ソレゾレ ノ ソノゴ(第二部 終)

【ソレゾレ ノ ソノゴ ~ エルとクリアンカ】


 クリアンカをリリト族の元へ無事に送り届けたエル、オルガ、セシリアの3人。リリトの子供たちが我先にとクリアンカに抱きついたことは言うまでもない。フォルテナについて、クリアンカが皆にどう話したのかは分からない。3人は席を外していたから。そしてリリト族はフォルテナの眠るエティオーグへ向けて歩き出した。フォルテナの墓と共に、エティオーグで定住するのだという。苛烈で悲しい戦い間もない荒れ果て他地を蘇らせ、新たな時を刻むのだ。改めて、歴史を記していくのだ。新たな旅立ちには別れが伴う。ヴェルハウゼンにおける物語はこれにて終幕となった。オルガとセシリアは故郷ガレオスへ戻るべく船に乗り、エルとクリアンカは2人を見送った。エルはクリアンカに、リリト族の同行した。エティオーグの再興を手伝う為に。


 涙を見せる女の子はいたが、子供も大人も、エルが思っていたよりも泣き崩れる者は少なかった。ただし平然、平気というわけではなく、覚悟を持ってクリアンカを送り出し、クリアンカが希望を守り通した。クリアンカという希望が帰ってきてくれた。もしもクリアンカが・・・と考えるとゾッとするが。だから悲しみに暮れるよりも乗り越えることを優先させなければならない。だから悲劇とともに、フォルテナと共にエティオーグをつくりあげるのだ。イチからでも、ゼロからでも、マイナスからでも。

 復興の中心をになったのはエル。己の村についてリリト族に話し、勝手を知っているということもあり率先して汗を流した。魔導石の力も使って。風属性の魔導石は、例えば木材の切断や地面の耕耘(こううん)に役立った。エルの石は、殊に風の医師は非常に使い勝手の良いものだった。一方の雷属性。こちらは残念ながら、あまり使えなかった。焦がし、燃やし、炭へ灰へでは破壊活動に近しい行為だった。もちろんクリアンカ、誰よりも動き回り、飛び回った。リリト族、定住の地を生み出す為に。

 エティオーグの1日は墓への拝礼から始まる。大人は深く、子供は可愛く「おはよう、フォルテナ」と。そして街を組み立て始めるのだ。そうそう、フォルテナが握っていた大魔槍カレドヴルフ、今は墓に刺さっていなかった。クリアンカが天にも届くかのようなカレドヴルフに触れると魔槍はみるみる小さくなり、クリアンカの手にしっくりと収まった。安全面も考え、カレドヴルフはクリアンカが預かることになった。

 リリト族の子供たちは文句を言うこともなくよく手伝った。小さな体に大丈夫だろうかとエルが心配してしまうほど。男の子も女の子も関係なく、目上の者からの指示はもちろん、エルからの依頼に対しても従順に従った。昼食の後などにはクリアンカとエルが中心になって遊んでやるのだが、子供たちの方から区切りをつけて作業に戻ることも少なくなかった。できるだけ早く、1日でも早く新生エティオーグ誕生の目星がつけられるように。それがクリアンカに対する感謝の意だということを、それがクリアンカの友人エルへのお返しなのだということを子供たちはよくよく教えられていた。

 数十日後、エルはエティオーグを発った。クリアンカと共に。魔導石を求めて。




























         

           【ソレゾレ ノ ソノゴ ~ オルガとセシリア】


 先を走るセシリアに続くオルガ。2人は船を降りるとガレオス目指して疾走していた。

「おい、セシリア。お前、ちょっと待て。何をそんな急いで――」

「バカッ!見れば分かるでしょう。ガレオスから煙が上がっているのよ!」オルガ不在の時を狙われたか。結界なき騎士団と称されるガレオス騎士団は確かに勇猛だ。野蛮と換言できるまでの荒々しさも手伝って、他国を寄せ付けない威圧感を放っている。ただしそれは、オルガという存在があって初めて成り立つ話。偶然か意図したものはか分からないが、オルガ不在時にガレオスが攻撃を受けているという事実。

 ワタシノ カエル バショ。ガレオス城を背に法術を放つ分には問題ないのだが、城を正面に据えると自陣に被害が出てしまう。火よりもまだ水の方がマシか。それとも森の結界を張ってから・・・血相を変えて走り出したセシリアとは対称的に、オルガはひどく落ち着いていた。

 「なぁ、セシリア!そんなに急ぐこたァねェって。ぅお~~~~~い・・・セシリアさーん。」

ったく、やれやれだ。まぁ、話したことはなかったから仕方ねェわな。やつの驚いた顔が目に浮かぶぜ、クックックック・・・

 それと、ガレオスのことを俺以上に思ってくれている。いつかは感謝を言葉に―――!うぉ!何だッ!!

「飛んでけー!!」シャボンに包まれたオルガを蹴り上げ、セシリア自身も続いた。上空から見下ろすガレオス。敵軍に攻め込まれるガレオス。その敵とは、人間。と。魔獣。はじめセシリアは状況を把握できなかった。人間族はきっちり分断されている。ガレオス軍とその敵軍。問題はその敵軍についている魔獣。敵軍を襲っている気配はない。ガレオス軍にのみ、牙をむこうとしている。人と魔獣が徒党を組んでいる。どうして。

 セシリアの頭が混乱しかけるが、即座に思考回路を切り替えた。考えるのはあとだ。今は眼下の敵を追い払うことが最優先。それが人でも魔獣でも。しかしながらセシリアを、さらなる困惑が襲うのだった。


 攻め倦(あぐ)ねる人間族と魔獣共。一歩たりとも引かないガレオス軍の先頭に立っているのは・・・ヨンレンさん?

 まずはオルガが、ちゅど~んという爆音と共に不時着。続いてセシリアが音もなく着陸を済ませた。

「おや、お帰りなさいませ、セシリア様。長旅お疲れ様でした。少々お待ち下さいませ、只今片付けますので。」自分の頭が片付かないセシリアにヨンレンの言葉は届いていなかった。ポカンと口を開け、瞳をパチクリさせてヨンレンに見入っていた。いつものタキシード姿は変わらないが、右手には細剣。エルのものよりずっと長いレイピアを握っていた。細長いという表現でいいのかは分からないが、長さだけは斬馬刀並みの細剣をヨンレンが握っていた。そうか、もしかしたら、ベガさんが作っていたレイピアはもともとヨンレンさんの為に・・・その時、ふと背後から声がした。

「イテテテテ・・・ったく、帰ってきて早々病院送りじゃ洒落になんねェわな。」

「先代、お帰りはもう少しお静かに願います。騒々しくてかないませんぞ。」

「フフ・・・悪ィ、悪ィ。それよりどうだ、調子の方は。久々だろう?」

「やはり年には勝てませんな。勘も鈍っていますし。ですがね、隼が蟻を相手に負けることはありませんよ。」

 

 ヨンレンは強かった。人も魔獣も寄せつけず追っ払った。ヨンレンが細剣を操ると、魂を吹き込まれたように清新な幾匹もの水の隼が敵軍に向かっていったのだった。水を属性とする魔導石の力。そうか、スタヴさんの研究室に残された水を属性とする魔導石に関する資料。魔の島に持ち込まれずにガレオスに残っていた為にセシリアが自身の属性を覚醒させることとなった。それは、ヨンレンさんが扱う魔導石だったからかもしれない。

 そんな偶然に感謝しながらセシリアは、病室で静かに眠るヨンレン(生きてるよ)を見つめていた。ほぼ無傷で戦を終えたものの、年齢が年齢だけに腰を悪くしてしまった。ギックリと。診療所までオルガがヨンレンを負んぶする姿はどこか心が温まった。あんまり無理するんじゃねェよ、と笑顔のオルガに苦笑いのヨンレン。体の大きさは倍も違って見えた。

 その3ヶ月後、セシリアがオルガを誘って旅に出た。目的地はエルフの森。セシリアが生まれ、そして捨てた故郷だった。


                         〈石物語 第二部 終〉

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