茶器紛失事件 其の七
すっかり日も暮れ、空には月が昇っている。
時刻はもうすぐ深夜0時に差し掛かろうとしていた。
唯月と万葉は、葛の葉達のいる空間から裂け目を通り、狐の碑の横で茶器である付喪神を待っていた。
「なぁ、兄貴に朝帰りなるって連絡した?連絡せぇ言うてたやん?」
唯月は兄である久護に出かけ際に言われた事を思い出した。
「メールしといたし大丈夫。気を付けてって返信あったし。」
ぶっきらぼうに返事をしながら、スマートフォンの画面を見て指を動かしている万葉。今日一日で聞いた話をメモにしたものを分かりやすくまとめているようだ。
「メモにしてるけど、それどうするん?」
唯月は、彼女のスマホ画面を覗き込んだ。万葉は唯月の方を見ずに作業を続けている。
「業務日誌書くのに必要やから。仕事の内容を具体的に書いて、こう解決したよーみたいな感じで書こうかなと。」
「俺、ほんまそんなん出来ん。万葉パないわー。」
「…褒めるんやったら、ちゃんと日本語で言うてくれん?」
そのような冗談を言っていると、薄ぼんやりと青白い光が見えてきた。よくよく見てみると、紅い着物を着た黒髪の若い女性が泣きながら、こちらの方へ歩いて来るところであった。
「来やったね。」
万葉と唯月は話を止め、真っ直ぐに付喪神を見た。
「逢いたい…やっと逢えたのに、理想の人にやっと逢えたのに…どうして」
涙声で悲しそうに呟く付喪神。彼らは意を決して、彼女の前に飛び出す。
「俺ら、萬屋の唯月と万葉です!少しお話よろしいでしょうか?!」
急に目の前に現れた人間に驚いた彼女は、少し沈黙した後に、はい。と答えた。
「突然ですが、理想の人と仰っている方と貴女はお茶席でお会いしたんですよね?」
万葉の問いに付喪神はこくん、と頷く。
「貴女は茶器として、相手は茶碗として会ったんですよね?もう一度、貴女は理想の人に逢うため付喪神に成った事は自覚していますか?」
何故彼らが自分のことをこんなにも知っているのかと疑問に思った彼女は顔を上げ、小さい声で話し始めた。
「やはり付喪神だったのですね、私は。人と人で会ったのでは無かったのですね。私を作って下さった先生に似た優しい方だと思い込んだ挙句、先生と同じ着物の柄の茶碗を持つ手の彼が理想の人だと盲信しておりました。」
「先生とは祐光先生ですか?」
唯月は、付喪神に問いかけた。
「何故、先生のお名前を御存知なのですか?!」
「茶碗もまた、貴女と同じく付喪神に成ったのです。彼が言うには、茶器である貴女と茶碗である自分は同じ窯元である祐光という若き陶芸家の手により作られた兄妹である。という事でした。彼の付喪神となった時の顔は祐光によく似ていたので、妹の茶器は自分を理想の人と言ったのではないか?とも言っていました。」
彼女は愕然とした様子で二人を見た。
「私には兄がいるのですね?兄を理想の人と言っていたと?私は…何と愚かだったのでしょう。勝手に理想の人を夢見て、お辰お婆様や宗旦お爺様を置いて出て来てしまいました。お婆様達は私の事を探しているのでしょう?嗚呼、私は一体どうすれば……」
「安心して下さい。私達が宗旦さん達の元へ送ります。それより、兄である茶碗の付喪神に会われますか?」
自分の行動で宗旦達に迷惑をかけてしまったと悲しむ彼女に、万葉は優しく語りかける。
「是非、会わせて下さい!」
彼女は二人にお願いし、兄の顔が見たい、話したいと目を輝かせるのであった。
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