第33話 来襲


 ――――学校



 この島唯一のその学校は、今年に入って近年に無い賑わいを見せていた。

 今年に入って突然そうなったのは、ある日突然入学してきた女の子……アリスの影響によるものだ。

 

 記憶喪失という特殊な事情を抱えた子で、恐らく年齢は10歳前後。

 会話は出来るが読み書きは出来ず、当たり前の常識も持っていないという、そんな状態のアリスの入学を学校の雰囲気を悪くしてしまうのではないかと教師達は不安に思っていたのだが……それは完全に杞憂であり、むしろアリスの入学により学校の雰囲気は一気に明るくなり、それまで学業に熱心ではなかった子供達がアリスに影響されて勉学に励むようになったのだ。


 アリスはまるで他の世界で暮らしてきたかのように何も知らない子ではあったが、確かな知性と才能を持った子であり、たったのひと月で同い年の子達と同じ程度の知識を得て、更に数週間で2・3歳上の子達と同じ程度の知識を得て、半年もする頃には学校を卒業しても良いくらいの知識を得てしまっていた。


 だというのにアリスは更に多くのことを学ぼうとする姿勢を見せていて、なんとも楽しそうに元気に学業に励むアリスの姿に刺激を受けた周囲の子供達が、その姿勢を真似するようになり……その影響は学校に通う全ての子供達にまで及んでいた。


 大人びていて落ち着いていて、明るくて朗らかで。

 そんな性格のアリスはあっという間に学校中の子供達と友達になり、子供達のリーダー的存在となり……自然とその影響力も大きなものとなっていたのだ。


 時たま家の事情で、保護者の仕事を手伝うということで学校を休むこともあったが、その程度のことでアリスの成績に影響が出るはずもなく……むしろ保護者の仕事が無い時には、他の子供達が家事や家業の手伝いをしている時間帯にまで登校していて……最近では学校の図書館だけでなく、本屋にある本を次々と買いあさってまで勉強をしているようで、その知識量は教師達をも凌駕しつつあった。


 本土の大学を出ていた教師からすると色々と複雑な思いがありはしたが……アリスは決して教師を軽んじず、むしろ必要以上の敬意を示してくれる子でもあり……教師達はレアケースの天才というやつなのだろうとの理解を示して、アリスへ好意的な態度を見せるようになっていた。



 そうして今日も今日とてアリスは元気に、笑顔で学校生活を過ごしており……晴天ということもあって、校庭に出て学友達となんとも楽しそうに駆け回っていた。


 アリスが右へ駆けたなら皆が右に、アリスが左へ駆けたなら皆が左に。

 

 アリスを中心とした子供達のそんな光景を教師達が穏やかな視線で見守っていると……突然アリスが教師達の方へと、校舎の方へと駆け寄ってくる。


「先生! あれ! あれ!!」


 駆けて来ながらそんな声を上げて、空を指差すアリス。

 教師達がその指の先へと視線をやると、そこには白銀色に輝く一機の複葉機の姿があり……教師達は慌てて子供達を校舎の側へと避難させる。


 この島にやってくる飛行機……いや、飛行艇ならば、港の方に着水するはずだ。


 だというのにその白銀色はこんな奥地までやってきていて……挙句の果てにその翼にブイは無く、飛行艇特有の波を切る胴の形をしておらず、車輪なんかが生えてしまっている。


 飛行艇では無い『飛行機』が一体どうしてこんな田舎に。


 その上なんだってまた学校目掛けて飛んできているのか……何にせよろくでも無い事情に違いないと、教師達は子供達をいつでも逃げ出せるだろう位置に避難させながら、発煙筒を炊いて、周囲に……行政区の人々にこの異常事態を報せる。


 そうやって学校が混乱に包まれている中、白銀色はゆっくりと高度を落とし……着陸態勢を取り始める。


 目標はどうやらだだっ広い、何も置かれていない校庭のようで……飛行機がゆっくりと降りてきて……校庭へと着陸し、速度を落としながら校庭の中を走っていく。


「な、何者だ!!」


 飛行機に向けてそんな大声を上げたのは校長だった。

 子供達を守ろうとしているのか最前に立ち、スーツ姿に似合わぬ小さな拳銃を構え、でっぷりとした腹を揺らし、最近薄くなってしまった白髪を揺らしながらいきり立つ校長に、飛行機から降りてきた飛行帽姿の男が笑い声を投げかけてくる。


 整えられた髭を撫でながら豪快に、独特の声で笑う謎の男は、ひとしきりに笑った後、笑みを崩さずに言葉を返してくる。


「いやー、すまんすまん。

 着陸しようにも良い場所がなくてなぁ、ここしか無かったんだよ。

 驚かせるつもりはなかったんだが……結果としてそうなってしまったことは素直に謝ろう、すまんな!」


 片手をビシリと上げながらそう言った男が飛行帽を脱ぐと、男の爽やかな笑顔が顕になり……それを目にしたアリスと校長と教師の何人かが「あっ!?」との声を上げる。


 新聞を読むのであれば定期的に見ることになるだろうその顔は、この国の国民ならば誰もが知っていなければならない、学校のそこかしこにある肖像画にも描かれているものであり……その男に拳銃を向けていることに気付いた校長はパニックになり、慌てて銃口を空に向けてから弾倉を震える手で抜き取り……そうしてから拳銃をそこらに放り投げる。


「あーあー、気にすんな気にすんな。むしろ子供達を守ろうとしたその姿勢や良し! ってもんだ。

 立派立派、教師の鑑! 何なら勲章でもやろうか? 後で俺様ん家に貰いにくるか?」


 そんな男の一言で、気付いていなかった教師の全員と、年長の生徒の何人かがその男が誰であるかに気付く。


 そうやって混乱に包まれていく子供達の顔をぐるりと見回した男は、その中からアリスのことを見つけ出し、


「お、アリスちゃん! 久しぶり!」


 と、なんとも気楽な挨拶をしてくるのだった。

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