再会後の再会

【ソレゾレ ノ サイカイ ~ オルガ ト シルドラ】


「起きたか。」腰掛けに座り、本に目を落としたまま声をかけたのはシルドラ。ここは魔城門。エル、セシリア、クリアンカは既に旅立ち、残されたのはオルガとシルドラの2人。


「俺はどれくらい眠っていた?」オルガが問う。


「ん、2時間ほどか。」


「そうか。」オルガは立ち上がると手足を伸ばし始めた。首を回し肩を回して次の戦いに備えながら質問を投げかける。


「なぁ、本を読んでて気持ち悪くならねェか。」


「あん?馬鹿と一緒にするんじゃねぇよ。」シルドラはオルガの意味不明の質問を切り捨てた。


「ならよ~、本に『答え』は載っているのか?」


「・・・・・・・・・」タン、と本を閉じるシルドラ。返答を待つオルガ。実の所、何でそんな問いをぶつけたのかは本人も定かでないのだが。シルドラは面倒臭ぇな、という風に軽く息を吐くと静かに口を開いた。


「答えは期待しない方が賢明だ。ただ、ヒントやきっかけは見つけることができるんじゃねぇか。」


「そうか、別に俺はそんなことどうでもいいだけどよ。さっ、もう一度やろうぜ。」楽しげに返答を無視してオルガが大剣を構えた。


「マジで殺すからな、オルガ。」舌打ちをしながらシルドラも椅子から立ち上がった。




 打ち込めど打ち込めど、切りつけど切りつけど、まるで手応えがなかった。いや違う。嫌というほどまで手応えはあるのだ。避けることないターゲットに向けて邪魔されることなく、自由に気兼ねなく愛刀を叩きつけた。しかし、オルガの大剣による目一杯の剣撃を鬼神竜シルドラはその腕、その脚、時にその指でいとも簡単に弾いてしまう。その度に鈍い金属音が鳴り響くことからシルドラの身体に何らかの細工が施されているのはほぼ間違いのない所だが、尋常ではない硬さである。構わず攻撃を繰り出すオルガの呼吸は乱れ、いずれ攻め疲れが生じた。そしてふと気の抜けた瞬間を見計らったようにシルドラの蹴りが飛んでくるのだ。オルガに避ける術はない。そもそも蹴りが見えていない。オルガは噴水まで吹っ飛ばされた。それでも起き上がり、お前は不死者かとシルドラが評するほどに性懲りもなく、同じことを意識が飛ぶまで続けた。




 今もまだオルガが大剣を振り回していた。元気一杯に。それに付き合いながらシルドラは憂いを抱いた。コイツは本当に能無しなのか。学習能力ゼロなのか。人間離れした怪力に現うつつを抜かしてちやほやされて、結果このザマなのだろうか。何の考えもなしに淡々と剣をぶん回すだけ。幸か不幸かそれで通用してきてしまったのだろう。中途半端な実力を身につけた者ほど早死する理由の一端が垣間見えた気がする。いい加減俺の能力にも感付く頃合かと思っていたが、この様子では思考回路は働いてねぇな。もしくは考えながら戦うことのできない性格か。時々いるんだよな、戦いに没頭しすぎる馬鹿が。自分の戦術・スタイルが万能だと勘違いしているのか知らんが、全くもって愚かしい。手応えで分からんもんかね、手前ぇの実力じゃ俺の鋼は斬れねぇってことが。俺の『鋼化能力』を察することができねぇならオルガよ、お前に勝ち目はない。無駄な時を過ごしたな。




 シルドラの属性は鉄か鉛か銀しろがねか、そんな所だろう。体の一部を変化させて武器、防具として使えるんだろうな。石の力かどうかは知らねェが面倒臭ェことこの上無ェ能力だ。きっとエルの奴なら素早く硬化する前に、もしくは器用に硬化箇所以外の部分を狙って突くんだろうな。クリアンカならどうだ、金属には雷が有効なのです、とか何とか言いながら法術と槍撃で空中から打開しようとするかね。セシリアは叫びながら大爆発でも引き起こすか。それとも攻撃を俺等に任せて守衛に徹するか。さて、じゃあ、俺はどうするか。何ができる。クックックック・・・ぶった斬るしかねェわな。それしかできねェんだからよ。斬って壊してぶっ潰して。それができねェんなら糞の役にも立ってねェってか。俺の成すべきこと、倒し殺し滅ぼすこと。他のことはアイツらがどうにでもするだろう。




 それは何の前触れもなく突然に。オルガの額に文字が浮かび上がった。記号かもしれない。鴇色ときいろの紋章がひとつ、おでこの中央に淡く煌めいた。


「出たか―」サングラスで奥の瞳は見えないが、口元に僅かな笑みを浮かべたシルドラの左肩をオルガの大剣が打ち抜いた。鬼神竜もさすがでうまく身を翻して致命傷は避けたものの、左肩からは激しく鮮血が飛び散った。久方振りに聞こえた金属音以外の音は耳に残った。これに焦ったのはオルガ。


「バカ野郎!ちゃんと避けやがれ!!気ィ抜きやがって!血止めなんか持ってねェぞ。セシリアもいねェし、どうすんだっ、バカ!」


「馬鹿×2うるせぇぞ、黙ってろ。っ言つうか気付いてねぇのか、オルガ。」シルドラの肩口から吹き出した深紅の血液。腕が千切れていないか心配になる程の一太刀だったが、寸前まで吹き出していた血が止まっていた。否、固まっていた。鋼の硬度で。


「おぅおぅ、何だなんだ、血も硬化できるのか。面白ェ能力だな。ったく、心配して損したじゃねェか。」屈託のなくなった笑顔で喋るオルガ、その心中は大事に至らなかったからか戦いを続けられるからか。その両方、ではないだろうな。本心を言えばやはり後者になるのだろう。ただし、シルドラの能力を褒め称えたオルガに対する返答は次のものだった。


「そうじゃねぇよ、バカ・・・」




 鬼の封印が解除された。オルガの属性、『鬼』。本人は戦いに没頭して気付いていなかったが、超重量の大剣をまるで子供のオモチャでも振り切るかのようなスピードでぶん回したのだった。オルガの攻撃を完璧なまでに見切っていたシルドラがオルガの額に現れた紋章に気を取られたということもあるが、避けきれなかったのも致し方ない。


 鬼属性、それは重力を操る特殊な属性である。詰まる所、オルガの馬鹿力を増幅させるというよりは、装備品の重量を軽量化するといった方が正しい。結果的には一緒だろう、とオルガは一蹴しそうだが。『鬼』に魅入られる者は極めて稀で、また、鬼属性の魔導石も火や風といった一般的な属性と比べて数が極端に少ない。ましてや鬼人族が絶滅を危惧されて久しい今、石が存在するのかどうかも怪しいのが実状だった。




 「一旦『鬼』の力が解放されてしまえば大丈夫だろう。」シルドラの言葉にピンと来ないオルガ。


「どういうことだ?」素直に質問をぶつける。


「んっ、オルガよ、身体は何ともないのか?魔導石なしで使ったんだ、そんな訳あるまいて。」


「あん?手前ェの傷の心配でもしたらどうだ。誰が見たってそっちの方が重傷だろう。俺は何とも―」


問題無しの異常無しを顕示しようと一歩踏み出したオルガの膝が折れ、オルガは片膝をついてしまった。


「フン、当然の結果だ、強がりやがって。とりあえず鬼の属性について簡単に説明してやるからそのまま聞いてろ。」






 シルドラの説明は次のようなものだった。鬼属性の魔導石はいわゆる『特殊型』と言われるもののひとつ。属性を伴った効果を発動するものではなく、肉体への負担を軽減する為の石。一度鬼の力を解放したオルガであれば、直にその力を自由に扱えるようになるだろうということだった。バカにはもったいない力だとも言っていた。しかしながら鬼の力の肉体的負担は尋常ではない。一瞬の解放ですらオルガに立ち上がれないくらいの疲労を与えた。負担軽減のために石の力は必須。それを一つ、鬼属性の魔導石をシルドラが持っているという。オルガに授けるという。


 ・・・・・・オルガはこの辺りで眠りに落ちた。突然の解放に身体がついていかないのは仕方のないこと。これはその寸前のやりとり。


 「俺は二刀流なんだが、石は一個しかねェのか。」


「ああ、これで終まいだ。もうひとつは自分で探せ。」


「ケチケチ・・・すん・・なよ・・・・・・・な(眠)。」




 六神竜と言えど眼球は2つ。かつてシルドラは片目をある冒険者に託した。そして今宵、視力を失った。賭けてみたい男に出会えたようだ。




                    【ソレゾレ ノ サイカイ ~ オルガ ト シルドラ 終】


第 七 章


【再会後の再会】




 「っ言つう訳だ。」極力興奮を抑えて喋ってきたオルガは、最後も意識してゆっくりと話を締めた。別に大した話じゃねェよ、という雰囲気を醸していた。エルの心の高鳴りが聞こえてくるようで、努めてクールを装った。ここはとある町の宿屋。オルガの回りにはエル、セシリア、クリアンカといういつもの面々。3人は一通り自身の再会について話し終え、最後がオルガだった。


「へえ~、鬼の力か・・・ふぇえ~~~・・・」明らかにエルの目の輝きが増している。セシリアに嫌な予感が走った。


「お前ェのスピードでも躱せねェかもな、エル。」オルガの視線がエルを捉え、音量が心なしか僅かに上がった気がした。


「試してみる?」エルの口元が緩んだ。


「ちょっとあんた達、いい加減にしなさいよ。」察したセシリアが釘を刺した。笑いが零れ、間が置かれ、落ち着いた。そこで改めて切り出したのはセシリア。


「ねぇ、エル。貴方が話していたカイツって、あのカイツ・・・なのかしら?」そんなセシリアの質問に首を傾げるエル。


「???どのカイツだろう。俺は自分の親代わりのカイツしか知らないんだけど。」


「ヴォルフ=ヴァン=カイツ。」


「うん、そのカイツならよく知っているよ。俺の父親で、つい一昨日まで一緒にいたよ。」






 不知火しらぬいに愛でられた剣士。そう呼ばれた勇者を師にもつことと、エルが火属性の魔導石を使えるようになることとは全く別次元の話であった。土属性に一臂いっぴの炎を与えることで大きな力となるのだが、いくら叩き込まれてもできないものはできないのだ。最終的にはカイツもお手上げで、土属性の強化に終始していた。一方で。


「セシリア、火と水の法術を同時に扱えるって言ってたけど―」今度はエルがセシリアに質問を投げかけた。


「いいわ、見せてあげる。」そう言うとセシリアは左人差し指先端に爪ほどの火球、右手には同様の氷の塊を生み出した。ほぇ~と感心するエル、頷くクリアンカの2人とは逆に


「本当に火と水なのかねー・・・」と疑いをかけるオルガだった。全くもって素直ではない、殊にセシリアに対しては。ツイと横を向くセシリア。ヒョイと両の人差し指を弾くと2種の球体がオルガの背中に放り込まれた。


「アッチベテー!!」しばらくの間、オルガが舞った。




 「ハァ、ハァ・・・で、クリアンカよ・・・」踊り終えたオルガが息を切らせながら話を振った。最も興味と注目を集めていたのはエルの力強い土属性の魔導石でも、オルガの鬼の力でも、セシリアの合成法術でもなかった。見慣れぬ武器、サイズ。そのインパクトが大きすぎた。魔族にこそ似合いそうなこの武器の所有者はクリアンカ。彼の獲物は有翼人リリト族の代名詞とも言える槍だった。ましてや名槍『カレドヴルフ』、またの名を『フォルテナの槍』。クリアンカが、死んでも手放しそうにない師の形見。だのに今背負っている武器は死神が持つような大きな鎌。果たしてその変わり様に触れていいものかどうかと悩んでいたのはセシリアだけ。エルとオルガは好物を最後まで取っておく癖があるようで。さらにオルガは人様の玄関に土足で上がること厭いとわないから困ったものである。


「お前ェ、槍はどうしたんだ。そりゃ、鎌だよな。どう見ても鎌だ。槍じゃねぇ。絶対ェ鎌だ。クリアンカよ、こりゃ大事件だぞ。俺の鬼の力なんぞどっかにブッ飛んじまった、その責任はとってもらわねェとな。」




 「折ら・・・れた?」信じられないという表情で感想を口にしたのはエル。クリアンカは笑みを浮かべて言葉を繋いだ。


「ええ、至極あっさりと。スパッとね。」


「やりやがったのは若い頃のフォルテナか?」オルガも疑問を投げかけた。


「まぁ・・・そんなところですかね。」


「不意打ちか何かでやられちゃったわけ?」セシリアも参加してしまう。


「いえ、正面からと言いますか、正々堂々とやられました。」話題の中心は一気にクリアンカへ。


「サイズを使った戦闘か。興味あるな~。見てみたいな~。」


「今までとそれほど変わりませんよ、エル。武器と法術と――それとこのサイズに魔導石を括りつけます。貴方の様にね。」


「面白そうじゃねぇか、ちょっと見せてみろよ。」


「実は、まだあまり慣れていなくてですね・・・」そんな会話が続いた。




 「さ、そろそろ本題に入りましょうか。」


「???」(エル)


「???」(オルガ)


「石版よ、セ・キ・バ・ン!その為にここへ来たんでしょう!」顔を見合わせたのはエルとオルガ。そしてエルの一言、である。


「セシリアさん。ここはどこですか?」




 エル、オルガ、セシリア、クリアンカの4人がそれぞれの異世界から転送されたこの町の名はシアル=ムジカ。ヴィルガイアの南東に浮かぶ大陸ヴィンタートゥールの最北端に位置する『音楽の町』である。その由来は明らかで、町の至る所から心地よい音楽が流れていて、宿にいても小さく耳に届いていた。


 ちなみにシアル=ムジカに転送されてきた順番はというと、クリアンカ、セシリア、エル、最後にオルガ。運悪く順番が狂っていたら石版のことなど気にもかけずに飛び回っていたであろう2人がお尻でやれやれだ。


「私が最初に転送されてきましたので町をひと回りしましたが――このシアル=ムジカという町、なかなかに面白いですよ。どうです、夕食も兼ねて出かけませんか。」


「本当、最初に転送されたのがクリアンカで良かったわ。あの2人だったらきっと羽が生えたように飛んでいって探し出すのに一苦労だったわ。」


「頼もしいじゃないですか。魔界を前にして何も変わらないでいられる。大したものですよ。」


「単細胞なだけよ。」


 例の2人はさっさと表に出ていってしまった。




 宿の部屋に小さく染み込んできた音楽は外に出るよより鮮やかに、各人の耳へ届けられた。美しく、落ち着いた音色だった。音楽は町の至る所で様々な曲が奏でられているにもかかわらず、音色同士が相殺されることなく不協和音も生まれず、様々な旋律として流れていた。そんなことが可能なのはシアル=ムジカの人々が幻影人と呼ばれるもの達だからだろうか。大陸ヴィンタートゥールが女護にょごが島ならぬ玄護げんごが島と呼ばれているからだろうか。いずれにしても聴覚が不可思議な快感を覚えていた。


 クリアンカを先頭に情報収集を兼ねて夕食をとるべく酒場を目指す一行の癒しとなるシアル=ムジカの音楽。エル、オルガ、セシリア、クリアンカの各人が慣れ親しんだ、懐かしい曲で故郷を思い出すことができた。






 かつて音楽とは人と人とを繋ぐ心の拠り所であった。音色を主役とする管弦楽団の演奏にしても、音楽を副とする演劇にしても、歌や音楽を主とした歌劇、楽劇にしても、体臭の心を掴んで一つとするにもってこいの芸術だった。数ある芸術の中でも今昔問わず、経済を支配する力を備えていた。例えば絵画のように留まっていることはない流動的な芸術なれど、美しい楽曲は心に刻まれる。耳に残る。自然とメロディーが口から紡がれる。戦闘意欲を高めるような音楽も、涙を誘う音楽も、心を静せい謐ひつに帰させる音楽もある。それを人と人とで共有してきた。思い出と共に心に刻んできた。






 ゆったりと歩を進める一行。夕日に染まるレンガ道が心を落ち着かせてくれる。石版に関する情報収集がてら腹ごしらえすべく、4人は酒場を目指していた。すれ違う人皆忙しそうに見えるこの時間帯、場所は頼れるクリアンカ様が事前に下見をして下さったので迷う心配はなかったのだが、目的地までの道すがら、目を引く店があった。正確には不意に吸い寄せられたというか、感じるものがあったというか。その店が扱う商品は武器でもなく防具でもなく魔導石。店舗の横を通った時にセシリアだけでなく、エルとオルガも同時に顔を向けるものだから、思わずクリアンカはにんまりしてしまった。やはり気付きましたか、と。そして何の断りもなく方向転換する所まで予想通りだった。




 「すいませ~ん。魔導石を見せて欲しいんですけど―」先頭を切ったのはエル。ガレオスでオルガと出会った頃とは性格がまるで異なる。やはりシュクリスを倒したことで何かが吹っ切れた、これがエルの本来の姿なのだろう。さらに若干天然の所も見受けられる。オルガ同様手がかかる点は目を瞑ろう。


 「ラルホー!種類はさほど多くないがどれもこれも自慢の石ばかりじゃ。魔界でも活躍してくれる代物じゃぞい。」店の奥から奇怪な掛け声に続いて、威勢の良いしわがれた返答が返ってきた。


「へぇ~。実は俺、見ただけじゃあんまり分かんないんだよな・・・」


「ラルホー!お前さんの属性は何じゃ?」


「えっと、俺は風・・・と、土です。」


「ラルホー!ほう、2種の属性を扱うとな。大したもんじゃないか。ただ、風と土か。なんかパッとせんのう。何かもっとこう、火とか光とか、星とか聖とか。勇者らしいというか男らしい属性の方が格好エエんじゃがのう。」


「は、はぁ。すみません・・・」


「ラルホー。ま、気にするでない。属性ばかりは致し方あるまいて。」


「はい、すみません。」エルの背後ではオルガとクリアンカが必死に笑いを堪えていた。




 ドワーフ。この地ヴィルガイアでは既に絶滅してしまった種族である。とうの昔に。本来は武器や防具の製造に精通しているはずで、その点をセシリアが問うと、ラルホー、大きな戦いのあとに武器・防具の類が残されていることは稀で、ましてやその所有者が敗者であればなおさらのこと、ということだった。どうにかこうにか残された魔導石を、万全の状態のものなどありはしないが、持ち前の器用さで復活させるそうだ。


 エルとは異なり、セシリアには店に置いてある魔導石の質の高さがひしと伝わってきた。汚い字で書いてある商品名からすると、伝説とまで称される魔導石にまでお目にかかることができた。現存するとは思えない魔導石。奇妙なことである。それとこのドワーフ、自分達4人が魔界を目指しているということを知っていた。石が魔界でも活躍してくれると。すなわちこのドワーフ、魔界を知っている。魔界に行ったことがある。魔界で魔族と戦い、敗れた。おそらく命亡きものである。


 ヴィルガイアから魔族の巣窟に戦いを挑み始めておよそ三千年。幾百、幾千もの戦いが繰り広げられてきた。そして戦いの果てに残された数々の魔導石。相当の力が秘められていて然るべきだろう。これが歴戦の勇者の証であり、敗戦の記録なのである。・・・ということは、だ。




 「うん、確かにすごいわね――」


 セシリアが見て回るのは自分の属性である火や水ばかりではなく、クリアンカの雷属性やエルの魔導石。クリアンカに関してはあまり不安はないものの、エルの魔導石については自分の物よりも念入りに調べていた。そしてオルガの、鬼の魔導石だが、こちらは1個たりとも見当たらなかった。


 「ねぇ、エル。この魔導石を試してみなさいよ・・・あれ、エル?」しばらくの間石を物色して、めぼしいアイテムを見つけたセシリアの呼びかけにエルは応答しなかった。少し離れた所にいたエルだったが、セシリアの声が耳に入らなかった。ひとつの魔導石を手にとってじっと見つめている。眉間にしわを寄せて睨みつけている。風の魔導石ではない、土の石でもない。それは火属性の魔導石だった。普段のエルであれば見向きもしない魔導石のはずである。


「エル、どうしたの?」セシリアが歩み寄りポンと肩に手を置くと、エルは驚いたように振り向いた。


「いや、ごめん。この魔導石がちょっと気になって・・・」


 ん?セシリアがエルの手元を覗き込んだ。エルが、外部の雑音が消音される位まで集中して見ていた魔導石は、火を属性とする石だった。


「ラルホー!少年、なかなか目の付け所が鋭いじゃないか。その石はなかなかの代物で、なかなかお目にかかれないレベルの品だぞい。」お店自慢の魔導石に注目されたのが嬉しかったのだろう、喋り方からご機嫌の良さが伺えた。エルに魔導石を鑑定できる知識はなかった。風や土を属性とする魔導石ならば自分で使ってみてその善し悪しを見極めることはできるだろうが、自分の属性以外はまるで分からない。手に入れた魔導石を店に売る際も店主の鑑定に任せっきりだった。尤も、セシリアと行動を共にしてからは交渉役を担うことはなくなったのだが。そんなエルだから、火属性の魔導石を穴のあくほど見つめと所で何が分かるわけでもない。知識では何一つわかるはずはないのだが、感じることはできた。懐かしく暖かい、火の魔導石でありながら長い間共に時を過ごした。しかもつい先頃、一緒にいた。そう、紛れもないカイツの魔導石だった。


「ラルホー!!火を扱えるのはお嬢さんかい。じゃがの~、その石はなかなか癖が強いぞぇ~。使いこなせるかの~。」




 ドワーフの店で購入した魔導石は3つ。


「うん、確かに凄いわね。質も値段も・・・」石3個で176万ピゲス。ラルホーと価格を告げられたセシリアはポムっとクリーチャーエンサイクロペディアを出現させると、挟んでおいた札束を取り出した。一冊あたり50万ちょっとといった所なのか、クリーチャーエンサイクロペディアを3冊召喚して支払いを済ませた。もはや貧乏な渡り鳥御一行というのは過去のことのようだ。


 ひとつ、土の魔導石『ユグドラシルの大地』。ひとつ、雷の魔導石『ラムゥの聖雷せいらい』。ひとつ、火の魔導石『炎に愛でられた剣士の気まぐれより作られし虎と一角獣の紅の魂を受け継ぐべく・・・(中略)とされる紅蓮の魔導石』。通称『カイツの石』。締めて176万ピゲス也。


 「ありがとさん。幸多き旅であるように。それと、いかなる時も感情を無くすでないぞ。喜でも怒でも哀でも楽でも、それ以外でも何でも良い。決して感情を失ってはならん。それだけは覚えておけ・・・ラルホー。」




 ドワーフの店を出ると証明は夕焼けから街灯に切り替わっていた。もう空腹に耐えられんと一目散に酒場へ直行する。向こう3ヶ月、お小遣い話だからね、何で俺まで巻き込まれなきゃなんねェんだ、うるさい、仲間でしょ、仲間だよね、仲間とはありがたいものです、手前ェら汚ねェぞ、そんな会話をしながら。


 「いらっしゃーい、。ゴメンネ、今日はちょっと混んでてカウンター席しか空いてないのよ。」4人が通されたカウンター席、目の前にいるのは女主人だろうか、忙しい割には余裕の表情でタバコをふかしていた。店の切り盛りはどうしているのだろうか。


「ごめんなさいね、今バタバタしてて。食事はこっちで適当に用意するから少し待ってて。」


「おいおい、忙しいのは結構だがよ、飯くらい自分たちで決めさせてくれ。メニューか何か無ェのか。」オルガの発言は全くもって当然のことなのだが、酒場の女主人、マリスは取り合わなかった。


「いいから。つまみになるネタはあるからさ。」




 入店から2時間が経過。


「それにしてもアンタ、本っ当によく食べるわね。その細い体のどこに入るわけ。」苦笑いするマリス。もちろん彼女を驚かせたのはセシリアの見事な食べっぷり。他の3人はもはや慣れっこ、気にすることなく自分のペースで食事を満喫していた。賑やかな時が流れる。


 「――そしたらマリスさん、その『スコアの広場』に行けば、石版の管理者に会えるんだね。」エルが確認をとった。


「そう。明日の昼ならきっといると思うわ。彼女に勝てれば石版をもらえるそうよ。みんなそうしてきたの。」


「みんな・・・ねェ・・・」オルガが不可解なマリスの言葉に疑問符付きの独り言を吐き出した。それを聞き逃さないマリス。


「そ、み・ん・な。ここにいる客の大半はそのみんな(・・・)なんだけどね。」


「マリスさん、もしかしたら――」クリアンカは何かに気付いたようだった。ずっと予感があって、タイミングが見つからずとりあえず隠しておいて、マリスの言葉から確信に変わった。


「このシアル=ムジカだけでなく全域、ヴィンタートゥール全体がそうなのですか?」


「あら、リリト族の坊やはなかなか勘が鋭いわね。正解よ。この島全体が結界に包まれているの。大方、あなたの思っている通りじゃないかしら。」




 マリス含めこの酒場にいる客、そしてこのシアル=ムジカの町民ほぼ全員が死者である。そう、かつて魔界に渡り戦いを挑み、敗れた勇者達だった。先に魔導石を購入した店のドワーフも、目の前のマリスも、そして明日戦う石版の管理者も。其々年代は異なるものの、魔族の拠点に乗り込んだ歴代の希望だった。


 策を弄したのは竜族。魔界に挑んだ者達、人間族がいればドワーフもいる、リリトも見られるしエルフもいる。竜族はヴィンタートゥール全域に結界を施し、一種の異次元世界を創り出した。同時にヴィルガイアと魔界の狭間に封印、すなわち魔城門を築造した。鍵となる石版に加えてゲートキーパーまで用意したその目的は、無闇矢鱈むやみやたらに死人を増やさないこと。魔界へ赴き、ランクSクラスの魔族と渡り合えるだけの実力が備わっているかどうかを見極めること。勇気と威勢だけで乗り込んだ者達は瞬く間に塵ちりと化していった。だから門番を付け、三枚の石版で出入りを制限した。


 それまで全く交流のなかった竜族と人間族だったが、魔界侵入者が選別されるようになってから徐々に顔を合わせることとなる。門番が竜族だから必然と言えばそれまでなのだが。とはいえ人間を下等種族とみなす竜族と、竜族を神と同等に崇あがめ畏おそれる人間族であるから、急速に距離が縮まるということはなかった。それでも人間族に力を貸す、もしくは貸そうとする竜族が現れ始めた。魔族の殲滅を支援する動きが出てきたのだ。竜族や神族が魔族に対して直接手を下すことはないものの(逆に魔族から神や竜に戦いを挑むということもここ千年ほどはないのだが)、様々な能力で人間族の為に尽力した。その結果、人間族の為を思って力を貸した結果、魔界に足を踏み入れる勇者と呼ばれる人間族の数は急増し、ほぼ同数の屍が出来上がった。竜族といえども死者を蘇らせることは難しい。それ相応の対価が必要となる。さらに言えば、生き返らせるも何も肉片すら残っていないのだから手の施しようがないのだが、多少なりとも心を通わせた人間がいとも簡単にいなくなる現実は竜族といえど素通りできるものではなかった。これを竜族の弱体化とする者もいたが。だから、できる限りの選別を。そこで創り出したのがヴィンタートゥールだった。






 一夜明けて、ここは『スコアの広場』。酒場の女主人マリスに教えられた道を歩いていくと10分程で何もないだだっ広い広場に到着した。その中央に人影が見える。近付いていくとそれは女性だということが分かり、いずれマリスだと判別がついた。にこやかに手まで振っている。


「マリスさん、昨日はごちそうさまでした。でも、何でここに?」天然混じりのエルの問いに対するマリスの返答は明快だった。


「私が石版の管理者だからよ。」


「どうして酒場のママなんか・・・」セシリアも疑問を口にする。


「ああ、あれは趣味ね。あと石版を集める奴がどんなもんか見ておきたいってのもあるかな。だって嫌じゃない、初対面の何も分からない野郎に、はい、どうぞ、なんてさ。まっ、あんた達も気に入らない奴らだったら教える気はなかったけどね。さ、時間が惜しいでしょう。始めるわよ。私に勝てたら石版をあげるわ。」


 明るくというよりはお気楽に話し終えたシアル=ムジカの石版管理者マリスは滑るように4人と間合いを広げた。そして小さく細く短い棒を取り出した。指揮棒、だろうか。VS第一の番人マリス、開演。




                                     【再会後の再会 終】

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