第7話 二人にとっての正しい道


「たんようき? なにそれ?」


 俺が呟いた一言に対し、首を傾げながらそう言って来たアリスは、答えを求めてなのか俺のことをじぃっと見つめてくる。


 それを受けて俺は……「学校に行ってない俺の説明に期待するなよ」との前置きをしてから、手振りを混じえての説明を始める。


「飛行機ってのはこう、エンジンを回してプロペラを回して、前に突き進みながら特別な力……揚力を翼に受けて空を飛ぶもんなんだ。

 で、この翼が大きければ大きい程、大きな揚力を受けられるんだが……翼が大きいと当然それだけ機体が重くなってしまうだろう?

 更に大きければ大きいほど空気抵抗のせいで翼が折れやすくなるし、ドラゴンと戦う為に必要な小回りが効かなくなっちまうで、とにかく損しかないんだ。

 そうすると翼を小さくするしか無いんだが……小さな翼だと今度は飛行機そのものを飛ばせるくらいの揚力を受けることが出来ないんだよ」


 手で一生懸命飛行機のような何かを作りながらの俺の説明に、アリスはうんうんと頷きながら聞き入ってくれる。


「エンジンが今の倍か3倍くらいの性能ならこの飛行艇みたいな小さな翼一つでも空を飛べるんだがな、今の技術ではそれは無理な訳で……大きくて折れない翼、鉄の翼を作ろうにも、重くなり過ぎてエンジンが負けるので無理。

 つまり今の技術では、軽い木製の翼かつ、小さな翼でどうにかする必要があってだな……そこで翼を二枚にするという、複葉機という発想が生まれたんだ。

 アリスも見たことあると思うが、上下二枚の翼を作って、それらをつなぎ合わせて固定したもの……それが今の飛行機の常識、複葉機だ。

 複葉機は軽いし小回りは効くし、作るのも楽だしで、三枚翼、四枚翼の複葉機を作ろうって話がある程に飛行機の常識……なんだが、この青い飛行艇は翼が一枚の、常識外の単葉機なんだよな……。

 ……これ、もしかしたら飛べないかもしれないな」


 と、俺が説明を終えると、アリスは複雑そうな、悲しそうな表情をしてしまう。

 その顔があまりにも悲しそうで、切なそうで……アリスにそんな顔をさせたくなくて俺は、念のためにとベルトに差しておいた工具を手に、目の前の飛行艇のことを調べ始める。


「あ……?

 これ全体が鉄製かよ!? んん? いや、鉄じゃない……のか?

 鉄にしては妙な手触りっつうか、こんな海の近くにあって錆びてないのも変な話だな。

 新品……にしてはホコリを被ってるし、どういうことなんだ?」


 そんなことを言いながらすんすんと鼻を鳴らした俺は……ある違和感があって首を傾げる。

 この飛行艇……独特のあの臭さが無いぞ?

 燃料を燃やした時特有の、あのこびりつく臭さは海の近くであっても臭ってくるはず……なんだがなぁ。

 

 少なくともここに運んでくる為に一度はエンジンを回しているはずなんだが……一体全体どんなエンジンを積んでいるんだ?


 と、エンジンルームの蓋に手をかけ、開閉レバーを見つけてそれを握りながら開いてやると……そこには全く未知の、見たことのないエンジンの姿があった。


 プロペラからエンジンまでの連結の流れは俺の知っているそれと変わらない。

 機関銃と連動し、回転するプロペラに銃弾が当たらないようにしている仕掛けも俺の知っているそれと……よく似ている。


 エンジン全体の仕組みも、まぁまぁ知っている範囲のものなんだが……これ、何処で燃料を燃やすんだ?

 というか燃料タンクは何処にあるんだ? タンクとの接続すら見当たらないぞ?


「あー? あ~~~~?

 なんだぁ、こりゃぁ……燃料がいらないエンジンなの、か?

 いやいや、そんなエンジンがある訳……あ? なんだこれ? これはグリップスイッチか?

 ここが取っ手で、握りながらスイッチを入れると……ああ、この箱みたいのが外れるのか。

 いやいやいやいや、エンジンのパーツがこんなに簡単に外れちゃぁ駄目だろうよ!?」


 エンジンの後方についていたそれは、エンジンそのものにスポリとはまり込む、小さな箱だった。

 ガラスか何かで出来ているのか、その箱の中にある青く輝く宝石の姿を覗き見ることが出来て……もしかしてこの宝石こそが『本命』なのだろうか?


 これは飛行艇なんかではなく、この宝石を隠す為の宝箱とかで、つまりこの宝石にはそれだけの価値があるのでは……。


 と、そんなことを考えながら宝石のことを見つめていると、アリスがそっと俺が持っている箱に触れて……細い声で呟き始める。


「ラゴス、これマナストーンだよ。

 魔力を込める石、込めた魔力を発する石……学校の授業で習った、昔、魔法で魔物と戦っていた頃、この石を杖の先にはめて魔法を使っていたんだって。

 この石にどれくらい魔力を込められるのか、石がどれくらいの魔力を溜め込めるのか。

 その数値のことをマナポイントっていって、このマナポイントが昔はとっても重要視されていたんだって。

 ……でもこのマナストーン、授業で見たのよりも何倍も何十倍も……凄くおっきい」


 そう言ってアリスは箱に触れたまま目を瞑り、何か祈るような声を上げ始める。


 するとその声に呼応したかのように宝石が光りを放ち……その光が次第に大きくなっていって……アリスがぶはっと、大きな息を吐き出す。


「むーりー!

 私の魔力じゃちょっとだけしか込められないーー!

 これをいっぱいにするには、多分10人とか20人とか、そのくらいの人の魔力が必要だよ、もう!!」


 そんなことを言ってアリスは箱から手を離し……俺の方をじっと、揺れる瞳でじっと見つめてくる。


 その瞳はまるで、魔力を込めたから試してみようと、きっとこの飛行艇は飛んでくれるよと、そう言っているかのようで……こくりと頷いた俺は、箱を下に戻し、エンジンルームの蓋をしっかりと閉める。


 そうしてから飛行艇の下部を確認し、飛行艇がしっかりと台座に乗っているのと、台座がしっかりと飛行艇を固定しているのを確認してから、操縦席に座り、念の為アリスに離れているようにと声をかけてから……俺の知っている飛行艇と同じ操作手順で、エンジンを始動させる。

 

 するとエンジンが静かに始動し……プロペラが物凄い勢いでもって力強く回転し始める。


 その回転力は、エンジンパワーは俺の知っているエンジンとは段違いで、あっという間に回転速度を上げていって……台座からギシリバキリとの破滅的な音が聞こえてきた辺りで、俺は慌ててエンジンを停める為の操作を始める。


 ……このエンジンは俺の知っているエンジンとは次元が違う、エンジンと呼んで良いのかすら怪しい代物だ。


 この鉄のような何かで出来た飛行艇を、重量感のあるこの飛行艇を、軽々と飛ばしかねない、新技術と言うよりかは全く未知の、未来の技術で作られた『それ』を、どうにかこうにか制御して……ギリギリの所で大人しくさせることに成功した俺は、大きな……熱いため息を一気に吐き出す。


 そうして操縦席から這い出した俺は……アリスの側へと駆け寄って、その身体をぎゅっと抱きしめる。


「え、なになに、どうしたの? ラゴス?」


 と、そう言って困惑するアリスに俺は……悲しませないように力強く抱きしめながら、出来る限りの柔らかな、ありったけの愛情を込めた声をかける。


「アリス……今回の件はグレアスに届けることにしよう。

 これは俺達の手に負えない……お偉いさんだとか、政府だとかそういう奴らが関わっている類のもんだ。

 仮にこれをこのまま俺たちの物にしてしまったら、盗み出してしまったら……どんなトラブルが舞い込んでくるか分かったものじゃない。

 そうしたらきっと……俺は勿論、アリスまでが不幸なことになってしまうだろう。

 ……金なら俺が頑張って稼ぐから、いつか普通の、俺でも買える普通の飛行艇を手に入れてやるから……だからこの飛行艇は諦めてグレアスに任せよう」


 俺が知らない、見たこともない技術で作られた飛行艇なんて厄ネタ、自分のものにするなんて冗談じゃぁない。

 ……折角手に入れた飛行艇を手放すだなんて、アリスは悲しんでしまうかもしれないが……泣いてしまうかもしれないが、これもアリスのためであり、そして俺の為でもある。


 俺はこれまでの人生で、こういったことがあった場合は常に……事が悪い方向へと進まないようにと『正しい道』を選び続けてきた。


 そうしたからこそ今の俺が、今のアリスとの生活があるんだ……今回もその道を選ぶべきだ。


 と、そう考えてアリスのことを抱きしめていると、アリスもまた俺のことを抱きしめてくれて……そうしてから俺の胸に両手を突っ張って、身体を引き離して、わざわざ俺に見せつけるようにして、笑顔を作ってくれる。


 その笑顔にこくりと頷き返した俺は、ゆっくりとアリスを抱き上げて……そのままアリスを抱きかかえたまま、堂々とした足取りで警察署へと向かうのだった。



 

 それからこの島は、地図の片隅の島に相応しくない、騒がしくも慌ただしい日々を迎えることになった。


『流石だラゴス! それとアリス!

 見直したぞ!!』


 と、あの飛行艇のことを正直に届けた俺達に、そんな言葉をかけてくれたグレアスは、すぐさまに事の次第を更に上のお偉いさん……ここいら一帯の島々を統括する知事に届けてくれて……知事から連絡を受けた科学者だとか、考古学者だとかが続々と来島。


 連日連夜、遺跡を調べて、あの飛行艇を調べての大騒ぎ。


 そうして遺跡に勝手に入り込んだ俺達は多少のお小言を頂戴することになったが、同時に遺跡の未発見エリアと、新技術満載の飛行艇を発見した……善意の大発見者としてお褒めの言葉といくらかの報奨金を頂戴することとなった。


 その金額は俺の給料の数カ月分に相当するもので……俺はその金でアリスに服を買ってやって、何冊かの本と勉強道具を買ってやって、それと何枚かの映画のチケットと何杯かの酒と……アリスに怒られないようにと、ほんの少しの煙草を買ってから残った金を銀行に預けて……やはり正しい道を選んで正解だったのだと、満足をすることにした。


 あの飛行艇は俺の手に余る、俺達には過ぎた品だった。

 この報奨金と、それで買った小さな幸せこそが俺とアリスには相応しい、と。


 そう思っていつも通りの、平凡な日々に戻った……はずだったのだが、あの飛行艇を発見してからちょうど一ヶ月。

 いきなり警察署に呼び出されて、警察署に向かった俺とアリスは、正面玄関に仁王立ちになっている満面の笑みのグレアスから、


「お前達が発見したあの飛行艇な! 知事のご厚意のおかげで、発見したお前達のものってことになったから!

 今度時間のある時に引き取りに来いよ!」


 と、そんなまさかの……にわかには信じられないような言葉をかけられてしまうのだった。

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