第6話 五つの企み



「イネス――――いや、ローナよ。私は君に、聞いておかなければならないことが、二つある」



 グレゴリウス卿は急にあらたまり、まっすぐ私の目を見た。


「何でしょう?」


「協力関係にある以上、私は君を全力で守るつもりだが、皇宮の中となると、私にもできることが少ない。・・・・場合によっては、目的達成のために、君を切り捨てなければならない事態になることも、十分に考えられるだろう」


「・・・・・・・・」



「それでも君の――――復讐を望む気持ちに、変わりはないか?」



 気づくと、口の端に微笑が浮かんでいたようだ。



 グレゴリウス卿はそんな私を、不思議そうに見つめる。



「・・・・真面目な話だぞ?」


「申し訳ありません」


 私は指で、口元を隠す。


「・・・・まさかグレゴリウス卿から、そんなことを聞かれるとは思わなかったんです」


「・・・・・・・・」


 私も姿勢を正して、まっすぐグレゴリウス卿を見た。



「――――私の覚悟は揺るぎません。ですから閣下も、目的のために進み続けてください。たとえ、私を切り捨てることになっても」



「・・・・わかった」


 グレゴリウス卿は吐息を零す。



「君が皇宮に入った段階で、ルジェナとヘレボルスは全力で君を排斥しようとするだろう。くれぐれも、用心するように」


「胸に刻みます。・・・・それで、さきほどは二つとおっしゃいましたが、もう一つの質問は何でしょう?」


 グレゴリウス卿は、私の顔を覗き込む。



「――――君には、ヘレボルスを失墜させるための企みがあるようだが、具体的にはどのような内容なのだ?」



 私は薄く笑う。


「作戦を五つ、考えていますが、今は内容は伏せておきます。どこから秘密が漏れるとも限らないので」


「ここは私の屋敷だぞ?」


「ええ、わかっていますが――――秘密というものは水のようなもので、完全に通さないのは難しいです。ですから、今はまだ、伏せておきます」


「協力者である私にも教えないつもりか?」


 私はにこりと笑いかける。


「私達の目的は一つです。私もあなたも、それ以外は眼中にない。そのことを、お互いがわかっているだけで十分ではありませんか」


 グレゴリウス卿は少し考えた後、ゆるりと笑った。


「・・・・それもそうだな。君がヘレボルスに寝返ることだけはありえない。今はそれでよしとしよう」


 目を合わせ、笑いあう。



「君に、侍女をつけておく。信頼できる者を」


「感謝します」


 皇后不在のまま、三年が経過している。すでに皇宮は、ルジェナの支配下にあると考えたほうがいい。


 皇宮にいる人達はすべて、私の敵なのだ。



「――――カタリナ。入れ」



 一人の女性が部屋に入ってきて、私の前で一礼した。


 年齢は三十代だろうか、黄金色の髪を持つ、美しい女性だった。


 なのに、表情は暗い。



「カタリナだ。彼女は絶対に、君を裏切らない」


「・・・・そう言いきれる根拠を聞いてもいいですか?」


「ヘレボルス家の公爵、ダヴィド・ガメイラ・ヘレボルスの悪辣さは、君も聞き及んでいることだろう」


「ええ、大変女好きで、お金にがめついお方だとか」


「ああ、そして失敗した時、部下に責任を押し付ける男でもある。カタリナの夫はダヴィドの下で働いていたが、失敗の責任を負わされ、自ら命を絶った。カタリナは一人では子供達を養えず、ダヴィドに愛人になるように迫られ、嫌々、それを受け入れるしかなかった。だが、それにも関わらず、ある日突然、彼女は捨てられた。子供達を抱え、路頭に迷っていた彼女を、私が保護したんだ」


「閣下には、心から感謝しています。身一つで屋敷から追いだされることになった私に、綺麗な家を与えてくれたばかりか、息子達に高い教育を受けさせてくださいました」


 カタリナは胸を押さえ、感涙に声を震わせる。


「――――子供達が手を離れた今、カタリナは、夫の無念を晴らすことを望んでいる」


 話を聞き終えて、私はカタリナをまっすぐ見つめた。


「・・・・あなたの目的も、ヘレボルスへの復讐なのね?」


「はい、ローナ様。命を懸けて、私は夫の無念を晴らしたい」


「私達に協力することで、危険な目に合うかもしれない。家族がいるのに、あなたはそれでもいいの?」


「閣下が、私に何があっても、息子達が成人するまで守ってくださると約束してくださいました」


「子供達は成人するまで、私が面倒を見ることになっている。どちらも将来有望だ。働き口はいくらでもあるだろう」


「子供達が手を離れるまでは、と私はずっと、夫を奪われた復讐心を隠してきました。今、その機会を与えてもらっているのです。ですから私にも、復讐を手伝わせてください」


 カタリナは、私の前に跪いた。



「・・・・いいわ」


 私もカタリナの前に膝を下り、彼女の手を取った。そして、両手で彼女の手を包み込む。



「――――一緒に復讐しましょう」



 カタリナは目を輝かせた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る