男と巨大狼

アナスタシア(アシュレイ)

崩壊した世界で


「……ふむ」

 背に大剣を抱えた浅黒い肌の大男が周囲を見回す。周囲は廃墟となったかつての文明の建築物である高層ビルの廃墟が乱立していた。

 男は鍛えられたであろう屈強な体格なのだが、折り目正しく整えられたスーツという違和感のある出で立ちをしていた。

「ぐるる……」

 獣が吠える声が聞こえた。狼を思わせる大型の獣の集団だった。

「抜刀――」

 男は背中に背負った剣を抜き放ち、構える。いわゆるグレートソードといわれる大型の剣だ。

「がうッ!」

 狼のうちの一匹が男を喰いちろうと飛び掛かるが――。

「斬ッ!」

 男がグレートソードで狼を横薙ぎにすると、狼を完全に切断してのけた。

「ぐるる……」

「ぐうう……」

 男の斬撃を見て残りの狼が震えだす。たかだが人間一人と侮っていたのだろう、その人間にひと薙ぎで仲間が斬られたのだから無理もない。

「野生動物を殺してしまうのは私の仕事ではないのですが。あなたがたは人の味を覚えてしまいましたからね……」

 歴戦の戦士を思わせる姿とは裏腹に言葉遣いは礼儀正しい。そしてそこから男が持つ慈悲深さも垣間見える。


「人と動物との領域を守るため、死んでいただきます」


 人の肉の味を覚え、人を恐れなくなった狼を狩る――、それが男の仕事だ。

「ガウッ!」

「いざ、参りますよッ!」

 意を決した狼たちが男に飛び掛かるが、男はひるむことなくグレートソードを振りかぶった。

 斬撃を潜り抜けた一体の狼が男の腕に噛みついた。

「むッ!」

 ――これは彼らを害した報いッ!

 激しい痛みが襲うが、男は耐える。人を害さなければ狼を狩らずに済んだからだ。

 とはいえ、斃さなければならないのだから、ずっと耐えるという訳にはいかない。

「南無三ッ!」

 そして男は狼を振りほどいてから、そのグレートソードを突き刺す。

「がふ……ッ」

「我々が身勝手であるのは事実――」

 狼が絶命したのを見て、男は涙を流し――。


「しかし、我々にも生活があるのです――。これ以上我々の生活圏に踏み込むならば」


 男の気迫に、残りの狼はいよいよ男が醸し出す気迫に畏怖めいたものを感じ、気圧される。

「……ッ!」

 弱々しい吠え声を出し、狼たちは逃げていった。

「……逃げてくれましたか」

 男は死んだ狼に手を合わせる。殺めた命に対するせめてもの祈りだった。


 ここはかつての高度な文明が崩壊し、退化した世界。

 男はそんな世界で糧を得るために戦う戦士の一人だった。

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男と巨大狼 アナスタシア(アシュレイ) @ashlei

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