第三部 リュウ オツル ヒ
【リュウ オツル ヒ】
天変地異の前触れか、それともまさにそのものなのか。天の堕落か神の瞋恚(しんい)の炎(ほむら)なのか。各地で竜族の目撃が相次いでいた。竜族、それは神族と並び称され、同列に扱われる高位種族。地域によってはその土地の守護神として崇められ、空想・夢想・理想の下に偶像がつくられる。ただし、それが現実のものとして眼前に現れた途端言わずもがな、竜族は恐怖の対象へと変貌するのだ。神仏はあくまで心の内に眠らせておかなくてはならない。目の前の触れられる対象として存在してはいけないのだ。
具現化できぬ感情を胸の内に押し殺す人々がいる一方で、姿を現す竜族の影に巻き込まれる者もいる。自ら首を突っ込むものがいれば、やれやれ仕方なくついていく者もいる。興味本位だけで剣を握るものがいれば、ひしと変異を考察する者もいる。
きっかけは空から竜が降ってきたこと。天から蛇型のドラゴンが落下してきたのだ。轟音と砂埃を残して大地にめり込む落下物にリリト族が恐る恐る近づいてみると、それは既に事切れた竜族だった。先闘竜アンファング。そしてその落下した場所、それはエティオーグだった。リリトの民が暮らす町エティオーグ。リリト族長老フォルテナによって壊滅し、リリト族の手によって再び羽ばたかんとするリリトの民の町。そこに竜が落ちてきたのだからこの世の終わりとまでは言わなくても、この地メルヴィル、この星ヴィルガイアで何かが起きていると考えるのが妥当な所だろう。そして人間が、ハーフエルフが、魔族が、リリトの下に集うのだった。
エティオーグに竜が落た2日後、エルは既にガレオスへ向けて旅立っていた。エルに異変を知らせたのもまた竜族。名をアディリス。エルに大地を属性とする魔導石と小太刀を託した六神竜の一角。エルたちの暮らす村にアディリスが姿を現したのはこれで2度目とはいえ、やはり人々に混乱をもたらした。自身が地上に舞い降りることが人間族にどれほどの影響を与えるか、ということは考えていないらしい。エルを残して村人は退避し、エルは突如現れたドラゴンを村の広場へ誘導した。
「みんなびっくりするからさ~」と文句を言うエルに対してアディリスは僅かに微笑んだのか、少しだけ鼻腔から空気が漏れた。そして。
「エティオーグという村に同胞が落ちた。クリアンカという有翼人が戸惑っているそうだ。」それだけを伝えると、戸惑い質問を投げかけるエルを無視してアディリスは天へと引き揚げていった。遠方から様子を伺っていた村人はあっという間に立ち上っていく竜族に唖然としながら胸を撫で下ろした。同時に、近く、村の若者が旅に出ることを寂しく思うのだった。
エルの瞳に強い光が宿っていると気付くにはどうしても距離がありすぎた。それでも村人たちは若者の新たな旅立ちを確信した。エルは空を見上げ、神竜の飛翔を見送った。背中にでも乗っけてくれれば楽だったんだけどな。エティオーグ、けっこう遠いんだよね、船も必要だし。仕方がないからオルガの所に行くか。セシリアもいるだろうし。元気にしてるかな。
エルは迷いも疑いもなくガレオスに行くことを決意した。本音を明かせば、随分前からガレオスに行く口実を探していたのだけれども。相手が竜族ということ、かつて武器と魔導石を宛行(あてか)ってくれたアディリスということもあり真っ赤な嘘という可能性は低い。また、アディリスの口からクリアンカやエティオーグという固有名詞が漏れたことも気にかかった。何かある。何か起こっている。
シンシア。エルより2歳年長で、今では村全体を仕切る長老のような存在である。年の差はエルと2つ違いだが幼い頃からエルの面倒を見ていて、エルはこのシンシアに頭が上がらない。村での作業もシンシアの指示とあらば何よりも優先してこなさなければあとが怖い、そんな守るべき存在だった。そのシンシアは自分の旅立ちを許してくれるだろうか。そんな不安を抱えて話を切り出したエルへの答えは実にシンプルなものだった。
「もう私たちには手に負えないもの。あなたたちにしかできないことをやってらっしゃい。村の仕事は帰ってきてからでいいわ。大丈夫、いってらっしゃい。」しっかりと釘を刺され全然大丈夫ではないのだが、旅立ちを認めてもらえた。もしかしたら彼女は薄々気付いていたのかもしれない。ますます大きくなる魔族や竜族に関わる問題。対処できる人間族は限られている。そのひとりがエルであるならば―
エティオーグへ行くには船がいる。しかし四方を山に囲まれたこの村に船があるはずもない。そもそもエルは操舵もできないし、船を持っている人物もひとりしか知らない。だから今、エルはガレオス城を目指している。オルガとセシリアのいるガレオスを。
一方その頃、ガレオス城。ここでも竜族は目撃されていた。ただし最初の目撃者は海賊たち。海の上で鳥だか古代獣だか分からない正体不明の飛行物体を見つけるや否や、海賊船アルタイルは準備を整えた。間髪入れずに砲撃。もしや飛竜か、と思い直した時には既に十数発を放った後だった。逆襲されなかったのは幸いだったが、まさに神をも恐れぬ行為である。しかもそのことを笑いながらオルガに話すのだから怖いもの知らずもいい所。酒を飲みながらということもあり、この時はまだオルガも半信半疑だった。まさか竜が・・・ねェ・・・
それから7日後。相次ぐ城下町での目撃報告。マジでドラゴンか・・・笑い話として扱えなくなってきた状況で駄目押しの一発が入った。
「間違いないわね。今し方私も見たけれど、竜族よ。」セシリアからの報告で未確認飛行物体の正体が確定した。
「なんで竜族がこんな所を飛んでんだ?」
「さぁ・・・」
「目的は何だ。被害報告は無ェんだろ。」
「うん、無い。」
「じゃあ、放っておくか。」
「ヨンレンさんが飛んでくるでしょうね。」
「そしたらどうするよ。」
「さあ・・・」
「だよな~、ったく。一体何用だ、クソドラゴンが。」
「別に竜は空を飛んでるだけ。何も悪くないけどね。」
「存在が迷惑だ。」
「先代、お客様がお見えです。」ヨンレンが割って入った。オルガの目が光る。
「通せ、エルだろう。」
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