


 アリスがそんな言葉をさらりとした態度で口にする。


 ……アリスもなんだかんだと命をかけた戦場を経験してきた身だ、肝の座り方が尋常じゃぁないなぁ。


「はっはー!

 王宮で会ったときも思ったがよー、この子は年不相応の根性があるなぁ!

 この若さでこれなら、大人になった時には王宮務めも出来るだろうし、社会経験を積めば議員にもなれるだろうなぁ!

 初の女性議員は海色の髪の若き俊英……いや、中々悪くねぇんじゃねぇか?」


「いやー……あの王都で働くっていうのはちょっと、どうかなって思います。

 空気とか汚かったし、ご飯も美味しくなかったし」


 王様にまたもさらりとした態度で言葉を返すアリス。

 緊張やら何やらで飯の味も、空気がどうとかもいまいち覚えていない俺が首を傾げていると、王様はまた笑って、膝を叩きながら笑って……「はぁぁぁぁ」と大きなため息を吐き出す。


「いやぁ、良いなぁ、やっぱあれだなぁ。飯が美味いと子供も元気に育つなぁ。

 王都はもうなぁ、子供も元気がなくてなぁ……ここらの島に保養施設を作ろうなんてことを考えていたが、いっそのこと遷都をするのも良いかもしれねぇなぁ。

 ……ま、そんな話はさておいて、実はここに来た理由はあと二つ程あるんだよ。

 一つはお前達に縁深い遺跡をこの目で確認しておきたいってのと……もう一つはお前達が見たという、空の上にあったドラゴンの世界についてだ。

 改めて確認するが……あの話はガチか?」


 そう言って王様は、今までとは全く色の違う、堅く真剣な表情を作り出す。


 その表情を受けてお互いを見合った俺とアリスが、至って真剣な表情と態度でこくりと頷くと……王様は再度「はぁぁぁぁ」と大きなため息を吐き出して、


「その時のことを詳しく教えてくれ」


 と、そう言ってくる。


 それを受けて俺とアリスが、あの時あったことをそのまま、詳しく話していくと……王様は苦い顔をしたり笑ったり、渋い顔をしたりと、その表情をコロコロと変える。


「なるほど……なるほどな。

 いや、実はその話を聞いた時からお前達とは再会してぇなぁとは思っていたんだよ。

 で、そこに件の詐欺師の話が来てな、こりゃぁ良い言い訳が出来たと、こんなチャンスはまたとないぞと思ってな、ここまで飛んできたって訳なんだよ。

 ……いや、お前達を詐欺師から守ってやりたいって想いも、ちゃんとあるにはあるんだぞ?

 ただそれはそれとして、好奇心は抑えられないっていうかよぉ、かの時代の到来を期待しちゃうっていうかよぉ。

 魔物達と戦っていた魔王の時代……王様が王様をして、騎士が騎士をして、魔法が輝いていたあの時代がまたやってくるんじゃないかってよぉ、胸の高まりが収まらねぇんだよ。

 世界が何処まで広がっているのか未だにはっきりしねぇ、海だってただ海面を制しただけで、その奥深くまでは調べられていねぇ。

 だというのに空までか、空にまで未知の世界が広がってんのか、いやぁ、たまんねぇなぁ!!」


 そう言って王様は、俺達がきょとんとする中、がははと笑い、くっくっくと笑い……そうしてから両足をじたばたと振り回しながら何がそんなに面白いのか、ひたすらに笑い続けるのだった。

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