第10話 鷹


 単葉機を楽々と飛ばすだけあって、マナエンジンの性能は凄まじいものだった。

 

 ただ回転数が凄まじいだけでなく、ブレのない安定した出力をし続けていて……木と違って歪みにくいミスリルの翼がその出力によって生み出される揚力をしっかりと受け止めてくれている。


 機体の重さなどなんのその、エンジンの安定性と機体の安定性がそんなことなど気にならないくらいの性能を見せつけてくれて……速くて安定していて、鋭い旋回が可能で、今までの飛行艇を圧倒的に凌駕するその性能は、確実に俺の手には余るものだった。


 とは言え泣き言はいっていられない、この飛行艇で生きていくと、これからアリスと一緒にやっていくと決めたからには、どうにかしてでもこれを乗りこなす必要があるんだ。


『いっけー! 飛べ飛べ飛べー! ひゃっほー!』


 なんて気楽なアリスの声を聞きながら、俺は全力で操縦桿を握り、懸命にペダルを踏み込む。


 そうやって空を飛んで、空の冷たい空気を切り裂いて、飛行帽と一体となっているゴーグルの中から魔物に見立てた雲をじっと睨みつける。


 あれがドラゴンだとしてどう飛ぶべきなのか、機関銃を発射したとして相手はどう動いてくるのだろうか。


 そんなことを考えながら懸命に……この飛行艇に俺が慣れるまで飛び続けて、かなりの時間が経った頃、俺は飛行艇の速度を緩めて、ゆるやかに真っ直ぐに、静かに飛ぼうと機体の姿勢を整える。


『……ラゴス? どうしたの?』


 先程までの練習飛行が余程に楽しかったのか、呑気にそう言ってくるアリスに、俺は切れかけた息を荒く吐き出しながら言葉を返す。


「……す、少し休憩だ。

 本当は着水して休みたいんだが……一度降りたらまた上がってくるのは、気力的に少し難しそうだ。

 という訳でこのまま空で休憩するぞ」


『ふぅん? 疲れたの?

 なら右側の壁の、後ろの方を見て……そこに紙の箱があるでしょ?

 それ、中に飴が入ってるから、それを舐めると良いよ』


 言われるままに右の壁の、後方へと視線をやると、そこには四角い紙の箱が……押し出し式の蓋になっている箱が鉄枠の隅に押し込まれていた。


 箱の上の部分を押すと、箱の下にある取り出し口がぐいと押し出されて、そこから飴が転がり出てくるという、飛行艇乗りの為に開発されたその箱を手にとった俺は、操縦桿にぐいと押し付けて取り出し口を押し出し、そこから飴を三個、口の中へと流し込む。


 するとフルーツの香りと強烈な甘さが口の中に広がってきて……俺がその甘さ堪能しながら疲れを癒やしていると、


『あ、鳥さんだ』


 と、アリスがそんな一言を口にする。


 それを受けて俺が周囲に視線を巡らせると、飛行艇を並行するように飛ぶ、一羽の鷹の姿があり……その鷹が鋭い目でもってじっとこっちを睨んでくる。


「ああ……鷹か」


『これが鷹? へー、初めてみた!』


 なんて呑気なことを言うアリスに、俺は鷹がどうしてここにいるのか、鷹がどういう鳥なのかを説明していく。


 かつてこの世界には、人と動物だけが暮らしていて、魔物はただの一匹も存在していなかったらしい。

 だがある日突然、何処からともなく魔物達がやってきて、人と動物達はそれまで生活していた場所と、その命を理不尽に奪われてしまったのだ。


 特に空は悲惨で……ドラゴンという強力な魔物が現れたせいで、鳥達は空を自由に舞い飛ぶことが出来なくなり、鳥達は空以外で生きていく道を選ばざるを得なくなった。


 一部は森の中の、木々の合間に隠れながら飛び、一部は地面を歩く生き方を選び……。


 だが鷹は……鷹を始めとした一部の鳥達は、それでも空に拘り、ドラゴン達に支配されてしまった空を舞い飛び続けた。


 するとドラゴン達は食料とする訳でもないのに、そうする必要も無いのにそんな鷹達を襲い始めて……かつて世界中に存在していたらしい鷹達は、絶滅寸前という所まで追い詰められることになったんだ。


 それでも鷹は空に在ろうとし続けて……そうして時が経ち、他の鳥達が全滅し、あるいは退化してしまい空を飛べなくなってしまっても、それでも尚も空を舞い飛び続けた。


 ……そんな鷹を愚かだと言う者もいれば、誇り高いと言う者も居て……俺はそんな鷹のことが結構好きだったりする。

 

「……人が飛行機を開発し、ドラゴン達との戦闘を始めると、鷹達は人が奪い返した空を好んで舞い飛ぶようになったんだ。

 そんな鷹達のことを他力本願だの何だのといって馬鹿にする連中がいるんだが……俺はそうは思わないな。

 馬鹿にされても、屈辱の中にあっても、泥水を啜ってでもこの空で生きてやるってのは、それはそれで誇り高い生き方なんだろうし……それにただ人の世話になってやろうってだけじゃなく、鷹は鷹なりに人の役に立とうと……借りを返そうとしてくるんだ。

 野に居る鼠を取れば良いのに、町の中の鼠ばかり取って、厄介な毒蛇にわざわざ襲いかかって……。

 今こうして一緒に飛んでくれているのも、下手くそな飛び方をしている新米の俺達を鷹なりに守ろうとしてくれているのかもな」


『なんだその飛び方は、そんな有様じゃぁドラゴンに食われちまうぞ』


 と、そんなことを言いたげな鷹の目を見つめながら俺がそう言うと、鷹はまるで俺の言葉を理解しているかのように、甲高い声を……笑い声のような鳴き声を上げる。


 大昔の鷹はもっと小さくて、そこまで賢くもない鳥だったらしい。

 だがドラゴンとの戦いの日々の中で……必死に空で生き残ろうとする日々の中で、その身体が大きくなり、驚かされるくらいに賢く進化していった。


 その賢さは、人の言葉の意味を理解してもおかしくない程だとも言われていて―――。


 と、俺がそんなことを考えていると、前方をその鋭い目で睨みつけた鷹が、


「キェーーーーーー!!」


 と、凄まじい鳴き声を上げてくる。


 尋常では無いその様子に驚きながら、慌てて鷹が見ている前方へと視線を戻すと……空を舞う3つの影……二本足のドラゴンもどき、ワイバーンの姿がある。


 俺がその姿を確認したのを見届けると、鷹は何も言わずに減速し……そのまま何処かへと飛び去ってしまう。


 その姿を見送った俺は、再度ワイバーンの方へと視線を戻し……さて、どうしたものかと頭を悩ませるのだった。

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