茶器紛失事件 其の二

宗旦と共に家を出た唯月と万葉は、宗旦の家である神社に向かっていた。



「なぁ、どっかで失くしたーとかそんな感じ?盗まれた系?」



 唯月は宗旦に聞いた。なくなったとはどういう意味なのか、確認するためだ。



「箱の中から消えたんや、毎日使わんでも嫁が磨いてた。毎日同じ場所に置いて毎日あるかどうか確認してたも同然やのに忽然と消えた。盗まれるなんてあり得へん、わしら狐から盗むなんて考えられん。ほんまになくなったんや。」



 宗旦の話を聞いて万葉は考え込む。

 大正時代からの器ならいくらくらいになるのであろう、骨董品は高い。しかも、丁寧に使用していたのなら……



「万葉、目が¥マークやぞ。ほんで、宗旦さん。消えたっつーことは心当たり全く無いんやんなぁ?」



 万葉に呆れながら注意して、宗旦に聞き返す。



「あらへんなぁ。わしらでも分からんで、与恵あたえさんに頼みに来たんや。わしらの力言うても化かすだけやから、そんな失せ物には役に立たんけどもな。」


 そう話してからからと笑う。



「着いたでー、ほなよいしょっと。」



 宗旦稲荷神社に着き、神社の本殿横の何もない空間に宗旦は手を出した。差し出した手の周りの景色が歪み始め、次元の裂け目のようなモノが出来た。そこから畳の部屋が見える。飾ってあるのは高そうな骨董品ばかり。



「あらあら、 唯月ちゃんに万葉ちゃん。ようお越しやす。ちょっと待ってね、人間に化けるさかい。」



 ひょこっと次元の裂け目から顔を出す白狐。彼女は宗旦の妻、お辰である。



「お辰さん、体調は大丈夫?宗旦さんから体調が優れへんって聞いたんやけど。」

 万葉は心配そうに尋ねた。


「今日は大丈夫やわ。ありがとうね、さぁいらっしゃい。」

 紺色で流水柄の夏紋紗を着た綺麗なお婆さんに化けたお辰が出て来て手招きをする。



 裂け目を通り、部屋の中へと入った。

 久方振りに来るが狐の住処とはこんなにも豪華なのであろうか?部屋中に仄ほのかに香る白檀の香り、床の間には鮎が泳いでる掛け軸が清涼感を感じさせる。和琴が床の間の前に置かれてあり、今迄演奏していた事が伺えた。



 「今日は茶器の夢を見たんよ。楽しそうに話し掛けながら器を磨いててん、やっと見つかったわ!と思ったら夢やったんやけど。ふふ。夢でも茶器と逢えたから少し元気出てんよ。」



 少し嬉しそうなお辰は、お茶の用意をすると言い部屋から出て行った。



 「なくなったなんやけど、色とか模様とかどんなんやったか教えてくれへん?他にも聞いといた方がええかな?なぁ、万葉。」

 

 「んー、後は最後に茶器を見た時の話かな。教えてくれる?」

 

 二人は正座をしながら、宗旦に尋ねた。



 「茶器は濃茶器で文琳て言われる林檎りんごみたいな形のもんや、色は黒地に金。蓋は象牙で出来てる。仕服は雲鶴金襴うんかくきんらん…まぁ、鶴と雲の模様の袋っちゅーことやな。仕服の色は赤や。最後に見たんいつやったかいな。」



 「大阪から葛の葉さんがいらした時や。」

 

 宗旦の話を途中から続け、部屋へ戻ってきたお辰。お茶とお菓子を持って、よいしょ。と席に着く。


 「息子さんに会いに京都いらしてて、こっちにも顔を出してくれはったんや。」

 

 唯月と万葉にお菓子とお茶を出しながら、更に続ける。


 「葛の葉さん、息子さんから茶碗貰ったとかでお茶飲みたい言うてはったんよ。どうせやったら茶碗使ってお茶点てよ言うて、その時にうちの茶器出したんが最後やなぁ。帰らはった後に箱に片付けたんよ。で、次の日に箱の中から消えてん。4日前くらいのことや。」



 「そうなんや。ほな、葛の葉さんと宗旦さんとお辰さんの3人が茶器を見たん最後なんやね。」

 万葉は聞いた内容をスマートフォンにメモして、宗旦とお辰に確認した。

 

 「そうや、次の日の朝にはもうなかった。」



 「ほんなら葛の葉さんにも話聞きに行きたいんやけど……万葉、今から大阪行こ!宗旦さんは葛の葉さんに俺ら行くってアポってや!!」

  

 唯月は思い立ったが吉日とばかりに立ちあがり、万葉と宗旦に話す。


 「あぽって?」


 「唯月がすみません。葛の葉さんに私らが話を聞きに行くから予定空けてもらえへんか聞いてって言うてるんよ。」

  

 万葉は困り顔の宗旦に説明し、葛の葉との連絡をお願いした。



 「分かりました、葛の葉さんに連絡入れときますわ。大阪の和泉市にある信田森葛ノ葉稲荷しのだのもりくずのはいなりがお家よ。ほな、粗相のないよう宜しゅうね。」

 

 「ぼんにお嬢、頼んだで!」


 宗旦とお辰に見送られながら、二人は宗旦神社を後にした。

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