第32話 それぞれの日常



 翌日。


 アリスは学校へ行き、俺は家事をするという、いつもの日常が戻ってきた。

 練習が全く練習になっていないというか、色々と中途半端だったため、改めての練習をしたい所だったが……整備やらの関係でそれはまた後日ということになった。


 色々とあったせいで疲れた心を休めたいというのもあって、しばらくの間はいつも通りの平凡で平和な日々を送ることになる。


 そういう訳で新しい道具の数々を使って掃除をし、洗濯をし、夕飯の仕込みをし……新しい道具の力で手早く家事を終えて……そうして余った時間は勉強をして過ごしていく。


 知識をため込んだところでそれを活かせるのはいつになることやらだが……まぁ、それでもやらないよりはマシというものだろう。


 本を読み、読んで得た知識をノートにまとめて、最新飛行艇の図案を睨み、最新機のデザイン画をじっと見つめて……そんな勉強に疲れたなら映画雑誌と野菜スティックを用意しての休憩だ。


 買ったばかりのソファにどかりと座り、肘掛けにクッションを置いて背を預けて足を組み……コップに入れた野菜スティックをそこらに置いて、一本一本味の違いを楽しみながらかじっていく。


 何本かを食べ終えたら雑誌を開き、公開中の映画のラインナップをじっと見つめて、次はどれを見に行こうかと思案し、いくつかの作品にチェックを入れたら、製作中だという映画の最新情報を仕入れて完成を待ち遠しく思う。


 特に王都で王族の女性と、なんでもない男性が出会って、王都中を観光する中で恋が花開いていくという珍しい感じの映画は、王都の観光宣伝を兼ねているだけあって、かなりの予算が割かれているようで、その完成度に期待が持てそうだ。


 以前王都に行った時は何も観光出来なかったというか……それなりの日数泊まったはずの迎賓館のことすら薄ぼんやりとしか覚えてないからなぁ。


 せめてこの映画を見て、王都を観光した気分に浸りたいものだ。


 ……王都に住んでいる人達とか王様とかは、あの最先端の都市で毎日を過ごしているのだから、さぞや楽しい毎日を過ごしているのだろうなぁ。


 映画館もたくさんあってすげぇ広いと聞くし……またいつか機会を得ていってみたいもんだよな。


 今度は緊張しなくて良いように余計な予定を入れずに、ゆっくりと観光を楽しんで、そして王都の良いレストランなんかにいって……それならきっとアリスも楽しんでくれることだろう。




 ―――王都、王宮の鍛錬室



「ああまったく、どうして王都は吐き気がする程、空気が悪いんだ!!

 晴れているはずなのに煙空! ちょっと走れば顔が煤で汚れる!

 やっぱり王都に工場は建てるなって規制すべきなんだよなぁ! 別に王都でやる必要ねぇだろうになぁ! 議員の馬鹿共はよぉ、そこんとこが分かってねぇんだよなぁ!!

 あーーーー……最前線にいきてぇ、あのウサギ面が住んでいる島とか、空気が綺麗で飯もうんまいんだろうなぁ。

 海の幸がいっぱいでよぉ、こっちみたいに野菜がしなびてなくてよぉ……!」


 そんなことを言いながら、自らの身長程もある大剣を振り回す革ズボンだけを着用した男……この王城の主である国王とも呼ばれる男の言葉に、石造りの部屋の隅で待機していた職員達がなんとも苦い顔をする。


 男のためにと毎朝毎昼毎晩用意されている食事は、この王都でも最上級……職員達がその給料の大半を吐き出さなければ口にすることが出来ない程の代物なのだが、一体それの何が気に食わないのか。


 空気が悪いのは当たり前、晴れることのない煙空のせいで野菜がロクに育たないのが当たり前……他所から運んで来る関係で野菜がしなびているのも当たり前、当然の常識でしかないのに、一体この男は世界の常識の何が気に入らないというのか。


 そこら辺のことが理解出来ず、職員達は言葉も無くただただ苦い顔をする。


 そんな職員達の顔を見て男は、大きなため息を吐き出してから全身の筋肉をきしませ、轟音を唸らせながら大剣を振るい……目の前に置かれた、鉄の塊を、人の形をした……職員達が苦労してここまで運んだ鉄の人形を、一撃でもって真っ二つにする。


「……ちぃ、ただの鉄じゃぁやっぱこんなもんか。

 おい、ミスリルも量産可能になったんだろ? ならミスリルの塊を持ってこいよ、ミスリルをよぉ! 人形や板じゃぁなく塊でぇ!

 あれならこの剣でもそう簡単には斬れねぇだろうし、数日間は楽しめるはずだ。

 そーでもしないとよぉ、暇で暇でよぉ、あぁぁぁぁ~~~~魔王復活しねぇかなぁ!!」


 と、男がそんな滅茶苦茶なことを口にしていると、そこに職員の一人が書類を手に駆けてくる。

 そしてそれを男に手渡し、書類を受け取った男はその内容を読むなり書類を握り潰し、紙くずへと変貌させる。


「くっだらねぇ報告よこしやがって。

 なーにがアリスの母親を名乗る馬鹿が現れました、だ!

 あの子にアリスと名付けたのはあのウサギ面だ、私がアリスの母親ですーなんてふざけたことを言ってる次点で騙りだろうによぉ! 

 せめてその髪を青く染めて、その目をえぐり出して青い宝石を詰め込んでから騙れってんだよなぁ……! 白黒写真じゃぁ髪の色までは分かりませんってかぁ!!

 これで何人目だぁ、アリスの親だから自分にも金よこせっつう馬鹿はよぉ、ウサギ面の親を騙る馬鹿夫婦も確か一組いたんだよなぁ!

 仮にそれが本当だとして、自分達が捨てた子供に金欲しさに会わせてくださいってのはどういう了見だってんだよなぁ!!」


 そう言って男は、手にしていた大剣が邪魔になったのか大きく振り上げて……頑丈な造りとなっているはずの訓練室の床へと、力任せに突き立てる。


 大剣の半分程が床に沈み……それを見て職員たちが面倒なことをしてくれたと顔を青くする中、男は顔を歪ませて嫌な笑顔を作り出し、笑い混じりの声を上げる。


「あーーー、この調子だとアレだなぁ。

 あのウサギ面の下にも馬鹿が現れるかもしれねぇなぁ。

 するってーと……そのことを誰かが忠告してやる必要があるよなぁ?

 電報で送るのはー……内容からして憚られるし、手紙ってのも到着まで時間がかかるから良くねぇ。

 へっへっへっへぇー……ってことはよぉ、誰かが直接行くのが手っ取り早いよなぁ。

 よしよしよしよし、仕方ねぇ仕方ねぇ、言い訳が立っちまった以上は仕方ねぇなぁ!!

 これも公務だ! 俺様の愛機がありゃぁ数日で着くだろうし、ここは一つこの俺様に任せておけ……!!」


 そう言って男は全力で駆け出す。


 慌てて止めようとする職員を突き飛ばし、全身を覆う汗を拭うこともせず、全力で持って自室に駆け込み、適当に服を着て、こんな日が来た時の為にと用意しておいた鞄を引っ掴み、これまた用意しておいた札束を胸元に押し込んで。


 そうやってなんとも雑に準備を整えた男は、尚も男を止めようとする職員全てを突き飛ばしながら、男の為に……暇を持て余すと何をしでかすか分からない男をあやす為に、鎮静剤代わりに用意された特注の『飛行機』に乗り込み……こんな日の為にとこっそりと燃料を入れておいたエンジンを、動かないはずのエンジンを始動させる。


 そうして飛行機を発進させた男は、王宮の庭を貫く滑走路から飛び立って王宮から……王都から見事なまでに逃げ出すのだった。


 

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