第16話 回収船


「で、で、いつ行くの?

 明日?」


 俺が仕事を受けたと言うなり、アリスがそんなことを言ってくるが、俺は首を左右に振ってから言葉を返す。


「明日は無理だ。

 3日後か、4日後か……十分な準備をしてからになるな。

 俺達の準備も勿論だが、回収船の手配もしなければならないし、そういった都合が全部整ってからの話になる」


 ワイバーンならいざしらず、相手がドラゴンで……その上5mもの石の巨体を持つガルグイユだ。

 回収船無しでの回収などまず不可能だし……その素材の7割は国の物ということになっている関係から海に沈めてしまう訳にもいかない。しっかりと信頼のできる回収船を手配する必要があるだろう。


 幸いガルグイユの住処は分かっていて、資料に書いてある場所までなら半日程での行き来が可能。ならばとにかく焦らずに、しっかりとした準備をするべきだ。


 と、俺がそんな説明をアリスにしてやっていると、静かに話を聞いていたグレアスが話に入り込んでくる。


「回収船なら港の方に行って、組合の連中に頼めば問題ねぇだろうな。

 警察署の建材だとか家の建材だとかを運んでみせた連中がいるからな、そいつらに頼めば問題なくこなしてくれるだろうよ。

 勿論相応に金はかかるだろうが……ま、今のラゴスなら問題なく払える額だろう。

 ……だがあれだぞ、今回の件は失敗しても特にお咎めはないが……報酬はあくまで成功報酬だ。

 失敗した場合の経費やらは完全に自費ってことになるからな、その覚悟はしておけ。

 ……ま、無理をして死んでも仕方ねぇ、あの飛行艇があれば借金も簡単に出来るだろうし、怪我せず飛行艇を失わず、無事に帰ってくることを最優先に考えりゃそれで良いだろうよ」


 そんなグレアスの助言に対し、俺が、


「ああ、そうするよ、ありがとうな」


 と、返すと、グレアスは目を丸くして意外そうな表情をして……そうしてから立ち上がり「じゃぁな」と一言を残し、立ち去っていく。


 その背中をアリスと一緒に見送って、もう一度心の中で礼を言った俺は……膝の上のアリスを持ち上げて、テーブルに座らせてから立ち上がり……キッチンへと足を向ける。


「夕飯は今から作るから、少し待ってろよ。

 あ、っていうかアリス、帰ってきてから手洗いうがいしてないだろ、しっかりやっておけよ。

 それと飯が出来上がるまでにテーブルの上を片付けて、布巾で綺麗に拭いておいてくれ」


 と、キッチンに向かいながら俺がそう言うと、アリスは「はーい」との返事をしてテーブルから飛び降りて……パタパタと駆け出し言われた通りのことをし始める。


 そうして俺はキッチンへと向かって……エプロンをし、手を洗ってから夕飯作りをし始める。


 と言ってもそんな大したものは作れないので、昼の間に買っておいた適当な野菜と海藻とチーズを混ぜたサラダと、適当な海産物とトマトを混ぜたパスタを雑に仕上げる。


 これとジュースがあれば……まぁまぁ、悪くないバランスだと言えるだろう。


 パスタを仕上げ終えた俺はアリスが片付けてくれたテーブルの上にそれらを並べて……二人で今日あったことを話し合いながら、仕事の準備は明日になってからしようなんてことを話し合いながら食べ上げ、歯を磨いて順番で風呂に入り、パジャマに着替えてベッドへと潜り込む。


 そうやって俺は贅沢しない程度の、当たり前の生活を遅れることに感謝しながら……静かに目を瞑るのだった。




 翌日。


 朝食を済ませてアリスの見送りを済ませた俺は、回収船を手配するため港へと足を向けていた。


 家を出て、大通りを通って……商店通りを過ぎ、酒飲み通りを過ぎて、レストラン通りを過ぎたらそこが港だ。


 港で働く連中や他所から来た連中の為に港近くにはそういった商店が集中していて、いくらかのホテルなんかも建っている。


 俺からしてみると港の側はいろいろな匂いが混在していて、あまり過ごしやすい場所ではないんだが、他所から来た連中は海に近いホテルをありがたがるものらしい。


 窓をあけて潮騒を聞きながら眠るのが良い……らしいのだが、早朝から次々と出ていく漁船とか、漁を終えて帰ってきた連中の雄叫びとか、缶詰工場から漂ってくる生臭さとか、そこら辺はどうしているんだろうなぁ。


 ……と、そんなことを考えながら港の管理事務所の方へと足を進めていると、いかにも海の男と言った風情の男……獣人の、恐らく犬の獣人の男が俺の前に立って笑顔を見せてくる。


 薄汚れた白いタンクトップに、黒革のズボン。

 筋骨隆々で茶短髪、頭の毛と同じ色の毛に覆われた尻尾をふさふさと振っていて、俺とは違って頭の上ではなく頭の横、人間の耳がある位置に犬の耳に似た毛深い耳を持つ男。


 その男はニコニコと笑顔を見せ続けて……俺が誰だこいつとか、一体何の用だろうかとかそんなことを考えていると、しびれを切らしたように笑顔を止めて、野太い声をかけてくる。


「おう! グレアスさんから話は聞いてるぜ!

 探してるんだろ? 大岩を運べる回収船を!

 オレ達なら岩だろうがドラゴンだろうが、お前の飛行艇だってついでに運んでやれるぜ!

 報酬はお前が手にする素材売上の一割でどうよ!!」


 そう言って再び笑顔になって、握手をしようと手を差し出してくる男のことを、じっと見つめた俺は……、


「とりあえず回収船を見せてくれ、話はそれからだ」


 と、そう言って握手はせずに視線だけを返す。


 今回は依頼元が国の……稼ぎの大きい仕事だ。

 どんな連中なのか、どんな能力を持った連中なのか分からないまま、契約を結ぶことなんて出来ない。


 たとえグレアスの紹介があったとしても無理な話だと、俺が態度でもって示していると、男は意外にも怒ることなく、にぃっと笑って……「こっちだ」と一言だけを口にして踵を返し、港の方へと歩いていく。


 その後姿をじぃっと見つめた俺は……とりあえず船を見るだけ見てみるかと、男の後をゆっくりと追いかけるのだった。

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