ファラム・ランサ ~ ブベン

 馬手の館を攻略した晩、翌日に弓手の館へ向かうということもあって軽目の食事、早目に床に就いた。ミカガミ討伐の疲労はもちろんあったが、馬手の館を出てからの質問攻めと励まし、生きているのか死んでいるのか分からないと評されたファラム・ランサの民が宿にまで押しかけてきたことが余計に体力を削った。オルガが追っ払ってようやく散開するまで期待を込めた満面の笑みが乱れ飛んでいた。好んで未来を諦めたわけではない、そんな当たり前の真実を改めて実感させられるひと時でもあった。

 エル、セシリア、クリアンカ、3人が寝静まるのを待ってひとり宿を出るオルガ。2本の大剣と馬手の館で手に入れた鍵を携えて。


 「んっ、どうやって使うんだ、コイツは?ああ、こうか・・・ほう、なかなか便利だな、こりゃ。うちの城もコレにするか。」入口で少し手間取りながらも弓手の館を進むオルガ。その目が

gateを探す。けれどもそこにgateは必要なかった。gateは邪魔なだけだった。そこに魔族が座していたから。

 「よぉ。」

「・・・」

「何だよ、無視はよくないねぇ~。」

「お前がこの館の主(あるじ)か?」

「主?う~ん、じゃあ、それでいいわ。お前独りだけか。ここに来たってことはミカガミの爺さんを殺ったんだろう。やるねぇ。」

「いや、倒したのは俺の仲間たちだ。俺は何もしてねェよ。」

「あ、そうなの。・・・で、その強~いお仲間さんはどちらに?」

「寝てるよ。あいつらが出るまでもねェってことさ。」

「それはそれは、大した自信だことで。」

「西洋甲冑の次は東洋武者か。魔族も色々大変だな。」

「ん?」

「ああ、あれは魔族じゃなかったな。いや、何でもねェ。気にすんな。」

「別にいいんだが・・・お友達になりましょって訳でもないんだろう。早速始めるかい?」

「そうだな。疾(と)っ疾(と)と終わらさねェと、明日置いてきぼりを食いかねねェからな。」

「くっくっくっ・・・明日があるといいねぇ。」


 弓手の館、魔族の名はブベン。東洋和風の鎧兜に身を包み、右手には真っ赤な刀身の刃。自慢の刀、ダインスレイヴ。ヘラヘラした口調とは不釣合な殺気を伴ってオルガの前に立つ。顔には微笑、無精髭、白い歯を見せながらオルガを挑発。彼の殺気に導かれて2本の大剣を抜くオルガ。性格はオルガと似ていて剣を交えることを何より好む。殊に強い相手と。

「さてと。いつでもいいぜ。」

「ああ。始めよう。」


 オルガの大剣が躍動、ブベンに反撃の間を与えることなく打ち続ける剣撃。

「いいね、い~ねぇ。いい気迫だ。パワーもなかなか。人間族にしちゃ上出来だぜ。そうだ、もっとこい!」

(コイツはペチャクチャ喋りながら・・・クソが、当たらねェ。簡単に弾きやがる。)

「よーし、よし、よし、よし。今度はこっちからいくぜ。簡単におっ死(ち)ぬんじゃねぇぞ。」何事もなく円滑な攻守交代。ブベンの思惑通り。オルガを襲い喰わんとする凶刃。

(速ェ・・・太刀筋が読めねェ。っ言(つ)うか、重い。あんな細い剣に腕が持っていかれるだと。)

「どうした、どうしたー。だらしねぇぞ、こんな程度か。もっともっと楽しませてくれよ~。」

「フンッ、調子に乗るなよ。」オルガのバックステップ。後退。魔族の強襲から逃走。追わぬ魔族、その顔に浮かべるは微笑み。息を入れたオルガ、目に見えるほどの殺気。そしてガントレットを外した、ドゥズグン・・・と。

「ほう・・・重りか。そんなモン付けてたのね。片っぽ何キロあるんだ?」

「さぁな、分からん。計ったことねェわ。」

「そうか、それなら仕方ねぇわな。良い!良いぞオルガ。続きだ、早く続きをやろうぜ。」

 再び打ち鳴らされる金属音の乱打。互角。一体何キロの手枷だったのか、両者の剣撃が平等に躍り誘われ舞う血飛沫。オルガの呼吸が乱れ、ブベンは無口。高まる両者の集中力。耳を劈(つんざ)く高音と、時折奏でられる肉の裂ける音。我慢比べ、その均衡を破らざるを得なかったのはオルガ。蹴破ったのは近すぎる間合い。

「クソッタ、レー!!」

「おっとっと・・・痛ってー。不格好な蹴りだなぁ。」

「何とでも抜かせ。今から華麗な剣技を見せてやるよ。‘till the end of ――!!」華麗な剣技を繰り出す前に浴びせられた一閃。ブベンにとっては弓手の館全てが間合い。気が付くとブベンはオルガの後ろ側に、一太刀浴びせて立っていた。従ってgateなど不要。

「悪い、悪い。隙だらけだったもんでな。痛かったかい?」

「な~に、ただの擦り傷だ。」

(ったく危ねェな。しっかし、気付けば全身傷だらけだな・・・やれやれ。気は進まねェが仕方ねェ。やるか。) 

 「非道く気の進まねェ技だが、仕方ねェか。」

「ふ~ん、期待しちゃうねぇ。でも、あんまりのんびりしてるとまた――」

「黙ってろ、いくぜ。‘the scarlet waves of fag end’!」狙いは大地。地に突き刺さる大剣。そしてひび割れるブベン周辺の床。足元が覚束無い東洋武者。崩れるバランス。解かれる構え。導かれた攻撃の糸口。突進する騎士団長。

「ウォォォオオオオオオオーーーーー!」秩序なく振り乱れる2本の大剣。刻まれる魔族の肉体。飛び散る血飛沫と鎧の欠片。

「痛ててて・・・鎧が台無し。一張羅なんだぞ、ったく。・・・くっくっく・・・気の進まない技か。いやいや、力技一辺倒より断然いいと思うがな。」

「元々は俺の技じゃねェんだ。オリジナルの使い手が・・・ちょっとな。」

「ほぅ。そいつとも闘(や)ってみたいもんだ。」

「悪ィな、そいつは無理な相談だ。」


 互角の鞘当。殺し合いというよりも意地の張り合い。殺気よりも甘美な哀愁。短時間ではあるが37秒、別れと決着を惜しむ剣の接触。押し切ったブベン、空へ逃れるオルガ。

「迂闊に飛び上がるのは良くねぇな。敵の攻撃がかわしにくい。抜かったな。」

「そうでもねェよ。天井もあるしな。‘the lightning to a mole’!」天井を蹴り加速をつけたオルガが一直線にブベンへと急降下を果たす。そしてしばしの静寂。

 二人共に獲得した手応え。活動停止から徐々に動き出す。まずは頭が、そして身体の状態を確認する。

「脳天を砕きたかったんだがな。左肩で防ぎやがったか。」

「いや~、見事、見事。強い・・・じゃ、ねぇ、の。・・・くそっ・・・」

「さぁ、鍵をよこせ。勝負はみえただろう。」

「抜かせ。お前の剣も片っぽお釈迦じゃねぇか。威力半減って所か。」

「まったくだ。騎士団長の証が真っ二つ。こりゃ、帰ったら大目玉だな。・・・だがな、もう1本は生きている。」

「俺もだ。俺も利き腕が生きている。条件は五分だ。構えろ。」

(ブベン・・・か。尊敬する。)黙って魔族の命令に従い、構えるオルガ。

「来い。オルガ。」再び魔族の命令に黙って頷き、オルガは最後の攻撃を開始した。

「‘a mine of sword dance.’」(一刀だがな。)咲き乱れるは太刀の華。縦横無尽。百刀繚乱。その全てが修練の賜。初太刀から括りまでが軌道上の豪力。意図され計画通りの乱舞。従って太刀筋の停滞を避けるべく間合いは遠目、故に染まるは剣先。その血が柄まで滴る頃には終幕を迎える。ブベンに防ぎきる手立てはなかった。

 「殺れよ。」安座したブベンが敗北を認めた。表情は不思議と嬉しそうだったが、実の所、寝転がらずにいるのが精一杯な程に傷は深かった。見事な乱撃だった。喜びが満ちる位に。

「鍵を、よこしな。」呼吸の乱れを悟られぬようにオルガも必死だった。

「ん?ああ、そうだったな。ほらよ。」ブベンが投げてよこした鍵を受け取るオルガ、と同時にブベンが続ける。

「それと・・・コイツをくれてやる。折っちまった剣の代わりに使えや。」

「ダインスレイヴ・・・だったか。」

「ああ、良い剣だ。生き血を吸うことを何よりも喜ぶ。可愛がってやってくれ。」剣を受け取りに歩み寄るオルガ。大剣より一回りも二回りも細い日本刀を鞘から抜き、握り、振ってみる。思っていたよりもずっと重く、けれども意外なまでにしっくりきた。

「確かに・・・良さそうだ。遠慮なくもらっていくぜ。じゃあな。」そう言って背を向けるオルガ。多少頭はクラクラするがしっかりとした足取りで踏み出す。一歩、二歩、三歩、ネチュリ、シュバリ・・・

 決して油断していたわけではなかった。いやむしろ、この上なく集中力を高めていた。瀕死の状態とはいえ生きている魔族に背を向けるのだ、背に目が映えるまでに全神経を背面に集約し、ダインスレイブを離さなかった。魔族は素早く、手際よく、逡巡なく懐刀で行ったということになる。オルガは無言、無表情で振り返った。それがブベンの選んだ道。

「介錯願おうか。」依頼に従い背後へ回り込む勝者。

「御免。」


 「ダインスレイブ。お前は主人の血ですら喜びに変えるのか?」墓標に選んだのは『スカーレット』。ガレオス騎士団に伝わる大剣。騎士団長の証。

 ブベン、自害。



 早朝、血の臭いに飛び起きたエル。部屋は2階だったので、まず窓から見下ろしてオルガの姿を確認。そのまま飛び降りても良かったのだが階段を選び、ズドドドドと駆け降りた。オルガは宿の入口から少し外れた所に座っていた。座って鼾をかいて寝ていた。血だらけで。エルも1年前のことを思い出してた。血糊で宿と寝室を汚してしまうことを気にしたのだろう。エルとオルガの2人でブラッドソードを討伐したあと、セシリアが文句を言いながら2人には何もさせずに宿主と掃除をしてくれたことはエルの記憶にも鮮明だった。ひとまず生きていることに安堵するエル。続いてオルガが掻き抱くようにしている見慣れない日本刀に目がいき、無用心にもその柄に引っ掛けられた鍵によって憶測が確信に塗り替えられた。さらに手首から外されて膝下に放ってあるガントレットに気付いた時、セシリアが飛び出してきた。2階の窓から。髪は広がり衣服は乱れ、寝起きそのままに部屋を出てきたのだろう。

「生きてる!?」

「うん、寝てるだけ。でも全身傷だらけだから治療を頼むよ。オルガ、自分からは言わないしさ」

「まったく、もう。いいのよこんな戦バカなんて放っておけば。ちょっと寝れば治っちゃうんだから。」

「うん、そうだね。」

「とりあえず体を拭くものとってくるわ。そのあと2階に運びましょう。」

「了解。」セシリアを見送ったエルが、手枷に触れる、揺する、持ち上げる。案の定という奴だった。そこに喜びを感じてしまう自分もオルガと同類なのかな、そう感じながらエルは鼻を擦った。ちょっと嬉しそうに。

 そんな3人を2階から見下ろしていた。クリアンカ。決別の鐘が響き始めた。

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