第5話 大地から海、そして空へ
「新しい商売の話の前に、ラゴスってどうして今の、飛行艇の整備員の仕事をしてるの?」
テーブルに肘をつき、合わせた手の平の上に顔を乗せて、そう言ってくるアリスに、俺は首を傾げながら言葉を返す。
「うん? どうしてってそりゃぁ、なろうと思えば誰でもなれる、人手不足の仕事だからだよ。
きついし汚いし危険だし、稼ぎも良いって訳じゃぁないが、誰でもありつけて食うに困らない仕事だからな。俺みたいなのは大体この仕事を選ぶことになると思うぞ。
……後はまぁ、頑張って色々なことを覚えて、腕を上げていけばそれだけ稼ぎが良くなるってのも選んだ理由になるかな」
腕を上げて稼げる飛行艇乗りの専属整備員になれたなら、雇われ整備員の頃の3倍か4倍か……10倍の稼ぎだって目じゃない。
俺みたいな獣の手をしているやつにはただの夢でしかないかもしれないが……それでも夢を見られる仕事か、見られない仕事かっていうのは、大きな差だと思う。
「そう、そうなの!
この島だけの話じゃなくて今の世の中、何処へいっても飛行艇が経済の中心にあるの!
空を支配してるんじゃないかってくらい無数に飛んでいて、人手不足になる程に整備員を欲していて!
それだけのお金を生み出していて、それだけの稼ぎを得ているのが飛行艇乗りな訳で!
つまりね、私達は飛行艇の整備を仕事にするんじゃなくて、飛行艇乗りそのものになるべきだとそう思うのよ!」
なんとも嬉しそうに、声を弾ませてそう言うアリスに対し、俺は懸命に笑顔を保ちながら「なるほどなぁ」と返す。
……確かにアリスの言う通り、飛行艇乗りになることが出来たなら稼ぎは段違いになることだろう。
……かつて『人』は地べたを歩いて生きていた。
魔物にいつ襲われるかと怯えながら、剣と魔法だけを頼りにして、狭い生活圏を維持するのが精一杯で。
そんな中、科学が発展することで生まれたのが火薬……銃だった。
魔法と違って誰でも扱うことが出来て、魔法と違って威力が安定していて、威力が段違いで。
人は銃と火薬を頼りに生活圏を広げていって……同時に科学を更に更に発展させることで銃を進化させていった。
ライフリングを開発し、金属薬莢を開発し、機関銃を開発し……そうやって現代的な銃を手に入れた人は、自らが住まう地べたから魔物を一掃したのだ。
地べたに住まう魔物を一層し、地べたの魔物の王である魔王を銃の力で討伐し、そうして地べたは……大陸は人の支配権に置かれることになり、大陸の次に人が目をつけたのは海と空だった。
海についてはそれまでの科学の応用でなんとかなった。
まだ深いところまではいけていないが、船が浮かぶ為の表層の魔物は機雷などで一掃することが出来て、そうして海の次代、大航海時代が始まった。
だが空は……ドラゴンやワイバーンが舞い飛ぶ空は、その時の科学の力では……火薬や銃だけではどうにも出来なかった。
なんとかしようと対空銃の開発に勤しんだり、対空大砲をどうにか開発出来ないかと多くの知恵を結集させたりしたが上手くいかず……そんな日々を送りながらも大地と海を糧に人の世はどんどんと発展していって……そんな中、ある兄弟が発明したのが飛行機だ。
それまでに試作されていた気球や飛行船とは訳が違う。
素早く動き、鋭く旋回し、銃を搭載できて、空の王者であったドラゴンを討ち取ることの出来るその発明によって……人はついに空の次代に突入することが出来たのだ。
それでもまだ人は、ドラゴンやワイバーンを始めとした空を舞い飛ぶ魔物を一掃するまでには至っていない。
だがしかし、それは確実に……少しずつではあるが前へ前へと進んでいて、その最前線に居るのが飛行艇乗り達なのだ。
飛行艇に乗って、ドラゴン達と空戦を繰り広げ、見事ドラゴンを討ち取ればその首にかけられた賞金と、ドラゴンの身体から取れる脂や肉、革や爪や牙、骨や内蔵などを売ることで莫大な金を手に入れることが出来る。
その稼ぎは命を投げ捨てても惜しくないと思える程で……空の次代が来たことで人の世はぐんと、今までの大航海時代とは比べ物にならない程に豊かになった。
そんな飛行艇乗りになることが出来たなら確かに、確かに今の稼ぎとは段違いの稼ぎを手にすることが出来る……のだが、しかしアリスは大事なことを忘れている。
飛行艇はとっても、目ン玉をひん剥く程に『高い』のだ。
家の比じゃない、車や船よりも高い値段がするものであり……そこに搭載する燃料や弾薬のことを思うと、仮に一生をかけて真面目に働いても手が届かない、そういう代物で……。
飛行艇乗りになれるのは、仕事で大成功を収めたか、とんでもない賭けに成功したか、とんでもない借金を抱えたか、内蔵を売っぱらったかした連中か、生まれついての金持ちだけであり……俺なんかには一生、天地がひっくり返っても不可能な……数多ある夢の中でも、決して見てはいけないという、そういう類の夢なんだ。
俺はそんなことを考えながら、笑顔を崩さないようにしながら、ため息を吐かないようにしながら……更に頭をもう一捻りさせて、アリスにどう説明すべきだろうかと、そんなことも一緒に考える。
そんな金は無いと素直に言うべきだろうか?
それとも危ない真似はしたくないと怯えた振りでもすべきだろうか?
そんなことを考えて考えて……俺が言葉に詰まってしまっていると、アリスはにっこりと……この半年間の中で、一度も見たことのない、満面の笑みを浮かべる。
「お金のことならだいじょーぶだよ、ラゴス。
飛行艇なら私が手に入れる方法を知ってるから!
私見たんだ、あそこに……あの遺跡の中に、見たこともない飛行艇が隠されているのを!」
満面の笑みのままそう言ってくるアリスの目を、じっと見つめながら俺は……まさかそんなことがある訳ないだろうとそう思いながらも、ドクンドクンと脈打つ胸の高鳴りを抑えることが出来ず、ついつい夢を……見てはいけないはずの夢を見てしまうのだった。
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