ソウ ノ ヒトトセ
【ソウ ノ ヒトトセ ~ エルとクリアンカ】
体内に魔導石を秘めた人間とかつて魔族だったリリト族が共に向かっている先、それは『風雷の塔』。その塔には風神と雷神が住んでいて、各々風と雷の魔導石をもっていて―まさかエルとクリアンカにとってこんな都合の良い展開が待っていようとは。あまりに出来すぎていて何かの罠か間違いかと勘ぐってしまうほどだった。
数日前、子供達と一緒に畑を耕している時にクリアンカから声を掛けられたエルは最初、冗談半分でしか聞いていなかった。だからエティオーグから半日以上かけて目的地に着いた時の感想は、本当にあった、だった。まぁ、長い時間かけた結果嘘でした、では困ってしまうが。
ここは砂原の中央。果てしなく広大な、という砂地ではないのだが、足場は悪い。歩くたびに靴が沈む。それを持ち上げて、また沈めてを繰り返す。歩くペースは自ずと遅くなり、余計な疲労も蓄積される。そんな砂場の上に塔が構築されるはずもなし。『風雷の塔』は存在しなかった。それでも全くのデマゴギーというわけでもなし。エルとクリアンカを迎えたのは『風来の像』。砂原には似合わない二体の石像。どういうこと?っていうかそういうこと?ふーむ・・・?エルはポリポリ頭を掻き、クリアンカは腕組み首を捻った。フォルテナ、ちょっと話が違うようですが。
「風雷の塔について、クリアンカは誰から話を聞いたの?」エルの顔に怒りや呆れたりという色はなかった。かわりにいたずらっ子のように薄ら笑いを浮かべながらクリアンカに問うた。まんまとはめられたであろうクリアンカの答弁を心待ちにするエルだった。
「リリト族に伝わる御伽噺、伝承歌なんですが、おそらくはフォルテナの作り話です。大昔の。挙げ句の果てに塔と像の間違いを何年、何十年も訂正することなく・・・黙ってひとりほくそ笑みながら母が子に語り伝える姿を見ていたんでしょうね。」まったくもって困った人だ、というクリアンカの表情は懐かしさに満ちていた。長老という立場にもかかわらず、いつも子供たちと一緒になって母親の雷を受けていた。気のせいだったかもしれないが嬉しそうに、幸せを噛み締めているかのようだった。
「で、どうする、クリアンカ。」
「う~ん、そうですね・・・昔話によると確か・・・塔に魔法をかけると―どうなりましたっけ?」
「俺は知らないよ、でもさ・・・」エルは何かを発見したようで、風神と雷神、二体の像に向かって歩きだした。石像自体ではなく、その背後にある小型の機械に何か思う所があるようだ。
「俺はこれと似たものを知っている。使ったこともある。ちょっと形は違うし大きさもかなり小振りだけれど、多分コイツは転送装置だ。」
ポチッ、トナんとなくボタンを押し込むエル。ためらいがないというか好奇心に従順というか、性格はフォルテナに似ているのかもしれない、クリアンカはそう感じた。転送装置が作動すると空より1個の光の玉が降ってきた。雷神像から数歩下がるエル。拳大(こぶしだい)の光が一方の石像に落下し、鈍くカーキ色に染め上げた。そして2人の予想を裏切ることなく動き出すのだから、エルは臨戦態勢に入らざるをえなかった。レイピアを抜くエル。クリアンカも槍を構えんとするのをエルが制止する。
「コイツは俺がやる。」欣然(きんぜん)として宣言するエルだった。
こちらの石像は法術士を型どったものでフードを被り、右手に杖を、左手には何やらブ厚い辞典のようなものを持っていた。その雷を属性とする石像が早速動きをみせる。石像が動く時点で奇怪なのに、その滑らかな挙動は見事なものだと吐息が出てしまう程だった。雷神の像が左手の書物を天に掲げると右手の杖が光を帯び、杖を降る度に小さな稲妻がエルに向かって飛んでいった。これを見切るエル。放たれる雷撃。躱すエル。石像の杖から次々と発射される稲妻ではあるが、杖を振る毎に一発ずつしか射出できないようで、単発ではエルの動きを到底捉えることはできなかった。そのことを早々に悟った石像が左手のみならず杖も空に向けた。両手を挙げてバンザイする形となった雷神の像はどこかマヌケに映ったが、杖から放たれた雷撃のレベルは数段上昇した。エルの頭上十数メートルの所に集められた雷の塊がエルを囲むように帳(とばり)を下ろした。雷というよりは薄い光の布といったところ。
「ありゃ?」石像の格好に負けず劣らず間抜けな声を発したエルに逃げ道はない。標的を包囲したあとは当然、エルに向かって今までよりも大きな一発が落ちてきた。そして、その落雷が地面に達するよりも早くエルは上空へと逃れ、風属性の飛び道具で石像を破砕してしまった。
「囲みが甘かったから、どうにか動けたよ。」サラリと言うエルの左手には雷を属性とする魔導石が握られていた。笑顔を添えて。
冗談ではない。とんでもないスピードです。確かにエルの言う通り雷のカーテンの中で動けるスペースはあったのでしょう。とはいえ、その僅かな隙間を塗って雷撃を避けて上空に逃れ、石像を破壊してしまった。エルの放った風の太刀は石象の背中に当たっていた、ということは敵が気付く間もなく攻撃をぶつけたということ。雷のベールでエルの姿が見えにくかったのは確かだ。確かではあるが、エルがそのベールから飛び出してくるまで彼の動きを私も把握できていなかった。見失っていた。とんでもない瞬発性といったところだ。そして、それ以上にあの冷静さ。逃げ道を閉ざされても動じない。雷の壁を破る、一撃に耐える、といった選択肢もあっただろう。その中で隙を見つけて上空に回避するbetterな選択肢。大したものですね。そんな感想を胸に、今度はクリアンカが石像のスイッチを押すのだった。ポチッとな。
クリアンカの相手は風神の石像。こちらの武器は薙刀だった。反り返った刃の刀に長い柄を付した珍しい武器。薙刀使いとは初めて立ち合うクリアンカも槍を構える。どのような攻撃を仕掛けてくるのか、突くか、払うか、叩きつけるのか、その形状から素早い攻撃は難しいだろうが。リーチはどちらが長いだろうか。慎重にジリジリと間合いを詰める・・・必要はなかった。石像が薙刀で空を払うと風の刃がクリアンカに牙を向いた。一太刀、ニ太刀、三太刀、四太刀・・・石像が滑らかに中距離連撃を繰り出す姿は相も変わらず奇怪ではあったが、槍を使って流麗に裁くクリアンカ。互いに様子を伺って三十秒、石像が動きを見せた。薙刀の反り返った刃が地面に打ちつけられる。すると大地を裂きながらクリアンカの脚部目掛けて風の刃が迫ってきた。砂をかき分けながらリリトの戦士に接近し、足元で突然爆ぜた。砂漠の砂は軽い、そのことを実証するかのように砂が舞い踊り、クリアンカは思わず空へ逃れた。それを目で追ったエルは見とれてしまった。相も変わらず白く、清く、美しい翼だった。そこへ石像からすれば待ってましたということなのだろう、標的へ凶刃が放たれた。
通有の心理として、誰しも空中へ飛んだ時には動きが鈍る。だから敵の攻撃などを無闇にジャンプして躱そうとするのは得策ではない。とても防御し辛いし、次の行動に移りにくいのだ。
天へと逃れたリリトの戦士を襲う風属性の刃。地上から空中へ逃れざるを得なかったターゲットに対して放たれた一太刀。石像からすれば好機と感じて打ち込んだ一発をクリアンカがあっさりと避けた。しかし石像も気にする素振りなく空中のリリト族に向けて攻撃を続ける。薙刀をドゥンドゥン音がエルの耳まで届くかのような迫力で振り回して鎌鼬(かまいたち)を生み出す風神の石像。それをクリアンカは槍を用いて防ぐまでもなく、容易に見切った。驚くべきはその体のキレ、機敏な立ち回り、敏捷性。空に身を置いているにもかかわらず、
攻撃を見切った上で体がついてくるのだ。まるで虚空に足場でもあるかのよう。巧みに羽を使って俊敏に空舞うリリトは地上よりも空中の方が機敏に立ち回ることが可能なのではと思われるほど、華麗だった。もはや石像に勝機はなかった。クリアンカは雷撃によって風神の石像を容易く破壊した。
エルがクリアンカに雷の魔導石を、クリアンカがエルに風の魔導石を手渡し、戦いに終止符が打たれた。
【ソウ ノ ヒトトセ ~ オルガとセシリア】
辺りは薄暗く、野鳥の鳴き声が気味悪く訊こえていた。自分の足音が妙に残る。落ち葉の踏まれる音がうるさい。大きすぎる森は小さな人間に恐怖を与える。ましてや普段、森や林と関わらない人間にとっては道の迷宮に近い。ここはエルフの森。オルガにとっては大きすぎる森。そしてセシリアにとっては故郷の森。自分が生まれ、育ち、そして、自らの意思で捨て去った森。そこに帰ってきた。オルガを連れて。
オルガには出かけるからちょっと付き合って、としか言わなかったが、何一つ文句を言わずに付いてきてくれた。理由を聞くこともなかった。何処へ行くのか、どこまで行くのかにも興味がないようだ。だからセシリアもはなさなかった。できれば説明したくなかったし。口の軽い男が何も言わずに黙々と同行してくれた。口を開くのは黙々とタバコを吸う時くらいで、無口の優しさをオルガから感じることができた。そしてそのことに耐え切れなくなったのはセシリアだった。
「どうして何も聞かないの?」森を歩きながら話しかけるセシリア。顔も視線も手向けない。オルガに見せるのは後頭部だけ。
「ん?何だ。言いてェことがあるなら聞いてやるぞ。」後方からの返答にセシリアは答えず、再び静かに歩を進めた。オルガもそれ以上のことは喋らずについていく。そう、オルガがついていくのだった。いつもと違って先頭を征くセシリア。いつもはオルガやエルガ先頭を歩いているので後ろをついていくだけなのだが、いざ先頭を切るとなると、今は2人だからなのかもしれないし、こういう状況だからなのかもしれないが、振り返ったらオルガがいなくなっているんじゃないか不安で仕方ない。性格上の問題なのだろうか、どうしてオルガは自信満々に振り返ることもせずに先を突っ走ることができるのだろうか。前を、前だけを見るようにして、背後の足音に神経を澄ませながら目的の木を目指した。
「着い・・・た・・・」その独り言からは安堵なのか確認なのか後悔なのかは分からない。とある巨木の前に立ち止まるセシリアにオルガも倣った。その老樹、確かに巨木ではあったが周囲もというか、この大森林の至るところ巨木だらけなのでとうてい目立つ木だとは思えないのだが、セシリアに迷いはなかった。コイツも喋りだすんじゃねェかと構えていたオルガだったが、その心配は無用だった。ハーフエルフが木に手をかざすと人ひとりが十分に通れるほどの、異空間への扉が開いた。真っ黒な楕円の戸が急かすように口をあける。セシリアはひとつ息を吐くと表情固く足を踏み入れた。その様子をポリポリ背中を掻きながら見つめるオルガも続く。
「やれやれ、不思議も度を超えると気持ち悪ィだけだぜ。っ言(つ)うか、そろそろ俺も慣れねェといかんのかね~。」
木の中の世界。そこはエルフが隠れ住む処。命を紡ぐ処。かつてリリト族に追われ、辿り着いた処。それは昔の話。それは歴史から抹殺された事実。オルガなどが知る由もないはずの話だった。
「へぇ~、エルフって本当にいるんだな。」
「あんたね~、私がハーフエルフだって知ってるでしょう。
「ん、ああ、まぁな。ってことは、ここがお前ェの故郷ってわけだ。」
「・・・うん、そう。私の生まれた所。」元気がないどころの話ではなかった。セシリアの顔が強ばっていることは森に入った時から気になっていた。今は顔色まで良くない。普段は色白で美しいその顔が蒼白している。同じ白なのにこうも違うのかというほど。けれどもオルガにはどうすることもできない。もっといえば、どうこうする気もない。まぁ、エルでもいればふざけ合ってセシリアの気を紛らすこともできただろうが、独りで愉快な空気を作るという柄ではなかった。
なぁ、セシリア。なぜ戻ってきたんだ。捨てた故郷が恋しくなって、なんて冗談は通用しない。ここに何がある。何をしに来た。目的は何だ。ってか、俺、必要か?
全部で13人しかいないそうだ、エルフの生き残りは。そこにセシリアが勘定されているかは分からないが。エルフの居住区へ到着するや否や、その内のひとりがセシリアに近づいてきた。早足で乱暴な歩き方だった。残念ながら遠目に見える彼女の表情から全く歓迎されていないことが、セシリアからやや距離を置くオルガにも分かってしまった。
「セシリア。まさかあなたが戻ってくるとはね。」
「ノワール、久し振りね。丁度良かったわ、あなたにお願いがあるの。彼の、人間族の属性を調べてくれないかしら。」セシリアはオルガにすっと視線を向けたあと、ノワールという名のエルフをじっと見つめた。睨みつけたという方が正しいか。
「身勝手な性格は変わっていないようね。はい、わかりました、なんて言うと思った?セシリア、あなたはここを捨てて外の世界を選んだの。ここはあなたの居場所ではない。戻ってくるべきではなかった。わかったら帰りなさい。」
「エルフの考えが全てではない。エルフは全能なる神にはなれない。間違いを犯すこともある。そして、エルフの民は間違いを犯した。私の考えに変わりはない。そして、あなたが属性を調べてくれるまで帰らない。私を追い払いたいのならさっさとなさい。属性を調べることなんてあなたにとっては簡単なことでしょう。」
「あら、脅迫のつもりかしら。」
「私に出ていって欲しいんでしょう。その為のアドバイスよ。」両者共引かず。
長引くのかねェ・・・と、オルガは煙草に火をつけた。途端にノワールの目の色が変わった。
「貴様!人間!何をしている!すぐにその火を消せ!!」声を荒げるエルフに対してオルガは目を閉じ、至って落ち着いたものだった。おそらくは、そういう事なんだろうな。ヨンレンの予想は多分、正しい。そしてオルガが口を開いた。煙草の火はそのままに。
「セシリアの言う通りにするんだな。そしたら俺らは消えてやるさ。お前達の嫌いな炎と一緒にな。」
「ふざけるな!仲間を呼ぶぞ!」
「構わんさ。気配からして10人ちょっとだろう。ひとり30秒で片付けてやる。」余裕のオルガはタバコをくわえ、フォーーーと煙を吐き出した。
「ちょっ、オルガ――」セシリアの面倒が増える。
「セシリア、お前ェが何をやろうとしているかは知らんが、協力するぜ。コイツらを斬れと言われれば、斬る。」
「本当に仲間を呼ぶぞ!!」
「こんな状況で誰も助けに来ないんだな、お前ェさんのお仲間さんは。随分と薄情じゃねェか。大方どっかに隠れてこっちを覗き見てんだろう。」森に籠ることもできる。それでも世界は回る。他を拒絶することもできる。それでも、世界を見下してはならない。
エルフの森を後にするセシリアとオルガ。結果は1分とかからずに提示された。ノワールがオルガに杖をかざして、それだけだった。オルガの属性は特殊型。『鬼』と呼ばれるものだった。
「まっ、オルガらしいって言えばオルガらしいのかしらね。道理であらゆる魔導石に拒絶されるわけだわ。」
「なあ、セシリア。」
「な~に。」セシリアはノワールに渡された杖を眺めながら生返事をした。無言のままノワールがセシリアに手渡した杖。エルフ族に伝わる紫檀(したん)の木で作られた美しい杖。
「なんで俺の属性を?」
「魔導石を使うかどうかはあなた次第よ、オルガ。でも、いざっていう時の為に準備だけはしておきたかったから。」
「ふーん、そうか。」
「でも、、まー、属性が『鬼』じゃあねー。」
「何なんだ、その、『鬼』っつう属性は。火とか水とかと違って、あまりイメージが沸かねェんだが。」
「ん~、気にしなくていいわ。鬼人族はもういないし、鬼属性の魔導石も残っているかどうか。どちらにしても他の石は使えないし、しばらくは何も変わらずってことね。」
「クックック・・・いいんじゃねぇか、それで。話のネタにはなるだろうよ。」セシリアに落胆の色はなし。オルガに意欲・関心の色はなし。
「あ、そうだ。今回の旅のこと、ヨンレンさんに言うの忘れてたんだっけ。今頃オルガのこと探し回ってるかな。うまく言い訳しといてね。」
「フッフッフ・・・終わった。俺の人生ここまでだ。」二人に笑顔が戻る。
「さっ、帰りましょう。」
「あんまり帰りたくねぇな。」オルガの足取りが重くなった。
「ダーメ。帰りましょう。」セシリアが両手でオルガの大きな背中を押していく。広く、強く、堅く、頼り甲斐があって、優しい背中だった。
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