第9話 発進


 大きなため息を吐き出した俺に、飛行服姿のアリスは大きく首を傾げて「何か言いたいことでもあるの?」とその笑顔で問いかけてくる。


 実際のところは色々と、あれこれと言いたいことがあった訳だが、アリスなりに今日までの間頑張ってくれていたと知った今、それらを口にすることが出来ず……俺は何も言わずに、がくりと項垂れる。


 するとアリスはそれを了承のサインと受け取ったのだろう、飛行艇の側までタタタッと駆けていって、グレアスの手を借りながら後部座席へとその身を潜り込ませる。


 その様子にもう一度大きなため息を吐いた俺は、飛行艇の翼に触れ、ブイに触れてと機体に問題が無いか確認し始める。


 整備員の性根というかなんというか……俺だけでなくアリスも乗るからには徹底的な安全確認を欠かす訳にはいかないのだ。


 そうやってエンジンルームの中まで検めて、マナストーンの様子もしっかりと確認し……そうしてから操縦席へと座り、スティック型の操縦桿をしっかりと握り、足を操縦ペダルにしっかりと差し込む。


 普段は木造の飛行艇の整備をしているせいか、この鉄板だらけの光景というのは中々の違和感があるが……基本的な仕組みは従来の飛空艇とそこまでは違わないようだ。


 そんなことを考えながらエンジンを起動させる前にと、操縦桿とペダルを動かして調子を確かめていると……アリスが後ろから大きな声を上げてくる。


「ラゴス! ラゴス! 左側の壁のとこに引っ掛けておいた通信機を頭にかけて!!」


 通信機? と、その声を受けて首を傾げた俺が左壁へと意識をやると、そこにはおかしな形の、U字型にひん曲がった棒のような何かがあり……それと手に取ると、その棒の先端からアリスの声が響いてくる。


『これが通信機! ラゴスの上司のおじいさんに頼んで作ってもらったの!

 私のとラゴスの、二つあってコードで繋がってて……ラゴスのはこの棒で頭を挟むようにして乗せて、上の方で音を聞いて、下の先端の方に語りかけて音を伝えるの!

 強く引っ張るとコードが切れちゃうから気をつけてね!!』


 とのアリスの説明の通り、その変な棒には細いコードが繋がっていて……そのコードは機体の中を通って後方へ、アリスの方へと伸びている。


 座席の改修のついでにこんなものまで作ったのか。

 というか改修はうちの整備工場が請け負ったのか……。


 挙句の果てに爺さんにまで働かせて……こりゃぁ後で礼を言っておく必要がありそうだなと、そんなことを思いながらアリスに促されるまま、飛行帽の下にその通信機を乗せて飛行帽を被り直す。


 するとすぐに通信機を通した、くもったアリスの声が聞こえてきて、その声に適当な返事をしながら確認作業を進めていく。


『どう? 聞こえる?

 空の上じゃぁお互いの声が聞こえないと思って、ずっとおじいさんに相談してたの!

 普通には作れないからって魔法使いのおばあさんにも手伝って貰ったんだって!!』


「相談してたってお前……この飛行艇が俺達のものになるって言われたのは昨日だったろうが」


『ちがうもーん、見つけたあの時からもう私達のものになるって決まってたもーん。

 ……そんなことよりもラゴス、飛行艇の操縦……出来るの?』


「……お前な、俺が操縦出来るかどうか分からないってのに乗り込んだのかよ……?

 ……まぁ、これでも一応飛行艇の整備員だからな、操縦法は熟知しているし、何度か操縦したこともちゃんとあるぞ。

 整備工場までの移動、相手が指定した場所への搬入、他にも微妙なことを言う飛行艇乗りの為に何度も何度も乗って整備を繰り返して、調整をすることがあるからな」


『……微妙なことを言う??』


「はっきりと何処が悪い、ここを直してくれって言える飛行艇乗りは稀で、感覚的なことを言うのが多いんだよ。

 操縦桿が若干重い気がするとか、右側に引っ張られている気がするとか、いまいちフラットに飛べないから調整してくれだとか。

 そういう飛行艇乗りの感覚的な言葉を、しっかりと理解するために自分で乗って確かめることがあるってことさ」


 そう言ってエンジン始動の準備を整えた俺は、この機体独特のエンジンスタートスイッチ……足元右脇にあるマナエンジンとの文字が刻まれた銀色のレバーをしっかりと握りぐいと押し込む。


「……まぁ、戦闘だとかの経験は無いから素人に毛が生えた程度の腕になるんだろうが、それでも操縦は出来る……。

 それとあれだ、俺は他の連中みたいに学校を出ていないからな、実のところ気圧がどうとか、飛行艇の細かい仕組みだとか、分かってない部分も多いかったりするから覚悟しておけ。

 俺の操縦は実際に操縦して覚えた他のそれ以上に感覚的な、勘頼りのものだから……つまりはまぁ、荒っぽいってことだ、舌を噛むなよ!!」


 と、そう言って俺は操縦桿を握り、ゆっくりと飛行艇を発進させる。


「おう!! 気をつけていってこいよ!

 そんでもって山程ドラゴン共を狩ってきて、この島の景気を良くしてくれや!!」


 桟橋からのグレアスのそんな言葉に後を押されながら、ゆっくりと飛行艇が水の上を走り……まずはとそのまま水の上を走らせ続けて操縦と、この鉄……ミスリル製の機体の重さに慣れていく。


 木のそれとは全く違う鈍重かつ鋭い反応に驚き、エンジンの異常なパワーに驚き、そうしながら感覚で、勘で機体のくせを把握していって……数十分の間そうしてから、操縦桿を操作し、機首を上げて一気に離水させる。


『いっけぇーーー!!』


 荒っぽい操縦をするぞとの、俺の言葉に怯みもせず、そう言ってくるアリス。

 その声には喜色が満ちていて……アリスの声に更に後押しされた俺は、飛行艇を一気に上空まで飛び上がらせる。


 ……と、その時だった、普段仕事で飛行艇を操縦している時には襲ってこない、独特の感覚が襲ってくる。


 高揚感というか、興奮というか……何かから抜け出したような、重くまとわりつく何かを振り払ったような、そんな感覚。


 抜け殻を脱ぎ去ったといっても良いその開放感に、全身を震わせた俺は、


「行くぞぉぉぉぉ!!」


 と、声を上げながら、マナエンジンのパワーに任せて島の上空を思うがままに、自由気ままに飛び回り続けるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る