第8話 夢のマイ飛行艇


 あの遺跡で見つけた飛行艇が俺のものになるという、にわかには信じられない言葉をかけてきたグレアスは、困惑する俺に一通の封筒を押し付けてくる。


 その封筒には見知らぬ誰かの名前の署名がされていて……俺が一体誰なのだろうかと首を傾げていると、横から背伸びをしながら俺の手元を覗き込んできたアリスが、


「知事のお名前だよ」


 と、小さな声で教えてくれる。


 国王の次に偉い大統領の部下、各地域を統括する偉い人……というのが俺が知る限りの知事という存在であり、そんな偉い人がなんだってまた俺なんかに手紙を……?


 と、そんなことを考えながら封筒を開封すると、中から何枚かの手紙が出てくる。


 その手紙には綺麗な文字の丁寧な文体で……随分と回りくどい表現でもって長々と今回の件についてのことが書いてあった。


 それを一生懸命に理解し、俺なりに要約すると……つまりはこういうことだ。


『あの飛行艇に使われている技術の調査は無事に完了した。

 エンジンに機関銃に、あの不思議な鉄の外板に、とても実りの多い調査だった。


 そして調査の結果、分かったことだが、実のところあの飛行艇の真価はその技術にあり、飛行艇そのもの価値はそこまでのものではないようだ。

 ならばいつまでも研究所にしまい込んでおくよりも、誰か信頼できる者に託し、運用して貰い、多くの魔物達を討伐してもらった方が良いのではないだろうかと、私はそう考えた。


 どんな技術も使ってみて初めて分かることがあるものだ、使わずにしまっておくのは勿体なさすぎるというものだ。


 あの飛行艇が国内で使われている限りは、我が国の所有物であり続けているという言い訳も立つということで、陛下も特例としてお許しをくださった。


 君があの飛行艇を託すに値する、信頼出来る者なのかという問題はあるが、あの時私の娘を助けてくれた君ならば、きっと私の信頼に応えてくれるに違いないと、私はそう信じている』


 そんな内容の手紙を呼んで、俺は何も言えなくなり、なぜだか目の奥が熱くなって涙が出てくる時の、あの独特の感覚を覚えてしまう。


 あの時の女性が知事の娘だったなんてだとか、色々な驚きがあったのだが、それよりも何よりも、偉い人に俺の生き方が……俺の行動が認められたのが嬉しくて、涙を堪えられなくなってしまう。


 するとそれを見ていたグレアスが、すぐ側までやってきて、俺の両肩をぐいと掴んで力いっぱいにグラグラと揺らしてくる。


「見直したぞ、ラゴス」


 そんなグレアスの言葉に、あんたはいっつもそればっかりだなとか、何度見直したら気が済むんだとかそんなことを思いながら俺がこくりと頷くと……肩を離したグレアスが、ばんばんと俺の両肩を力いっぱいに叩いてくる。


 そうするグレアスの目には涙が溜まっていて……それを見た俺は、情けない声を上げてしまうのをどうにかこらえながら、


「なんでアンタが泣くんだよ」


 と、そんな一言を吐き出すのだった。




 そうして俺は飛行艇を手に入れた。


 もともと搭載してあった機関銃は、研究の為ということで接収されることになったが、その代わりにナガフネ工房の8mm機関銃を2門搭載。

 エンジンとの調整の方も済ませてくれたそうで、弾丸も出来が良いのを二箱分……2000発も用意してくれた。


 試作品ということで作ったらしい鉄板……いや、古い伝承から取ってミスリル板と名付けられた外板も、修理用としていくらか貰うことが出来て、マナストーンへの魔力も満タンに充填。


 まさに至れり尽くせり、名目上は国王の所有物となっているそうだが、国内で運用するなら俺の好きにして良し、最悪撃墜されても文句は言われないそうだ。


 そんな夢のような飛行艇を手に入れた俺は、その日のうちに仕事をやめて、飛行艇乗りとしての登録を済ませ、グレアスの協力の下で賞金稼ぎの免許を発行。


 貯金を使って飛行服を手に入れて、俺の耳を抑え込んでくれる大きめの飛行帽も買って……そうして翌日。


 警察署所有の波止場の、一段と長い桟橋へとアリスと一緒に向かうと、そこには……あの日見たあの青い飛行艇が、その機体と両翼の下にあるブイでもってぷかぷかと浮かんでいて……。


 浮かんでいて……。


 ……うん?


 そこにあった青い飛行艇の姿がどうにも以前見たそれと一致しないというか、明らかに改造されている部分があり……俺は桟橋を歩いていって、その先で両手を腰に当てて、大股を開いているグレアスへと声をかける。


「なぁ、グレアス……なんでこの飛行艇、複座になってるんだ?

 あの操縦席の後ろにある席……前は無かったよな?」


 と、俺がその席を……まるでアリスが座る為に作られたかのような小さな席を指差しながらそう言うと、グレアスはきょとんとした顔をしながら声を返してくる。


「あん? お前は一体何を言っているんだ?

 なんでも何も、これはアリスのための席だろうが。

 知事や陛下に手紙を書いたり、俺のとこに何度も足を運んだり、この飛行艇がお前のものになるように頑張ってくれたのがそこにいるアリスで、そのアリスの為に改修してやったんじゃないか。

 大変だったんだぞ? たったの一日でミスリル製のこの飛行艇を改修するのは。

 まぁ、燃料タンクやらがないおかげで中には余裕があったからな、中々快適な座り心地になったはずだぞ」


 そんなグレアスの言葉を受けて、俺がアリスの方へと……俺の後ろに立っているアリスの方へと振り返ると、つい先程まで白いワンピース姿だったはずのアリスが、いつの間にやらファーのついた飛行服を身にまとい、アリスと青い糸で刺繍された飛行帽を被っていて……それを見て俺は大きな……これまでの人生で最大のため息を吐き出すことになるのだった。

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