サイゴの守護獣達・前編

 やはりどこか探りながらの出立となるのは止むを得なかった。クリアンカへの興味もさることながらエル、オルガ、セシリア各人の1年間について、クリアンカへの自己紹介も含めて、取り留めなく口にしながら歩を進めた。時に質問も投げかけられたがどこか当たり障りのないもの。だからセシリアはもちろん、エルとオルガもクリアンカの体内から魔導石が消失していることにはそこはかとなく気付いていたが、そのことについてはひとまず触れなかった。種族で言えば魔族から純粋なリリト族へ転生していたのだが、エルがいる限りは若干複雑な事象であったからだ。また楽しみを後にとっておくということで話題にしないネタもあった。海の旅から故意に伏せてきたわけではないのだが、先延ばしにするほどに答えを自分の目で確かめ、先入観なく理解したくなった。オルガの大剣が増えている。2本背負っている。予備としてのものなのか、大剣の二刀流を受け継いだのか。エルもセシリアも大剣を2本使う剣士を知っているからこそ、オルガ自身の口から直接聞くか、己自身の目で事実を目撃したかった。動機はどこか曖昧だったが、好きなものを食す機会を先伸ばす理由など取るに足らないものである。そしてエルを取り巻くもう1つの事実。こちらもまた2本目の刀を携えていた。1度は細剣を折ったエルだから、彼の方が予備という可能性は高かった。想見を膨らませながら一行は、蟻の進む速度で距離を縮めながらリキュアを目指した。


 君の知らない自分がここに在り、自分の見たことのない君がそこに居る。君を知りたい、加えて自分を見て欲しい。欲望について説明や解説を求めるは愚問に近しいが、オルガは単純に腕試しがしたかった。自分の新しい戦闘様式を見せつけたかったし、セシリアがガレオス城の研究室や裏庭で試験を繰り返していたのも知っていた。ベガの所へも相談を持ちかけていたようで、生前のクソ爺が鼻の下を伸ばしたまま自慢気にオルガへ話した時の崩れた顔は、意識して瞼の裏に焼き付けてやった。それはさておき、クリアンカの実力を確認しておきたかったし、何よりエルの戦いっぷりを一年振りに拝見できることが楽しみで仕方なかった。アノラックの影から見え隠れする2振目の刀は予備かそれとも。どうにも気になるオルガ。柄を見る限りにおいて細剣とは異なるのではなかろうか。細剣でなければ予備の可能性は低くなる。何だ、一体何を隠し持っている。これだけ焦らされては生殺し状態。我慢や忍耐の類は得意ではない。それとも俺を誘っているのか。何なら今この場で取り上げ見定め、この昂ぶりを収めてしまおうか。いや、それでは緒戦の、初見の興奮が薄れてしまう。やはり我慢。堪えた分だけ蜜の味は芳醇さを増す。ならば待つ。待った先には最高の悦楽が存在するのだ。独り歩きするオルガの思い。もはやオルガの妄想は留まることを知らなかった。だから仲間との会話もどこか上の空。生返事というか熱が入らない。セシリアはやれやれといった表情を浮かべていた。それでも、それでもエティオーグを離れて160分後、格好の獲物が現れた。

 獣の類を貪食するは魔獣キュクロープス。その数ざっと30。4人に気付くとその大きな一ッ目でギロリと睨みつけ、食事を中断してゆっくりと立ち上がった。

「あちらさんも(・)やる気満々だな。」も、と言ってしまうところにオルガの感情が表れていた。言下に出し惜しむことなく2本の大剣を抜くオルガ。アンタレス元船長にして初代ガレオス王の父ベガと同じ大剣の二刀流。一本はガレオス騎士団、通称結界なき騎士団その団長に代々授けられる名刀『スカーレット』。そしてもう1振りは、ドラグヴェンデル。オルガの構えは見知り越しの佇まいではなかったが力の抜けた、自然な、かなりの修練を積んだ形跡の伺える姿はやはりベガと重なった。オルガはどこか喜びを噛み締めるように大声を上げてキュクロープスの群れへ突っ込んでいった。

 だだっ広い荒野にキュクロープスが30体。巨漢魔獣の群衆は遠目からでも圧迫感を発揮していた。そこへ意気揚々と切り込むオルガにエルが続く。セシリアとクリアンカはひとまず戦闘には参加しなかった。まずは見学、お手並み拝見といったところだ。オルガは2本の大剣を軽々と振り回した。相も変わらぬ馬鹿力。剣の重量、重力を疑ってしまう位、自由自在に愛刀たちを操った。かつてキュクロープスの一撃で大きなダメージを被ったオルガだったが、今は魔獣の攻撃を片方の剣で容易に受け止め、次刻にはもう一方の餌食としていた。腕を落とし、胴を掻っ切り、首を撥ねかした。一太刀毎に血飛沫が舞い散る戦い方は豪快さに加えて、華麗という表現すらも適切の範疇に取り込んでしまう。実力差は明白。危なげなく敵を蹴散らしていった。

 一方エルはキュクロープスの間を駆け抜ける。駆け抜けながらレイピアを踊らせた。弱点の巨眼を貫かれて絶命するもの、丸太のような腕を犠牲に耐えるもの、上半身に傷は負ったものの反撃に転じようとするものがいたが、エルは構わず走り抜けた。走り抜けると振り返り、手応えの鈍かった魔獣に対して再び接近、止めを指すのだった。二の矢でダメなら三の矢、四の矢。五の矢まで持ち堪える魔獣はいなかった。ふと、エルとオルガが背中合わせで残り半分となったキュクロープスの位置取りや間合いを確認する。

「大剣の二刀流か・・・相変わらずの馬鹿力だね。

「フフフ・・・まだまだこんなもんじゃねェがな。ところでエルよ―」

「へへ、コイツでしょ。」エルが軽く、収まったままの刀を小突く。そして

「まだ抜かないよ!」そう言って左へ飛ぶ。

「マジか!」オルガも弾かれたように右へ飛ぶ。そして開いた中央に飛び込んできたのはクリアンカだった。

 羽ばたくことなく、ましてや雷音や雷光の気色すら見せずに1匹の魔獣と距離を詰めるクリアンカ。反射的に腕を振り回して攻撃を仕掛ける魔獣だったが、一振り、二振り、三振りと標的に触れることもできなかった。三振り目を見切ったクリアンカは手にした槍でストン・ストンと魔獣の左肩、次いで右肩をテンポよく突き通した。キュクロープスの主要な攻撃手段を破壊してしまうと、それは防御手段の崩壊も意味しているのだが、一呼吸おいて無防備なキュクロープスの巨眼を一突きした。一連の動きを確認したエルとオルガは休めていた手を再び動かし始め、魔獣の一掃にとりかかった。ほどなく残り4体を残すのみとなると、今度はセシリアの法術が火を噴いた。軽やかにロッドが舞うと、そこには炎で形作られた大型の槍が1本現れた。

「フレイム・スタッカート!」セシリアが叫ぶが速いか、男3人が散りゝに退散する。途端に取り残されたキュクロープスを炎槍が貫いていった。炎を属性とする法術には違いなかったが鋭い穂先で貫き通してから燃焼させるという、炎球を操るよりも高度な法術だった。4体の内3体を仕留めたが、1体が辛うじて炎槍をかわした。かわしたというよりは外れたと言うべきか。そのキュクロープスがセシリアを視界に捉えると、セシリアはペロリと舌を出して首を傾け微笑み返した。そして次の瞬間、エルが左肩、クリアンカは右肩、オルガが一ッ目を貫き通して戦闘を終えた。






~ エル 

- 魔導石 風踊る百合籠(ゆりかご)

- レインブレイカー ~ 

 

 エルは強くなった。1年前とは比べられないくらいに強くなった。心身ともに成長し、精神的には安定を獲得した。それでも現在手にしている細剣『レインブレイカー』はエルに不相応なまでに強力な武器である。降り注ぐ雨粒さえも貫くと言われるこの武器の入手経緯は明らかにされていないが、とある種族より譲り受けた可能性が高い。レインブレイカー、スノウブレイカー、カオスブレイカー、ゴッドブレイカーetc... 人間界に落とされた、人間界にあるべきではない武器をエルは握っている。

































 リキュアまでの道中4人は3つの集落に立ち寄り、キュクロープスの他にもハーピー、スケルトンナイト、ボブゴブリン、ガーゴイル等の魔獣と遭遇したが、大きな被害を被ることなく遇った。予定通り野宿も敢行。オルガにとって残念なことはエルがかの剣を未だ抜かないことだったが、それだけ余力を残している証だった。心強い限りだ。リキュアの村へと近付く。近付くにつれて祥(さが)ない気配が確然たるものになっていった。さらに村の姿が肉眼で確かめられるようになってくると、村が村として機能していない、残骸数多を有する荒野の広がる無表情な風景が展開していた。結界も既に事切れている。リキュアの村だったろう土地へ踏み込むと、エルそして彼の持つ魔導石の表情に変化が生じた。怒れる心内を他の3人に悟られないよう表に出さない努力はしてみるものの、蘇る記憶がそれを許さない。自分の故郷と重なってしまう。消えることのない記憶という傷跡がエルの感情を鹵獲する。そんな主の轟を代弁するように、レイピアの魔導石が微かに点滅を繰り返すのだった。


 埋もれ佇む陸屋根、家屋から乖離した戸障子、所在無い円柱に角柱、生産の範囲を超えて鋤き返された田園、水を打たれず舞い散る砂埃。そこに転がる人、家畜。否応なしにエルの記憶を刺激する。醒めることなき滅びの世界。そして現れる、随分と長い間リキュアに滞在しているのだろうか、村を滅茶苦茶にして、守護獣クレイトン。その姿は走行車体に無限軌道、いわゆる戦車だった。

「あれだろ、ガーディアン。何か、こう、想像してたのと違うけどな。」

「うん・・・」オルガの感想にエルが短く同意するも、心既に此処にあらず。エルは怒りを胸に、対魔族用最終兵器として人間が造り出した、たとえ聖獣と呼ばれるものであろうと関係ない、戦車の姿をしたガーディアン、クレイトンに向けて歩を進めた。守護獣も4人に気付いた様子で、明後日を向いていた主砲がギロリと回転し、もちろん目などは付いていないのだが、ギョロリと言わんばかりに刺客へ向けて主砲が狙いを定めた。

 いの一番に攻撃を仕掛けるであろうエル。そんなエルにそっと、オルガから声が掛けられた。

「エルよ、冷静にな。」守護獣に最も近い距離に立つエル、つまりは3人に対して背中を向けていた為にその表情は瞥見されることはなかったが、声をかけられた際にエルは軽く目を見開き、優しく苦笑いした。情調を見透かされていたことも理由の1つだったが、オルガが冷静さを唱え、沈着に訴えたことに気味悪く、頼り甲斐のある違和感を覚えたからだった。エルは一息つき、見開きを正した微笑のまま、

「オルガ、援護ヨロシク!」そう言って一番乗りにクレイトンへ突っ込んでいった。

「アノヤロウ、俺を顎で遣うたァ、いい度胸だ。」オルガはそう言ってエルを送り出した。元国王であるオルガだから彼の言うことも尤もである。そして敢えて付け加えるならば、どこか嬉しそうだった。軽快にクレイトンとの距離を縮めるエル。直線に加速、直ぐにzig/zagと狙い撃ちされないように走行ルートを変化させた。走りながら細剣レインブレイカーを抜刀するエルに対して、クレイトンは不動のままエネルギーを溜める。重低音に高温が連なる中で戦車の主砲が青白い輝きを帯び、高密度のエネルギーが瞬く間に充填された。そして即座に、狙いを定めているのかいないのか、属性を持たないエネルギー砲がエルに向けて放たれるも、軽々とかわすエル。ともなれば後方に位置するオルガ、セシリア、クリアンカに砲撃が及ぶのだが、3人も余裕を持って回避した。距離のあったこともあるがオルガとクリアンカは当然として、セシリアの身のこなしも随分と戦人のそれに近付いていた。主砲を見切ったエルが反撃に移行する。ガーディアンを惑わすように素早く動きながらレインブレイカーを数十回突きつけたが、手応えはなかった。剣先が装甲まで届かなかった。

「見た目通り堅ェか・・・」まだ援護に動いていないオルガが感想を述べた。

「違うわ、結界よ。村や町に張られているのと同じね。」セシリアはオルガの分析結果を訂正すると、間髪入れずに大声でエルに叫び伝えた。

「エル、そのまま攻撃を続けて。結界が破れれば本体に届くから!」自分の感覚的予想に間違いのないことを解したエルは、より強力な攻撃を仕掛けようかと考え、身体がその準備に至る。それを見透かしたように噴出されるクレイトンの機関銃。主砲と同じ砲台に装備されている機関銃が火を噴いた。中間距離で放たれた小さな球形のエネルギー弾。威力の主砲に対して数の機関銃。だが、しかし、それすらも、若き剣士には掠りもしなかった。遠目に見ているからその姿を見失うことはなかったが近くにいたらば分からない。その風脚は以前よりも数段速まっていた。そして細剣が唸りを上げて簡単に守護獣を捉えるのではなかろうか・・・オルガにはそう思われた。

 「追尾弾(ホーミング)だ!」己の思念を破棄すると同時にエルへ知らせるが、その時既に周囲をエネルギー球で包囲されたエルに逃走経路は残されていなかった。そんなエルのとった行動はオルガの待ち焦がれたものだった。エルが収められたままの刀に左手を乗せる、も、間に合わず。凶弾が次々とエルを襲撃、あっという間に外からは煙の塊しか確認できなくなってしまった。

 光の粒子が音速で変異する様はさながら流星。それをいとも簡単に、銃口からの弾道を予測して回避するエルにオルガ、セシリア、クリアンカは瞬間的に目を奪われてしまった。エルをすぎゆく流星達のその先を追いかけなかった。だからオルガの声に驚き目を覚まし、続々とエルを強襲、繰り出される噴煙に気を揉んだ。それでもその場から動くことなく、援護役を任されているはずのオルガを筆頭に、時の経過に身を任せた。

 一頻りの攻撃が済むと光と音が消失、煙が晴れる。そこに生まれた新たな光球、それは紛れもなくエルであり、魔導石の力だった。まさか変身、とも思われたが、光の源は障壁(バリア)、その中の容姿は変わっていなかった。皮肉にもクレイトンを覆うものに似ていたが、エルの結界はとりあえずの安全が確保されると輝きを失った。左手に握るは小太刀『アディリスの鱗(こけら)』。そこに輝くは魔導石『土精の暗涙』。右に細剣、左に小太刀を構える新しい戦闘スタイルのエルに対して、ガーディアンの攻撃は終わらない。またもエルに向けられた主砲が光を宿し狙いを定める。するとクレイトンの車体全体が光に包まれ、突如3メートル程、横滑りを起こした。‘till the end of the spiral’.オルガの援護射撃がクレイトンに直撃するも、やはり攻撃は戦車本体には導かれず、バリアによって防がれてしまった。それでも隙が作られる。そこをついて守護獣と間合いを離しオルガの下に戻るエル。

「サンキュー、助かった。」

「おう。しっかし、やっと拝めたぜ、2本目の刀。お前ェも二刀流か。」

「ヘヘヘ・・・オルガのとはちょっと違うけどね。」2人が一言二言、言葉を交わしている間にクレイトンの主砲が照準を合わせた為、エルとオルガが別々の方角へ散っていく。そのまま攻撃を続けて、結界が破れれば本体に届くから。先のセシリアの指示通りに2人は攻勢へと転じるのだった。

 

 風と土の魔導石。共存し得ない2種の属性。エルも―――セシリアは眼前の守護獣とは無関係の所に思考を持っていかれてしまった。

 クレイトンが纏う結界によって戦闘は長引いたが、勝敗の行方は明らかだった。細かな動きでガーディアンに狙いを絞らせることなく攻撃を繋ぐエル。大打撃とはいかないが、確実に結界の耐久性を奪っていった。加えてオルガが間隙を縫って猛烈な剣戟を繰り出し、さらには天空よりクリアンカが槍を突き降ろした。ある時点で無色透明の結界に変化が現れる。少しずつ、衝撃を受けた節を中心に白味を帯び始めるクレイトンの障壁。所々に亀裂か透き間なのか、幾千もの波線、折線が刻まれていく。その中で守護獣に成す術はなかった。エルの敏捷性に対応することができず、オルガのパワーに耐えられず、クリアンカの空襲を撃ち落とすことも叶わず。小鳥に小突かれただけで崩れてしまいそうなガラスの結界に、セシリアの法術を耐え抜くだけの余力は残っていなかった。数多の火炎による襲撃、フレイム・オーケストラによってガーディアンの結界は完全に消失した。勝負アリ。

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