第17話 準備万端


「これがオレ達自慢の回収船だ。

 クレーン付き、馬力も抜群、これだけで大きな石像の運搬はできねぇが、運搬用の台船を使えば問題はないだろう。

 勿論石材の運搬経験もありで、5mどころか10m近い石材も運んだことあるぜ」


 船着き場まで案内してくれたベルガマスという男が見せてくれた船は、縦長のしっかりとした白い船体に、赤い鉄骨で組まれた大きなクレーンを構える中々の面構えの船だった。


 確かにこの船であれば魔力で浮くガルグイユを軽々と釣り上げられるだろうし、水に浮かべた大きな土台の船こと台船があれば問題なく運べるだろう。


 最初はエンジンルームの中まで見せてもらおうと考えていたが、細かい部分の手入れや塗装の丁寧さを見ても、しっかりと手入れをしていることは明らかで……わざわざ見なくても良さそうだ。


 整備員としての目でみても問題のないその船を眺めて……俺がこくりと頷くと、ベルガマスはにっこりと笑って尻尾を振り回しながら握手を求めてくる。


 今度はしっかりと握手を返して、そのまま値段やらの交渉を進めて……日程などの詰めや契約書へのサインもこの場で済ませておく。


 俺とアリスは飛行艇で現場に向かうから、足の遅いこの船には先に出ておいて貰う必要があるだとかを話し合い……そして帰還時の護衛をどうするのかに話が至ると、ベルガマスは苦い表情をしながら呟くように声を絞り出す。


「護衛……か。

 やはりハイエナか?」

 

 ハイエナ、泥棒野郎。

 要するに獲物と戦いもせずに、誰かが倒した獲物を奪うというそういう連中のことだ。

 獲物がドラゴンってだけでもハイエナに狙われる可能性があるってのに、相手が国でも苦戦するガルグイユとなれば、当然その可能性は高くなるだろう。


「ああ、警戒をする必要はあるだろうな。

 正直俺もガルグイユがいくらで売れるかは想像もつかないからな……回収船なら伝手があるんだろうし、そっちで護衛を用意するというなら、そっちに任せるが?」


「ならこっちに任せてくれ。

 獲物と戦った後の消耗したアンタに護衛をさせるだなんて、気が引けるなんてもんじゃねぇからな、信頼できるのを揃えておくよ。

 それとうちの船員は全員が全員、オレのようなガタいの良い獣人ばかりだからな、しっかり武装しておけば、それだけでハイエナ連中は逃げ出すだろうよ」


 そう言ってにんまりと笑うベルガマスと、更にいくつかの事項に関する話し合いを進めていって……昼を少し過ぎた、いい感じに腹が空く頃にようやく話し合いが終わる。


 そうして俺はベルガマスと再度握手をし「当日はよろしく頼む」との言葉を残し……その場を後にする。


 グレアスが声をかけてくれた相手だ、悪い相手では無いとは思っていたが、随分と良さそうな、当たりを引けたようだなと足取り軽く港の中を歩いていって……そのままレストランにでも寄って帰ろうかとレストラン通りへと足を進めて、店の吟味を始める。


 するとまだ一度も行ったことのない、中々良さそうな匂いをさせているピザ屋があり……そこに入ろうとしていると、大通りの向こう……町を貫く上り道の向こうから青い髪を振り乱しながらアリスが駆けてくる。


「おいおい、学校はどうしたんだ」


 と、俺が声を欠けるとアリスは、


「今日は午前で終わり! 言っておいたはずだよ!」


 と、そう言ってピザ屋の中を覗き込む。


 そうしてスンスンと鼻を鳴らしたアリスはこくりと頷いて、そのまま俺の手を取ってピザ屋の中へと凄い力で引っ張っていく。


 鼻の良い……舌の肥えたアリスが選んだのなら間違いないだろうと、席についてメニューを手にとった俺は、腹いっぱい食べてやろうと少し多めに、野菜いっぱいのトマトピザを注文するのだった。



 

 五日後、朝。


 ガルグイユ討伐の準備を整えた飛行服姿の俺とアリスは、かつて働いていた整備工場へと足を向けていた。


 海に面した造りとなっている整備工場は、海からそのまま工場の中へと入れるスロープが設置されていて……逆に整備工場からそのまま海へと出ることが出来る作りになっている。


 整備ついでに飛行艇を工場に預けて管理して貰い、工場から海に出て飛び立つという、桟橋代やら何やらを節約するための俺が考えたプランは、整備代をたっぷりと払ったおかげですんなりと受け入れて貰うことが出来て……今後もそういった形であの飛行艇を運用していくことになるだろう。


 個人で管理するより安全で安心で、入念で丁寧な整備も期待できる。

 少しの金を余計に払う必要があるのは欠点と言えば欠点だが……確実にそれ以上のバックがあるアイデアだろう。


 そんなことを考えながら工場の中へと入ると、飛行艇がスロープの前に置かれて、いつでも飛び立つように準備を整えられていて……俺は飛行艇の状態の確認をせずに、油に汚れたツナギ姿の、口ひげをいっぱいに構えた親方に声をかける。


「どうです? すぐに出られますか?」


 すると親方はにんまりと笑って、薄くなってきた頭を光らせながらこくりと頷く。


「整備は完璧、弾薬も一発一発問題が無いか確認したものを装填しておいた。

 500と500とで1000……それとあの回収船にも1000発ずつの弾丸を預けておいたぞ。

 もし足りなくなったら一旦引いて回収船と合流して……装填してからヤツにトドメをさしてやれば良い」


 昨日一足先に出立した回収船には弾以外にもいざというときの修理道具を……俺が使っていたものを預けてあるらしく、あっちで何かがあってもそれでなんとか出来るだろうと、そう言って親方は俺の肩をバンッと叩いてくれる。


 それに「行ってきます」との言葉を返し、こくりと頷いた俺は、他の整備員から受け取ったらしい大きな鞄を肩にかけ、海図と方位磁石を握りしめながらにっこりと笑うアリスと共に、飛行艇に乗る為のタラップへと、足をかけるのだった。


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