茶器紛失事件

茶器紛失事件 其の一

 昨夜より降り続く雨が止まない京都の夜、御所近くの一軒家の屋根より密やかな声が聞こえてくる。



 与恵に双子が出来たらしい。

 今日のような雨降る七夕の夜に産まれたらしい。

 どれ、赤子の顔を見に行ってやろうか。



 そう話す2匹の狐は屋根の上から、向かいの家へ飛び移った。



 ー22年後ー



 「嫌やわ、そんな用事は子狐に頼みいや。」


 応接間にある大きなソファに腰掛けている涼し気な青藤色の紗を着た京美人が、パタパタと扇子で扇ぎながら面倒くさそうに話す。彼女は、京都で代々萬屋を営んでいる店主の与恵である。


 「萬屋さんやからこそ、こないな事頼めますのんや。与恵さん、何とかお願い出来ませんやろか?」


 面長で狐目の好々爺、宗旦。相国寺宗旦稲荷神社に住んでいる銀色の毛の老狐である。

 今日は人間に化けて萬屋に来たが、店主から色好い返事がもらえず頭を抱えている。


 「そや!ぼんとお嬢に頼んだらどうでっしゃろ?」


 「唯月と万葉ねぇ…そらええわ。ほな、この仕事受けましょか。支払いはいつも通りで宜しゅう。」


 パチンと扇子を折り畳んだ与恵は、ソファ横にある机の引き出しから契約書を取り出す。そして、立ち上がって入り口の方へと歩いて行き、階上に向かって叫んだ。



 「唯月と万葉ー!仕事やさかい、降りといでー!」



 階段を気怠そうに降りてくる今風の若者、唯月。その後ろから白と黒のバイカラーのワンピースを着た若い女性が怒りながら着いてくる、万葉である。



 「宗旦さんやん、うぃー!今日は何?どしたん?」

 

 「あんた、口の利き方気ぃ付けや!こんにちは、宗旦さん。」


 万葉は唯月に怒りながらも挨拶をした。



 「おぉ、こんにちは。ぼんもお嬢も大きなったなぁ。お嬢に至ってはえらい別嬪さんや。坊は…その格好…流行ってんのんか?」



 ショッキングピンクのTシャツに、スキニーなダメージジーンズ。アクセサリーをジャラジャラと付けて金色の髪を盛っている。宗旦は、これがTVで見たパリピというやつか?と思った。


 「イケてるやろ?!で、仕事って何なん?」



 彼らの事は赤ちゃんの頃から知っている。彼は、二人が現代風の若者に育ったのだなと考えていた。宗旦は唯月の呼びかけにハッとして答える。



 「あのな、わしの茶器がなくなったんや。大正時代に買うた茶器でな、わしの嫁が気に入って大事にしてたんや。けど、なくなってから塞ぎこんでしもうて…探してくれまへんやろか?」



 「唯月に万葉、そういう事やさかい頼んだで。お母さんはお父さんを手伝わんとあかんのや。ほな!」



 宗旦の依頼をうんうんと頷いて聞いていた与恵は、手に持っていた契約書を万葉に渡し、そそくさと席を外した。



 「…おかん、おとんとデートやな。」


 「そやね。ウキウキやったね。」

 

 「与恵さんは、いつまでも若いなぁ。」



 そんな事を話しながら契約書に宗旦のサインを貰った二人。契約書に不備がないかチェックする。



「確認ヨシっと!ほな任せて!宗旦さんの茶器は俺らが見つけるからな!!」

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