ソレゾレ ノ サイカイ ~ クリアンカ ト インヴェルノ
【ソレゾレ ノ サイカイ ~ クリアンカ ト インヴェルノ】
左手に小さな稲光を灯しながら真上、真上に飛行を続けるクリアンカ。足を使わず羽を動かす特別な理由はないが、空気が薄くなる気配もないので危険はないと判断した。もちろん真っ暗な環境に不安は感じたものの、一度危険なしと感得するとあとは怒りがふつふつと湧き上がってきた。誰に対してでもなく自身に対する不甲斐なさ。まるで歯が立たなかった。完敗だ。あの門番、シルドラと言ったか、あの者がその気でいたら自分達はそこで終わっていた。逃走することすら叶わなかっただろう。弱き力では何も守れない。弱者は戦士として悪なり。儚き力では己も、家族も、民も仲間も守ることができない。誇り高きリリトの戦士として生まれたからには、負けることは許されない。かつて力を求め転生を試みた。魔族として、だ。結果、何も手に入れることはできなかった。リリトの民は誰ひとり喜ばなかった。フォルテナはただただ、押し黙っているだけだった。無力さに嫌気がさし、心を失った。そのまま命も失うはずだったが、子供たちに命を拾われ、ひょんなことでリリト族に戻ることができた。それをきっかけに今は行動を共にしている。縁は異なもの、とはよく言ったものだ。もちろん力は得たいとは言っても、もう魔族になって力を得ようとは考えていない。それでも、だ。都合が良すぎるというのは重々承知の上だが、力が欲しい。魔族にも、竜族にも負けない力が。
天空に光が現れた。
頭上の光を潜り抜けると、クリアンカは大地に足を下ろしていた。足元を見ると既に光の出口は消えていて、何事もなかったように土が風に流れている。辺りを見回してみる。ここがどこかはすぐに分かった。懐かしく苦い思い出の眠る場所。かつてフォルテナに槍術及び法術を叩き込まれた荒野。基本的にはボコボコにされた記憶しかないのだが。10メートル先に男が背を向けて立っている。翼がある。リリト族。その者が振り返る。
「フム、クリアンカか。でっかくなったな。丁度良い、ちょっと付き合ってくれ。新しい技を試したいんでな。」
「フォルテ・・・ナ?」そうか、魔族に転生する前の姿ですね。ゆっくりとフォルテナに近づいていくクリアンカ。フォルテナは止まったまま。私よりも小柄、ですね。
「お久し振りです、フォルテナ。」
「フォルテナ?ああ、私が後々名乗る異称か。フォルテナ、ねぇ。よほど強さを渇望していたか、下らん願掛けか。クァッ、クァッ、クァッ、我ながらお恥ずかしい限りだな。ひとまず時間がない。始めるぞ、クリアンカ。」
その姿、フォルテナもエアルもカイツも若かりし頃のもの。彼等の力が最も油然と溢れていた時代。魔界へ挑み、敗走を余儀なくされた、彼等の一番強かったであろう時。
山々に囲まれた荒野。砂、砂利、土に岩、それ以外は何も目に入らない。修練を積むにはもってこいの場所。それ以外には適さぬ土地。あまり心地よい思い出の残されていない所。
「ほう、その槍・・・『カレドヴルフ』か。随分と名の知れた武器を持っているではないか。ならば手加減は必要あるまい。」まだ構えてもいない槍に話が及ぶとは思っていなかったクリアンカは若干戸惑ってしまったが、すsぐに頭を整理した。話題としては悪くないではないか。
「おっしゃる通りこの槍は『カレドヴルフ』。またの名を『フォルテナの槍』と言います。リリトの勇者がリリトの民を守るために――」
「確かにそれは良い槍だ。」クリアンカの話を最後まで聞かないインヴェルノ。
「確かにいい槍ではある。否、いい槍であった。残念ながら年月を重ねすぎた代物。すぐにでも新しい武器が必要となろうて。さて、時間が惜しい。構えよ、クリアンカ。」
「フォルテナ、可能であれば少しお話を――」
「私の名はインヴェルノ。フォルテナとは、強さを求めた結果弱さを露呈した弱者の証。負の象徴。以後、私の前でその名を口にすることを禁ずる。よいな。」
「・・・はい。インヴェルノ。」
「宜しい、では構えよ。死にたくはあるまいて。」
「私も手加減はできません。あなたは強い。そして私も強さを求めているのです。」
「少しだけ手伝ってやろうというのだ。同族の誼よしみでな。戦い方を教えてやろう。」
貴方をあまり好きになれません、インヴェルノ。御自身のこととは言え、フォルテナの事とその武器を悪く言うことは許しませんよ。手を抜く理由が無くなってしまいました。クリアンカの左手、三本の指が眼鏡に触れた。
「地雷矢じらいや。」荒れ放題の大地から小さな稲妻がフォルテナ改めインヴェルノに襲い掛かった。まずは御挨拶、相手の出方を伺うクリアンカの常套手段を一鎌両断、インヴェルノは小蝿でも払うかのような仕草で全く問題にしなかった。インヴェルノの武器は鎌。それも片手で扱うシックルではなく両手で操るほどの大鎌、サイズと呼ばれるものだった。死神の愛用品といえばイメージしやすいだろうか。クリアンカの持つ『カレドヴルフ』を年月の経ちすぎた古色蒼然こしょくそうぜんの代物と呼ぶインヴェルノであったが、そんな名槍よりも遥かに頼りない大鎌。か細く、長すぎる武器を悠然と構えるインヴェルノ。クリアンカへの直伝が始まった。
簡単な挨拶に動じない奴さんなど別に珍しくはない。クリアンカが突っ掛ける。ただし雄叫びなどはあげず静かに『カレドヴルフ』で突きにかかると、インヴェルノは翼を広げて宙に舞った。クリアンカも誘われるがまま飛び上がる。逃げるインヴェルノ、追うクリアンカ。二組の翼が、事情を知らない者からしたら仲良さげに青空を飛び回っていた。武器を交えることはなく、一頻りどちらが速いのか、優雅か、機敏か美しいか。戦いというよりも、平たく言えば追いかけっこに見えなくもない。
両者ともに空での身のこなしはさすがだったが、ややインヴェルノが上か。直進速度、方向転換の俊敏さ、急停止に急加速。無論、手の内全てを曝さらけ出すことはない。それでも、相手が一枚上手であることを認めざるをえないクリアンカだった。ただしそれが戦闘力の全てではない。空中にピタリtp停まり、改めて槍を構えた。
地上50メートルで金属音が炸裂する。空気が澄んでいるからだろうか、よく通る。槍を振るうクリアンカの攻撃はいつも通りに思えたが、速さよりもやや力、衝撃の重さに偏っていた。意識して創られた重い槍撃を、見た目だけはあまりにか細く心許ない鎌で捌き続けるインヴェルノ。すぐに折れてしまいそうなインヴェルノの武器はやはりというべきか、武器として十分に通用するものであった。切れ味はいざ知らず、敵の攻撃を受けきるに足る耐久性を誇っていた。ただしインヴェルノの目的はその大鎌を見せつけることではなく、武器の扱い方だった。
不規則に響く金属音に紛れながら
「さてと、そろそろいくぞ。」インヴェルノが小さな声で宣言した。クリアンカの耳に届いたかどうかは分からないが、自然と間合いが取られた。
「まずは――と。」インヴェルノの構える大鎌がぼんやりと靄もやを帯び始めた。黒色の靄を。そして、
「黒穴球こっけっきゅう!」叫び声と共に鎌を一振りすると、クリアンカを丸々覆ってしまう大きさの黒い球体がリリトの戦士を襲った。瞬間的にとてつもないエネルギーだということは分かった、が、如何せんスピードが遅すぎた。クリアンカは余裕を持って、十分すぎる間隔をあけて黒球を見送った。改めてクリアンカとインヴェルノが対峙する。無言。次いで爆音。思わず音源の背後を振り返るクリアンカ。
「山が・・・欠けた?」遠目に見える山が不自然に抉えぐられている風景に思わずインヴェルノへの注意を端折はしょってしまった。殺し合いではないという心の隙間もあっただろう。
「いちいち動揺していては命がいくつあっても足りないぞよ、若く有望なリリトの戦士よ。」正論を振りかざされてムッとするも、何も反論できないクリアンカ。
「ご丁寧にひとつひとつうろたえるな。まだこの技は試作の段階。あのスピードでは主には当たるまい。相手の攻撃にいちいち思考を止めるな。死に直結するぞ。」説教染みた警告にイラッときたクリアンカの目付きが変わり始めた。
「少し黙って頂きましょうか、インヴェルノ。」
何遍も打ち鳴らされる金属音。空中で槍と鎌が交わっては離れ、交わっては離れ。どうだろう、武器の扱いはクリアンカの方が上手いかもしれない。攻めるクリアンカ、守るインヴェルノという、構図が出来上がっていた。だからという訳ではないが、鍔つば迫り合いの際にインヴェルノが口を開いた。
「何故、槍に法力を灯さないのだ。何故、槍を媒介として雷を落とさないのだ。できぬことはあるまいて。」
「槍と法術、これが私の慣れ親しんだ、昔からの戦い方です。」
「何故、戦いの幅を広げない。主の味方に武器を媒介にして魔導石の力を解放する者がいるのだろう。良き手本ではないか。」エルのことか。どうしてエルのことを、接点などないはずだが。
「戦い方は個人で異なって然るべきでしょう。」
「何故、法術士ほどの法力も狂戦士並の怪力も持たぬ主が、中途半端に武器と石を扱うのか。まして手にするはかの有名なカレドヴルフ。何故武器に頼りきらないのか。それは・・・槍がもたないからだ。」クリアンカが引いて間合いをとる。さらに翼が一回り大きくなる。
「つまりは武器を、『カレドヴルフ』を壊したくないのだろう。何とも女々しい話ではないか。クァッ、クァッ、クァッ・・・」
「本気で黙らせる。覚悟しろ、インヴェルノ。」
一方的に攻め立てるクリアンカ。その槍からは友愛や信頼といったものは感じられなかった。容姿にフォルテナの面影が少ないからか、言動に腹が立ったからか、フォルテナの名を否定したからか。クリアンカは力任せに槍を振り回し、時に雷属性の法術を放って、高まった感情を抑えようとした。しかし標的を捉えきれない。インヴェルノは余所目よそめ心細い大鎌を巧みに操り全ての攻撃を捌ききった。インヴェルノは避けない。あの細長い鎌さえ折ってしまえば憎たらしいアイツに一発かましてやれるのだが。力任せの攻撃ではビクともしなかった。そのビクともしない大鎌には闇の属性が灯されていて呼吸をするかのように黒色のベールが脈打っていた。
「そうそう、悪くない。むしろ想像以上だクリアンカ。自信を持って良いぞ、お前は強い。」嘘か真かインヴェルノの言葉はクリアンカにとって嫌味以外の何ものでもなかったから、より一層力が入る。一撃を当てることに必死、それでもなお、攻撃を打ち付けることはできなかった。
ついにインヴェルノが動きを見せる。ジグザグジグザグ・右往左往、上に下にと空中とは思えぬ程に細かく俊敏な動きでクリアンカの周囲を回り攪乱した。動き回るが攻撃はしてこない。大鎌は防御専用なのだろうか。しかしながらクリアンカの攻撃も止んでしまった。インヴェルノの素早さについていくことができず槍を突き出すこともできなかった。止まったままでは不利だと考えたクリアンカ、自身も飛び回ってみるもうるさいインヴェルノを振り切ることはできなかった。決してクリアンカが遅いわけではない。ある程度の距離、100メートル、200メートルくらいの直線勝負であれば実はクリアンカの方がスピードは上だった。ただし残念ながらその速さは戦いにはあまり必要のないもの。無用の長物。そう諭されているようでよりイラつくクリアンカの心情を読み取ったかのように、クリアンカの背後から肩越しにヌゥ~と顔を出すインヴェルノ。レローンと舌が出ている。完全に馬鹿にしている。
「雷破らいは!!」反射的にクリアンカは大声で叫んだ。雷光爆発。全身から発せられる雷属性の法術は威力こそ微弱なれど、その範囲は自身の周囲360度。光と熱はインヴェルノを巻き込んだ。当然、距離を取るだろうと踏んだクリアンカだったが、インヴェルノはクリアンカの背後から動いてはいなかった。
「目眩めくらましにもならんな――」ボソリと吐き捨てたインヴェルノの大鎌がクリアンカに迫り、
「闇薙やみなぎ。」切り落とした。ポトリ、あっさりと、『フォルテナの槍』を。刃が大地に向かって真っ直ぐに落ちていき、荒野に突き刺さった。それを追うようにゆっくりと、お手上げのクリアンカが直立のまま降りてくる。やがてインヴェルノも追ってきた。少しの間無言が続き、風の音だけが流れた後。「昨日今日で2度も負けると、負け癖がつきそうですね。」槍の刃を拾い上げ呟いたクリアンカの翼が元に戻った。
「やや手荒になってしまった、許せ。」
勝負あり。その後クリアンカはインヴェルノの言うがままに、残りの時間を過ごした。
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