第4話 アリスとの日々
外観は全く面白みのない、箱のような形をした白石造りの一階建て。
キッチン、バス、トイレ、寝室、リビングというシンプルな作りで、内装も何も無い。
そもそも余分な家具を買う余裕などあるはずもなく、生活に必要な最低限の物を揃えるだけで精一杯。
それでも俺からして見れば努力の果てに手に入れた、どんな豪邸にも勝る愛しい我が家だ。
そんな俺の家に子供も引き取るなど土台無理な話で、その上相手は何か曰くがありそうな女の子と来たもんだ。
服やベッドや靴やら何やら、そんなもんを買う金すらないぞと、そう言って俺はアリスを引き取るなど断固拒否だとの姿勢を見せたのだが……それらは全て、子沢山の子育て名人グレアスによって粉砕されてしまった。
「そりゃ丁度良い! ちょうど四女のベッドを買い替えようと思ってたとこなんだ。
お下がりになっちまうが、まぁまぁ出来は良いもんだから問題無いだろう。
服や靴なんかも任せとけ! うちの子達のお下がりがたーんと残っているからな! 玩具もあるし、食器やら櫛だなんだの手入れ道具もちゃんとあるぞ!
大丈夫だ大丈夫だ、安心しろ! 子育ての手ほどきは俺がしっかりとしてやるし、何かあればうちのかみさんを頼れば良い!
……ラゴォス! お前が今すべきは、全てを諦めて受け入れることなんだよ!
そう、俺がかみさんと出会ったあの日のようにな!!」
そんなことを言いながらガハハハと豪快に笑ったグレアスによって、全ての手はずが整えられてしまったのだ。
グレアスの奥さん……10人の子供を産み、育てている真っ最中の肝っ玉までが出張って来て、そのふくよかな腹を包むエプロンを揺らしながら、俺の家の全てを片付けてくれて、綺麗に掃除してくれて、当面の食事までこさえてくれて……そうしてアリスに似合う白いワンピースを着せたりと世話をあれこれと焼いてくれて。
アリスが俺の家で暮らしていく為に必要な品の全てが俺の家に運び込まれて、グレアスの子供達までがやってきて、アリスの友達になる宣言をしてくれて……。
挙句の果てに俺の家に無かった、絨毯やカーテンや、ふんわりとしたバスタオルやらだけでなく、トイレ用品なんかまで揃えてくれて……なんとも魅力的なそれらを受け取ってしまった俺に、拒否する権利などあろうはずがなかった。
……というか、だ。
おあつらえ向きってな具合に俺の家にぴたりと合ったそれらの品々は、どう見ても『俺の家』のために用意されていたものであり……恐らくだがグレアスは、前々からこれらを準備していたのだろう。
未だに差別意識を根強く持った連中の、冷たい視線を跳ね除けられるような、何かそれなりの理由が出来るその時まで、準備をしながら待っていたというか……グレアスはきっと、その救いの手を差し伸べてやるのに相応しい男に、俺がなるのを待っていてくれたのだろう。
そうでなければ色々な辻褄が合わないし、この手際の良さの説明がつかず……そしてここまでされてしまった以上はもう、アリスを引き取ることを断るなど……出来るはずがなかった。
アリスを受け入れて、グレアスの好意を受け入れて……少し癪ではあるが、グレアスが望んだ通りの人生を送るしかないのだろう。
家族を持って真っ当に、真面目に働いて日々を送る、獣では無い普通の『人間』になる人生を……。
……そうしてその日から、生まれ変わった俺の家で、俺とアリスの生活が始まったのだった。
――――半年後
半年前の俺はこう考えていた。
アリスの世話をしながら働く大変な日々が待っているのだろうと。
……だがその考えは完全な間違いだった、考え違いだった。
俺は……いや、俺やグレアスやその奥さんといった大人達は、アリスのことを完全に見誤っていたのだ。
俺との暮らしが始まった当初、確かにアリスは手がかかる子だった。
色々なことを知らず、色々な道具の使い方を知らず……。
だが一度教えてやればすぐに覚えて、ただ覚えるだけでなく自分で考えて応用することが出来る子で……そうして学校に行き始めたアリスは、あっという間にこの島の常識と生き方を覚えて、ものの数日で、しっかりとした大人のように振る舞うようになったのだった。
朝起きたら掃除と洗濯と朝食作りをこなし、俺を起こして仕事に送り出し、学校に行って勉強に励み、友達とたっぷりと遊んで家に帰り、家事をしながら俺の帰りを待つ。
『おかえりなさい、今日は魚の塩焼きだから』
『食べ終えたらさっさとお風呂に入ってね、ラゴスは毛深いんだから、しっかりと洗わないと駄目よ』
『寝酒は禁止、飲むなら夕食と一緒になさい』
『また映画? そんなに行かなくてよくない? 私? 私は良いかな、映画ってなんだか子供っぽいし』
『お酒か煙草か映画か、どれかに絞りなさいよ』
『文句を言いたければまず稼ぐ! グレアスさんが大口を叩けるのは立派に稼いでいるからなのよ!』
『え? 仕事で怪我をした? どうせ余所見でもしてたんでしょ! ほらほら、手当てしてあげるから見せなさいな』
……そんな半年の中で繰り返されたアリスの言葉の数々は、ちょっとした暇な時間や、ベッドに横になるとそうやって思い出される類のもので……この半年で俺の脳裏へとすっかりと刻み込まれてしまっていた。
こんな10歳が居るものなのか? この子は一体何者なんだ?
などなど、いくつもの疑問を抱えることになった半年だったが、アリスは外面が良い子であり、近所付き合いが良い子であり……その性格から島の皆から好かれていて、島にすっかりと居場所を作り出してしまってもいて……俺なんかがそんな疑問の声を上げた所で、相手をしてくれる者などこの島の何処にも存在していなかったのだ。
……そもそもとして、アリスのおかげで俺の生活はうんと楽になり、快適になり、良い食事と健康的な生活により体の調子も良くなった。
その上アリスの保護者として島の皆に受け入れて貰えるようになり、仕事も上手くいって給料も上がって……何もかもが、酷いもんだった俺の人生の何もかもが上手くいっているのだから、そんな疑問の声や文句なんかを口にする権利など、俺には無かったのだ。
一応『こんなに良い子がなんだってラゴスなんかの世話をしてるんだ!』ってなことを言ってくれた奴もいたのだが……当のアリスが頑として俺の側を、何を言っても何があろうとも離れようとせず、そうこうするうちにそんなことを言ってくれる奴は一人も居なくなってしまった……。
アリスと出会ったあの日、グレアスはアリスのことを鳥の獣人だ、なんてふざけたことを言っていたが……もしかしたらあれは本当のことだったのかもしれない。
生まれたばかりのヒナが、最初に目にしたものを親だと思いこむという刷り込み。
それがアリスにも起きているのだと、そうでも考えなければ、アリスが頑なまでに俺の側に居ようとする理由が考えられないのだから……。
そうして今日も今日とてアリスは、家事をしながら俺の帰りを待ってくれている。
仕事を終えて家へと帰り、アリスの出迎えに言葉を返し、手を洗い顔を洗い、アリスがやれと言ってきつく強制してくるうがいを済ませて、食卓につく。
椅子に腰掛け、胸元にナプキンをセットしたら、アリスと向かい合って、今日何があったか報告し合いながらの夕食だ。
そうやって今日も今日とて、この半年の間繰り返された一日が過ぎていく……と、思っていたのだが、手早くブイヤベースを完食したアリスが、俺の目をじっと見つめながら、神妙な声をかけてくる。
「稼ぎが少ない!」
「……悪いな」
俺に一番効くであろう責めの言葉に、反射的に俺がそう返すと、アリスはその首を左右にぶんぶんと振る。
「違う違う、ラゴスを責めてるんじゃないの」
いや、責めてるだろ、責めてるよな? うん、責めてる責めてる。
「……じゃぁ一体何だってんだ?」
内心でそんなことを呟きながら言葉を返すと、アリスはにっこりとした笑みを浮かべる。
「ラゴスが悪いんじゃなくて、仕事が悪いんだと思うの。
ラゴスは真面目に働いているけど、いっくら真面目に頑張って働いてもこの島の整備員は稼げる仕事じゃないわ。
だからね、私考えたの、二人でもっと稼げる商売を始めたらどうかって!!」
これが他の10歳の子の言葉なら、まともに相手する訳がないのだが……俺の目の前に居るのは、あのアリスだ。
何か考えがあるからこそ、そう言っているのは明白で……アリスが俺を陥れたりするはずも、嘘を言ったりするもはずもないので、俺はアリスのその言葉に、
「……どんな商売なんだ?」
と、そう返し、前のめりになりながら食いつくのだった。
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