ソレゾレ ノ ヒトトセ

 【ソレゾレ ノ ヒトトセ ~ エル】


 期待と不安を胸に、エルは恐怖を押し殺しながら歩き続けた。歩速はいつもより幾らばかりか速い。魔族に滅ぼされたと思い込んでいた自分の生まれ故郷が、生きているかもしれない。大切な人々が生きているかもしれない。けれども、もしもやはり、跡形もなく村が亡くなっていた際の糠喜びからもたらされる失望、落胆、義憤は考えたくもない。普段は気にも留めない小さな徒花が妙に輝いて見えた。閑雅に生涯を送っていると関心してしまった。野宿の際、最近はほとんど見た記憶のなかった嫌な夢に繰り返しうなされた。村へと近づくにつれてその頻度は上昇、それでも、いやそれだからこそ、されに歩みを速め、自身の目で真実を確かめなくてはならなかった。こんな時だからこそ魔獣でも現れてくれれば戦闘で気を紛らすこともできるのだが、エルの殺気や感情を見透かしたかのように何者も現れない、至って静かな道中だった。仕様がなく黙々と頭を空っぽにすることだけを意識しながら突き進むと、次第に見慣れた風景が渡り鳥を囲い始めた。懐かしさと共にカイツとの思い出が蘇る。最もそこは山中、目に見える木々と岩くらいなのだが、エルにとっては間違いなく馴染み深い土地。そして、故郷の村はすぐ近くまで迫っていた。

 山中の林を抜けると視界が開けた。同時に、エルの頭に嘔吐を催すほどの映像が擦過する。ここ数日、幾度も見た悪夢。エルがシンシアによって転送された瞬間に村から黒煙が昇り、村が蒸発する。村民も消滅する。そこに残ったのは魔族と魔獣ばかり。さて現実。村からは白煙が天に沖していた。けれどもあの時とは、あの夢とは違う。煙の色も匂いも。何よりそれは破壊の象徴ではなく生活の証だった。村は、エルの生まれ育った、カイツと共に生き、剣を学んだ小さな村は生きていた。喜びのあまり気が狂いそうになるのは生まれて初めての経験だった。周囲に気配は感じなかったので叫び声を上げて、胸の内にある得体の知れない感情を爆発させても良かったのだが、なるべく長い間全身でこの至上の思いを味わっていたくて声を上げるのは堪えた。エルは走り出した。慣れ親しんだ山道を、砂利道を、舗装も転落防止の柵もない街道を、幼い頃のようにニコニコしながら全力で、息を切らしながら、家の明かりと温もりを目指して疾走した。入口だ。農作業に汗を流す人の姿もチラホラ確認できる。元気に遊ぶ子供もいる。夢でもなけれな儚い期待でもなかった。村は生きていた。エルは勢いそのままに入口を駆け抜け、子供みたいに靴底を滑らせて急停止した。サラサラと砂埃が立つ。おや、まぁ、なんだろう、と、ゆっくり頭上にハテナマークを浮かべながら首を捩じ向ける老人達。老眼で見辛くなった視界を疑い恨めしく思いながらも、青年の思いがけない期間に自然と涙が溢れ出てくるのだった。

 魔族や魔獣共と唯一対等以上に渡り合えたカイツが、戦闘を意図的に広場へと誘導したことで被害を多少は食い止められた。それでも村民は1/5に減った。とても小さな村、だからこそ皆が顔見知りで家族のように親しかったから、その悲しみは計り知れない。生きる希望を失った者がいたという。再興は不可能と考えた者がいたという。人が死に、村が死んだ。魔族に殺されたと。戦闘の矢面に立った若者が数多く逝き、残ったのは老人と子供ばかり。ひとりの媼はこう言った。

「ゴミと宝が生き残ってしまった。ゴミなど掃いて捨ててしまえば良いのに。ゴミの代わりに希望を帰して欲しい。宝を育てる希望を。」

 そんな中、復興の陣頭指揮をとったのはエルを村外へと転送した、エルの幼馴染、シンシアだった。奥津城(おくつき)を建て、壊れた家屋を修理、改築し、荒れた田畑を元に戻す。とにかくこれだけだった。村に不要なものはなかった。必要最低限の人工物で生きてきた村。だからこそ早急な村の復興は生きるための絶対条件ではあったが、手は付け易かった。優先順位は付け易かった。高度な文明と無縁なだけに人の手による復活が可能だった。蘇生可能なものが少ないことが、霞んではいるもののゴールを手に届く範囲の対象物として顕にすることができた。

 村が生き返った所で何ができるか、そんな質問にシンシアは汗に塗れ、衣服を泥だらけにして、それでも笑顔で答え続けた。何でもできる、と。


 「エルが帰ってきたー!!」騒ぎ立てる子供たちの声にシンシアも駆け寄ってきた。そして無言のままエルに抱きついた。老人達はにこやかに見守り、子供達は冷やかし、一層声を大きくする。エルの胸に顔を隠し、声も上げず、何も言えず、一回り大きくなったエルの背に回した腕だけに唯々力を込めていた。エルもそっとシンシアを包み込み、軽く髪を撫でた。敵はとったよ、言葉を添えて。それを聞いたシンシアの両腕に改めて力が加えられた。

 エルよりも2つ年上のシンシア。幼い頃からエルの姉貴的存在で正直エルはシンシアに頭が上がらない。エルの師カイツもそうだったのだから残念ながら致し方ない。シンシアは村で一番強い人物なのだ。ある時など、村人に何も伝えずカイツとエルの2人で1ヶ月も村を離れ、何かあったのではないかと心配する人々を余所にケロッとした顔で戻ってきた。腹立たしい程にこやかに只今と。それでも着ているものはあちこち破れ、体中は傷だらけ。その日は一晩中正座、シンシアから延々と説教を受ける2人だった。はい、スミマセン、ゴメンナサイ・・・何十回、何百回と繰り返した。加えて3、4日はご機嫌斜めで、カイツとエルの2人は必死に、普段はサボリ気味の村仕事を献身的にこなして、お天気の回復に奮闘するのだった。


 エルももちろん、村の復興に汗を流した。その姿を見ていると当時のことが思い出されて、シンシアの顔には自然と笑が浮かんでいた。エルの主な仕事は農作業。風の力を使って一気にという訳にもいかず、地道で体の節々が痛くなる作業を繰り返した。その合間を縫って子供たちの面倒を見たり、食料として獣や食用魔獣を狩りに行ったり、苦手な釣りに精を出した。しばしの間、魔族との関わりから懸隔たれた生活を送ることができた。呪いと恨み、怒りと憎しみに囚われ、これらを発散すべく戦っていたかもしれない自分を洗い流すように、働いた。平和と安全を背景にした楽しく、安定した生活だった。

 ある晩のこと。村の夜は早く長い。日没と共に夜が訪れ、月明かりのない小夜などは全く何も見えなくなってしまう。その日もそんな、真っ暗な夜だった。人々が寝静まった真夜中、エルは独り広場へと向かう。明かりのない中、つまづくこともなく。村に平和を。自分が子供達を守っていく。魔族からの圧迫を、魔族に怯えた生活をこの手で取り祓う。墓石の前でエルは誓った。その為に必要なのは、力。シュクリスやネクロスとの戦いで改めて痛感させられた。魔族を滅ぼせるだけの絶対的な力。我、欲するは、チカラナリ。



            

             【ソレゾレノヒトトセ ~ セシリア】


城の生活にはすぐに慣れることができた。城のとは言っても政治的な城内活動に参加する機会はそれほど多くはなく(皆無でもないのだが)、気の向くまま、気の進むままに、時間を魔導石の研究へ費やすことができた。相も変わらず結界のないガレオス、必然的に他国と比較して魔導石の利用機会は鮮少だったが、オルガの計らいがあってのことだろう、城の内外にセシリアの居場所が設けられていた。城の中では魔導石の件研究者として、庭園では実験も許可されていた。一方城の外では、医者として日々の生活を送っていた。森を属性とする法術によって、病は治せないものの、怪我であれば訳無く治癒できる。訓練や魔獣との戦闘で傷ついた戦士たちが頻繁にセシリアの元を訪れた。それが毎日繰り返されると、オルガの戦好きはお国柄だと納得できてしまうセシリアだった。

 オルガはきっとスタヴという人物の正体を知らなかったのだろう、セシリアはそう考えていた。スタヴの残した僅かな魔導石の研究資料。多くは魔の島と呼ばれたスタヴの研究施設とともに海の藻屑と化してしまったそうだが、ガレオスに残された素材だけでもセシリアの知識を増殖させる手助けとなった。結界を用いて外敵から住処を守るということのないガレオスではあったが、来たるべく再出発に向けた準備に活用した。かなり古いと思われる資料もチラホラ散見されたが、クルヴィによって叩き込まれた知識を活用して取捨選択することで対応できた。それはそうだろう、スタヴとクルヴィは・・・

 セシリアは1日の半分を医者として、主に兵士の手当に時間を費やした。病気を魔法のように治すことはできないが、怪我の治療はお手の物。その容姿も手伝って、ガレオス兵からの人気は上場、また城下町で怪我をした子供への対応も優しく、小さい子供からも人気者だった。先代国王の連れてきた美女ということで、一時的には根も葉もない噂話が流れるも、オルガとセシリアが一緒にいる姿がつまらない位に見られない為、いつの間にか霧散してしまった。短い期間でセシリアは自分の居場所を見つけ、ガレオスに生きる人間のひとりとして孤独を感じることなく、日々を送ることができていた。


 セシリアのもう半日。それは冒険者としての準備に他ならなかった。別にオルガが何か言ってきたわけではない。セシリア自身の意思で決めたこと。他人の指示でも命令でもない。火属性の法術に磨きをかけ、森属性の修練を繰り返した。そして本来であれば、これはスタヴの研究資料にもあったのだが、火と水の様に相反する性質を持つ法術を両方習得することは難しいはずなのだが、ひょんなことで手に入れた水属性の魔導石を試してみた所、セシリアにはできてしまった。無論まだ習得などというレベルまでには至っていないので練磨に思考錯誤したが、セシリアは水属性の石を扱うことができた。できてしまった。「火」を唱える者は「水」に嫌われ、「水」を操るものは「火」に呪われる。しかしながらセシリアは、火水共に唱えることを許された。それが何を意味するのかはスタヴの資料には無かったし、セシリア自身知る由もなかった。そのことに関して彼女にしては珍しく深く考えることも、時間をかけて調べることもしなかった。セシリアの脳裏に刻まれたネクロスとの死闘。自分は跼るだけで何もできなかった。逃げろと言われたのに逃げることもできなかった。打倒を決意して逃走を拒んだのではない。足が竦んで腰が抜けて、ただそれだけのことだった。



                        

             【ソレゾレノヒトトセ ~ オルガ】


「うぐるぅぇがろだらボー!!」(オルガの叫び声です。悪しからず・・・)

「先代、また絶叫しておりますな。」ヨンレンが冷たく呟く。

「全く兄者は。会議が少し長引いただけでこれだ。アルバは感情を込めることなく吐き捨てた。」

 ガレオス騎士団長、先代ガレオス国王、現ガレオス国王の兄であるオルガは、日々昼夜を問わず繰り返される会議に出席、それはオルガにとって拷問以外の何物でもなかった。白か黒かで決められない、白と黒の間を限界まで細分化した中で最善策を模索するような仕事は誰が何と言おうと、オルガの性分に合っていなかった。国の為、民の為、現代(いま)の為、将来(みらい)の為、それは分かっていた。しかしながら仕方ないのだ。会議が1時間を超えればムシャクシャし始め、90分を過ぎると目が血走る。さらに120分が経過すると頭のテッペンから湯気が沸き立つという。そして会議が終了すると一目散に剣を振り回すのだった。息を切らせてもなお、何かを吹っ切るように大剣を振り続けるのだった。


 持たざる国ガレオス。メルヴィルでは有名な武力国家。軍事力以外に目ぼしい資源を持たない大国として名を馳せていた。結界なき騎士団、これを経済活動に結びつけて国と民を守ること。それがオルガの仕事だった。特に王命を受けた訳ではないのだが。その成果としては、先の旅先で立ち寄ったグラーツとの親交が挙げられる。ガレオスが妬むほどに豊富な資源を持つグラーツだったが、その資源を人の手から守るように大量の魔獣が巣食い始めると、グラーツの兵力では手に余る戦場(いくさば)と化していた。そこでオルガは、ガレオス自慢の軍事力をグラーツに供給することで魔獣を討伐し、対価を受け取るという経済交渉を成立させた。もともと気の荒いお国柄であるガレオスが魔獣から身を守る為に築き上げた結界なき騎士団は、皮肉にも魔獣との戦いに依存することで自国への貢献を果たした。名声が高まる毎に他国からの魔獣討伐依頼も重なり、ガレオスは潤った。魔族や魔獣への対抗手段として結界、詰まる所の護国に特化したメルヴィルに存する多くの国では、進撃に関しては大が付されるまでに力不足だった。他国との進行が深まる中での異文化交流、すなわち他国の協力を得ながらガレオス特有の文化を生み出す試みも盛んに行われた。戦闘から隔絶された経済活動。ただしこちらはオルガの土俵ではなく、オルガの実弟にして現国王のアルバと、彼の補佐役のヨンレンが中心となって進めていた。

 俺は頭を使うのが苦手だし、難しい哲学みたいのもさっぱりわからない。そもそも興味もない。そんな俺でもここ最近他国からの襲撃が急増したこと、その目的がガレオスの金だということ位は分かっている。ガレオスが他国への侵攻や占領行為を行っている訳ではない(魔獣の住処は別だが)。この十数年間、何とか交易、流通経路を開こうとしてきた持たざる国ガレオスのアプローチは無残なまでに拒絶されてきた。ならばとガレオスの資源を活用する手段を見出し、各国と交渉の場を設けることに成功した。近頃はこちらから話を持ちかけるだけではなく、相手国から遣いのものが訪れる事も珍しくなくなった。ガレオスが生きる為、そこに暮らす民の生活が楽になるように。それが国王とその直属の部下の仕事だ。そして曲がりなりにも成果が顕れだし、他国へもその評判が広まっていった。これでガレオスは持たざる国を脱することができる。俺の頭が回ったのはここまでだった。その先、つまりはガレオスの現状まで考えが及ばなかった。ガレオスの成果、要するに金を求めてガレオスに攻めてくるのだ。当然俺達は迎撃する。武力国家ガレオスを舐めてもらっては困る。結果、殺っても殺られても転がるは人の首。魔獣との戦いに慣れ過ぎたガレオスにとって、新しく生まれた戦争は心身ともに生傷を絶えなくしていった。

 俺は、人間が分からなくなった。共存は不可能なのだろうか。同じ人間族同士で共存することすらも不可能なのか。アルバよ、やはりあ俺は外へ答えを探しに行くぞ。面白い噂も聞こえてきたしな。しっかし、長ェな・・・この会議・・・

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