茶器紛失事件 其の五


 契約書を取り交わした葛の葉と万葉は、唯月を落ち着かせ話を聞くことにした。



 「唯月、落ち着いて真面目に話して。私が納得出来るように話さんとしばく。」


 出来るだけ低い声で唯月を威圧しながら、有無を言わせず黙らせる万葉。姉というのは弟には厳しいものである。彼女の威圧に唯月は、極めて冷静に2人に推理の内容を話し始めた。弟というのは、厳しい姉には逆らえないヒエラルキーを重々承知しているようだ。



 「あのな、妖怪やねん。毎晩泣いてる女の子は妖怪。」 

 


 「此の世に未練がある幽霊じゃないの?」


 「同じ妖怪なんやったら、いくらお婆ちゃんになったいうても分かりますよ…」


 「あー、ちゃうねん。多分、自分を妖怪と思ってないっていうか。成りたての子やねん。だから、妖怪とも幽霊とも違う雰囲気なんやと思う。」

 

 髪をくるくると触りながら話す唯月は、妖怪のことは妖怪に聞かんとよう分からんけど。と前置きし、説明を続ける。



 「茶器さぁ、大正時代の古いもんやって言うてたやん?大正時代ってな、丁度百年前くらいやねん。しかも、かなり長い間生きてるお辰狐っていう妖怪に毎日愛されて大事にされたんや。妖怪に成る環境はバッチリっていうね、そんな感じやん?」


 「茶器は女の子の付喪神つくもがみに成ったという事やね。」

 

 葛の葉と万葉は、唯月の推理の内容が徐々に読めてきた。



 付喪神とは九十九神つくもがみとも言う。


 生まれて百年になる一年前に妖怪化すると言われているからだ。

 此の妖怪は、器物が出来てから長い年月が経ち、且つ、使う人の気持ちがこもると妖怪化する。夜になると手足が生え、歩き廻る等のように怪しい振舞いをするようになるそうだ。

 大事にされてきた器物は、人間に対して好意的だが、粗末に扱われた器物は、人に障る。色々な悪さをし、最悪は殺めてしまうこともある。



 「ほんでよ、人に愛されたら道具に手足生えるだけ。霊力高い狐に愛されたら……手足どころか見た目人間にもなっちゃうんじゃないっすかね。」



 ま、憶測やけどねー。と、唯月はお茶を飲んだ。


 「ほな、逢いたい人っていうのも付喪神やんね。じゃあ、茶碗?…茶碗も付喪神なん?!」

 

 万葉は落ち着いて話したつもりだが、自分でも突飛な事を言ってしまったと驚いている。


 「かの高名な陰陽師である安倍晴明から、母である狐の怪・葛の葉姫への心がこもった約百年前の茶碗とか、成る可能性高いよな。若しくは、既に成っているか……」


 唯月曰く、茶器の付喪神に茶碗を会わせ、宗旦とお辰の元へ帰るよう説得すればいいのではないか。との事だ。


 「先ずは茶碗の様子を見ましょっか。」

 

 唯月は葛の葉に茶碗の場所を尋ねた。



 「茶碗なら後ろの棚に飾ってたんやけど、唯月くんの話聞いて自分が妖怪やって自覚したみたいよ。茶碗の雰囲気が変わったわ。晴明もえらいもんくれたなぁ。式神としてくれてたって事なんかいな?ははは。」

 

 葛の葉は笑いながら、茶碗を見据えている。唯月と万葉が後ろを振り返ると、漆黒の着物に金の帯をした爽やかな面立ちの若者がいた。



 「あ…あれ?人間の手?なんやこれ?」

 

 かなり混乱している若者は自分の身に起きた事が分からないようだった。


 「えーっと、茶碗は付喪神に成ってしもたみたいやね。」

 

万葉は困ったような顔で微笑んだ、そして落ち着かせようと茶碗に話し掛ける。


 「茶碗くん、妖怪化おめでとう?なんかな?何て言うて良いか分からんのやけど。先ず、落ち着いて?」



 「なぁ、茶碗くん。俺が分かりやすく言うと、君は付喪神になってん。後ろで俺らの話聞いてた中で、何か妖怪に成る切っ掛けの話があったはずなんやけど、落ち着いたらでええし教えてくれる?」

 

 唯月は彼にゆっくりと語りかけた。



 「付喪神、僕も成ったんか…」

 

 漸く冷静になってきた茶碗の付喪神は、葛の葉の方を向く。



 「葛の葉様、毎晩泣いている女の子は私の身内やも知れません。」

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